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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第6章 新たな仲間と最初の手がかり
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第5話 杖の注文とAランクの依頼

 どこに行くかは決めていないが、主要街道がT字に交わる結節点にあるこの街。横道の王都方面にいかないで街道に沿って抜けてしまうと、ここからしばらくの間杖を作れそうなしっかりした工房を持つ街なんて、レベッカの記憶のどこを探しても心当たりがない。

 

 レベッカの家は武家である以上この辺の地理は叩き込まれていたからこれは情報としては正しいはずだ。


「それなら杖ができるまでの間、この街に滞在だな」


「うん……そうね」


 ”私”というより”レベッカ”の記憶全てがその決定をすごく嫌がっている。レベッカの人格が生きているというわけではないのだが、さっきから掘り出される記憶を元に私という人格が判断しても、この街には長居するべきではないと言っているのだ。


 だからレベッカの記憶を元にした”この街から離れる”という選択肢と、”杖ができるまでは滞在する”という選択肢を上手く共存させられる行動をする必要があった。


「杖って、注文してからどれくらいかかるかしら」


 前世では師匠が使っていた内の一本を拝借していたから杖ができるまでなんて考えたこともなかった。やたら丈夫で軽かったし、フェンリルの魔石で作られたというそれはなかなかの高性能だった。

 魔女と戦った時に魔力切れの前に戦いを終えられたのはひとえにその杖のおかげだったと言えるだろう。


「柄の素材に何かこだわりはあるのか?」


「ない。丈夫でそれなりに軽いならそれでいいわ」


 今は魔王を倒すなんて壮大な目標はないから、戦いや道中で壊れなければそれでいいと思った。もし壊れたら魔石だけ回収して作り直せばいい。


「それならそんなにかからないかもな。混み具合次第だが普通は数日でできるだろう」


「なら、工房に預けたあと、ギルドにいかない?街の外の依頼を探して、街を一回出るの」


「流石家出娘だな。よっぽどこの街にいたくないのか」


「まあ、そうね」


 否定はしない。私としてはレベッカの記憶を抜きにすればどっちでもいいのだが、もし実家の人間に見つかったらもめ事が起きそうで、その手間は避けたかったのだから。



「いらっしゃい」


 あれから雑貨屋に立ち寄り、スカーフを購入し髪をまとめて外から見られないようにしている。念のため、目立つ赤い髪を隠しておいた。

 首から上全部を覆ってしまう選択肢もあったのだが、周りを見ているとこの国に魔術師も含めてそのような装いをする習慣はないようで、逆に目立ってしまう。

 そして訪れたのは確か腕がいいと評判だった武器の工房だ。


「杖の制作は依頼できるか?」


「ああ、出せる金額にもよるが素材を持ってくるなら今の状況なら5日。素材から発注なら素材次第だな」


 黒く汚れた工房の担当者はそう見繕った。


「魔石はあるのだけど、柄の方は在庫はないの?」


「柄の在庫か。二人とも、冒険者か?それなら最低限歩行補助用途の杖として使っても壊れない程度の丈夫さと長さは必要だよなあ。そうすると…」


 そういいながら数本の在庫品を持ってきた。


「一つ目は木材から樫の木だ。ここでは安く相応に丈夫だ。

 二つ目は木材っちゃ木材だがこの辺でよく出る人面樹で作った材料だ。木の癖にそれなりに火に対する耐性もあるし水も浸みにくい。値段はそれなりにするがこれが一番おススメだな。

 三つ目は合金製だ。対錆び加工はしておくし丈夫だがやや重い。その代わり造り方次第で打撃武器としても使えるようになる。

 使うのは嬢ちゃんか?なら金があるなら二つ目を勧めておくぜ」


 前世の知識を踏まえても、人面樹の材料一択だ。


「じゃあ人面樹のものでお願いするわ」


「そう来ると思ったぜ。魔石はあるんだったな?出してくれ」


 カイルに目配せをすると、彼は先ほどのように魔石を袋の一番奥から取り出した。

 手のひら大の大きさのそれを差し出す。


「これだ」


 担当者の目が点になった。


「こ…こりゃ何の魔石だい?こんなでかいもの王宮でしか見たことねえよ」


「龍だ」


「龍!?なんで兄ちゃんたちみたいな若いのがそんなものを持ってるんだい?」


 カイルと目を見合わせる。言われてみれば確かにそうかもしれない。


「隣国で龍が倒されたって話は聞いてない?私達が倒したの」


 ぽかーんという表現が正しい顔だ。龍殺しの話は伝わっていたらしい。


「そ、そうか、じゃあ形状はどうする?」


「普通の形でいいわ。簡単には折れないようにすることと、魔石が万が一にも外れないようにっていうのは注文しておくけど、いいかしら?」


 それをきいた担当者は机の下から取り出した半紙に大雑把な杖のデザインを描き起こす。


「ああ問題ない。任せてくれ」


 普通の形とは、杖の一番上に魔石が据えられた形状を意味する。


 大抵は杖の上部に据えることで使いやすくする。魔石と魔術を行使する対象を視野に同時に入れることで魔石をしっかりと意識のなかに捉え、魔力を送り込むことをイメージしやすくなるのだ。

