第6話 深い森
大地の牙なる賊の情報を集めた結果、街から数日の距離街道を歩き、次の街との中間地点にあたる付近、広がる広大な森を一つの拠点にしているらしい。
私達は目的地となる賊の拠点があるという森の入り口に到達した。
「本当にここにいるの?大地の牙とかいう賊は」
森は魔物も多い。
薪を得るために拓かれた道が街道に近いところには散在しているし、その入口付近には木材を切り出すための作業に使われていると思しき台や工具が置かれた広場がある。
今は誰もいなかったが、樵の人達が普段は作業しているのだろう。
「ここで働く人たちは、賊には襲われないのかしら」
「普通に木を切るだけなら大丈夫だろう。賊だって街に出ればここで切られる木材の恩恵を受けるんだ」
「そういえばそうね」
「もっとも」
「え?」
「だいたいこういう職業の連中は賊みたいなやつらに上納金を払っていることも多いから賊の収入源になっていたりするな」
街の商店なんかもその街の支配に何らかの勢力が食い込んでいる場合、それらに場所代のようなものを支払っていることは多いと聞く。
この国は経済と政治の拠点が異なる。
ひょっとしたらそういうことになっているのかもしれない。国と賊の二重統治。
ギルドの人の話からしてもおそらく街の深いところまで賊の力は浸透しているのだろう。
そんな作業場を横目に、獣道を見つけて森の中に足を踏み入れた。
***
「ああ、こいつが人面樹か」
目印をつけながら獣道を歩いていたら両脇の樹木が突然蠢き、根や枝を鞭のようにしならせ前を歩いていたカイルに叩きつけてきたのだ。
人間の顔に似たグロテスクな模様が幹を蠢き、あまりの醜さに顔をしかめたくなるが黙ってみている暇はない。
カイルは冷静に足と顔の位置を通過しようとしたそれらをひらりと躱し、頭上からきた追撃を剣で弾いて弾いた勢いのまま横に振るわれた第3撃も枝を両断して防いだ。
武器屋の店主は火に対する耐性があると言っていたからその実験をしてみよう。
「ファイヤーボール!」
両脇の人面樹に火球を飛ばす。
一度燃え上がったそれらだったが、表面を焦がし葉を燃やしたにとどまった。同種の普通の人面樹ならば今頃炎を上げてのたうち回っているだろう。
しかしこの種類は火を全く苦にしない。
「木の癖に火に耐性があるって本当ね」
これは出来上がる杖が楽しみだ、そう思いながら次に作り出したのは氷の槍だ。
「これなら!」
魔術で生成された4本の氷の槍は、勢いよく人面樹に突き刺さり、突き刺さった場所から地面に落ちた水が広がるのと同じようにじわじわと白い部分が浸透。
これは弱点属性を叩き込まれた時に生じることがある現象だ。
この地域には雪が降るような冬は滅多にない。
すると氷に耐性はないんじゃないかという仮説を立てていたが、その仮説が当たりそうだ。
みるみるうちに動きを鈍らせた人面樹はカイルの剣の餌食になる。
先日倒した龍のような反則的な防御力を持つ相手でもない限り、腕のいい剣士にかかれば大抵のものは両断できる。
たちまち2体の人面樹はただの木材と化した。
もっとも、見かけによらず火に強いという特徴はそのままだから燃やして薪にしたりすることはできないのだが…建築資材にはいいかもしれない。
この森はそんな人面樹がやたら多かった。
森の勢いが強い上に魔素がたまりやすい結果としてこうなってしまうのだそうだ。
「よし、人面樹はこれで問題なく倒せるな」
「ええ」
「ところでレベッカ」
「何?」
「お前は、普段は火球と氷とどっちで攻撃しているんだ?前だって迷宮に入る前は火球を使っていたが」
私が何もないときに攻撃に使うのは氷の矢を飛ばす魔術だ。相手がある程度の大きさになってくると氷槍魔術にするが、正直大して区別はしていない。いずれにしても私の基本攻撃魔術は氷だ。
「普段は氷ね。氷の槍とか矢を飛ばして攻撃しているわ。何か理由があれば別のを使うけど」
「へえ、じゃあ火球を使っていたのは?」
「今の戦いは人面樹の耐火性能の実験ね。思った以上に燃えなくて満足したわ。前のときは……ごめんなさいね。カイルにまだ氷魔術を見せていなかったから隠していただけよ」
申し訳ないというように肩をすくめて見せる。
「なるほどな」
「気分を悪くしちゃったかしら」
「いいや、慎重なのはいいことだ。俺だってそうする。ところでなんで氷を?」
「氷は燃え広がらないからよ。こんな可燃物が多いところでむやみに火なんて使ったら大火事よ。それに、物理的なダメージも加えたいしね。氷の矢とか、槍とか、突き刺されば打撃を与えられるわ」
「ははは、確かにな。依頼の消化前に大火事にでもなったら目も当てられねえ」
それからも人面樹やいくらかの植物性や動物性の魔物と戦いながらも森の奥へ奥へと進んでいった。