 私くらいだとそんなことは気にならないが、だからと言って別形状が優れているかというと別の話だから一般的な形状で十分だ。


「描かれた通りで大丈夫、お願いね」


 描かれたのは私の背丈くらいの長さで、先が概ねCの字型になった中央部分に魔石が据えられた杖の姿だ。

 一番好きな形だ。これがいい。


「よっしゃ。注文名義はダンナか。お名前は?」


「カイルだ」


「カイルさんだな。それで代金なんだが…」


 魔石を預けて、店を出てギルドに向かっている。なんと、お代はタダでいいという。魔石を研磨し整形する際に出る魔石の欠片や粉末をくれるならタダで請け負うと言ってきたのだ。龍の魔石にはそれだけの価値があるらしい。


 もちろん元の大きさを覚えておくからあんまりにも小さくされたら逆に賠償を請求するぞとカイルが脅しはかけたし、あの工房はこの街の工房の中でも誠実で通っていたはずだ。心配は杞憂だろう。

 

 思わぬ節約にやや気を良くしながらこの街のギルドを訪れた。

 前の街と同様、ここも多くの冒険者でにぎわっている。入った瞬間、新入りを値踏みする目でこちらを見てくる者が数名いたが、気にしないでおこう。


 さて、私達はパーティーとしてはAランクだから相応の高ランクの依頼しか受けることができない。


「依頼がなかったらどうしようか」


 ギルドに入る前、実はカイルはそんな心配すらしていた。

 ある時はあるがない時はない。ルール上受けるのは問題ないBランクの依頼をAランクが持っていくとBやCから顰蹙を買うらしい。

 CがBに上がるのはすごく大変で、BがAに上がるのはものすごく大変なのだそうだ。

 そんなAランクがAとしては楽なBの依頼をかっさらっていくのは特にCランクの冒険者パーティーからしたらあまりいい顔はされないとのこと。


 だからAランクの依頼を求めてきたわけだが…


「おっ、あるじゃないか!」


 Aランク用の依頼だ。

 他と比べて少しだけいい紙にかかれて掲示されている。


「なになに?あ……?賊が盗んだ宝剣の回収?」


 街から少し離れたところより広がる広大な森。

 その中の遺跡に拠点を構える武装集団がいるらしい。


 その名も大地の牙。


 壮大な名前の賊だというのが第一印象。でもなんだか聞き覚えがあるが……思い出せない。


「やる?この依頼」


 カイルは掲示板を再度見渡して、Aランクの依頼がこれしかないことを確認して、張り紙を剝がした。


「やる。俺たち二人ならなんとでもなるだろ」


 受付に持ち込む。

 受付の初老の男性は流れ者のAランクパーティーがいきなりやってきたことに驚き、私達の冒険者カードを確認しながら口を開いた


「本当にやるのかい?大地の牙は獰猛な連中だ。この街にこそ手だししてこないが多少の防備を固めた街なら平気で襲うようなやつらだ。そんな奴らに喧嘩を売るのはお勧めできねえなあ。傘下の組織も半端じゃねえぞ。睨まれたら暮らせねえ」


「別に構わない。この依頼を終えたらどのみちここから離れる予定だからな」


「そうかい。ウチとしてもそんな紙、ギルドは賊からも目こぼしされているとはいえいつまでも貼っておきたくなかったからありがたいが、いいんだね?」


「ああ。手続してくれ」


 そうして、この依頼を受けることとなった。

 これが、私が求める古代魔術への最初の手がかりに結びついていくことになるのだった。


***


 申告しに行くべきだろうか。

 さっきから小一時間悩んでいる。


 悩みの原因は今日龍の魔石を持ち込んだ男女二人組。その一方の女の方だ。

 髪はスカーフで隠していたが、端から赤髪が数本出ていた。

 そして”あの奥方”によく似た顔立ち。

 さらに言えば、あの子の小さい頃の姿は見たことがある。

 なんたってあの家はウチの得意先の一つなのだ。

 武具の手入れは多く請け負っている。

 そんなあの家から娘が出奔したというとんでもない知らせが入ってきたのは何年も経つほど前なのに、滅多にトラブルがないあの家でよくそんな大事件が起きたものだと驚いたことは記憶に新しい。

 

 素知らぬ顔で依頼してきたが、工房も数ある中でウチを選択するなんてそれなりに金があり、それなりにこの街に詳しくなければできないだろう。表通りにある大衆向けの安鍛冶屋や安武器屋とウチは違うんだ。

 

 いやしかし、レベッカもウチには何度も来たことがある。もし出奔したレベッカだとするならば、わざわざ足がつくようなことをするだろうか。


 さらに小一時間悩んだ末、一報を入れることを決めた。


 ”真偽は定かじゃないですがレベッカお嬢様に似た特徴を持つ15歳くらいの女性が男とこの店を訪れたので一応連絡だけしておきます”と。

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