第4話 縁故のある場所
私の体調が回復してから私達は、いくつかの小規模な宿場町を転々としながら山岳にあるヴェルド国の国境を抜け、2か月後、南の隣国フェルガウへとやってきた。
ここは山がちだったヴェルドよりも国の広さは大したことないものの、平野が広がる比較的平坦な国だ。だから広さにしては穀物はとれるし、南北を繋ぐ交通の要衝でもあるため相応に栄えている。
ヴェルドとの仲は良くはないが互いに争いたいと思うほど悪くもない、良くも悪くも安定した緊張感の中にある。
もちろん水源になる山脈はあったりもするし、ヴェルド国との国境地帯は山間だから万が一があっても防衛はしやすい地形だ。
そんな国の第一の都市にやって来た。なんとなく気分が浮ついている。
「そういえばカイルは何か好きな食べ物とかないの?」
「何だ突然」
「なんとなく気になって」
カイルは「うーん」とでもいうような表情をして、何か思いついたらしい。
「そうだな、強いて言えば肉を甘辛く焼いた奴が好きだな」
「あら、子供っぽいのね。でもそれなら美味しいお店があるわよ」
あれ?なんで私はそんなことを知っているんだろう。口が勝手に動く。
「放っておいてくれ。でもなんだ、詳しいな」
だってそれは
「えっと、その、この街、私の故郷だから」
そう、この街は、レベッカの故郷なのだ。本来、レベッカの記憶は積極的に掘りだそうと思わなければ特に気にならないのだが、この国、そしてこの街に近づいてからはレベッカの様々な記憶が頭の中を次々とよぎってしまい気持ちが落ち着かないでいる。
そして平坦な道を歩きながら、”その街”の城壁や望楼が視界に入り始めたとき、胸が高鳴った。この一帯にもレベッカは来たことがある。
城門を潜り、レンガ造りの整った街並みの間を一歩一歩を踏み出すたびにレベッカの記憶が溢れ出すのだ。
友達と走り回ったこと、買い物をしたこと、食事をしたこと、この街の一番高い建物に登った時のこと。
レベッカの記憶とほとんど変わらぬ街並みを抜け、目的のお店にたどり着いた。
ステーキに輸入物のソースが加えられ仕上げられたソースをかけて焼き上げた料理が美味しいお肉屋さんに入って、カイルから狙い通りの高評価を得た。
「ぷはぁー!やっぱりこれはうめえなあ」
「喜んでもらえて何よりよ」
「レベッカもこれ、好きなのか?」
「うん、とても」
私自身は美味しいとは思うが特段好きでもない。好きだと思うのはレベッカの記憶に基づくものだ。彼女もこのお店でこのメニューを幾度か食べていた。
妙な表現にはなるが、体は喜んでいる。
ちなみにこれは、龍殺しをして一財産築いた私達には正直大した値段ではないが、この店で一番高い部類に入るメニューだ。この街の中堅層の生活水準で年に数回食べられるかどうか、そういうところだろう。
そんなものをもっと小さな子供時代、何度も食べた。
つまり、レベッカの実家であるファルシオン家は、相応のお金持ちであり、この街一帯を管轄する貴族の一門だ。その娘。
それが、レベッカの正体。
こんな記憶が連想式に次々と掘り出され、料理を食べ平静を装いながらも、早くこの街をでなければ、そんな焦燥感に駆られている。
そして今までぼんやりとしか認識していなかったレベッカの正体をはっきりと認識することになった。
レベッカがこの街を飛び出したのは5年ほど前。
つまり家出だ。
一門のうち武家に当たる実家は、規律が厳しくレベッカは逃れたいと思い続けていた。
むしろ国をこえて旅をする商人の生活にあこがれていたのだ。家に出入りする度に彼らに外の世界の話を聞き、思いを巡らせていた。
だから武家らしく課される剣のお稽古は適当に済ませていたし、むしろ計算とか地理とか、国の法制度とか、そういった座学に興味を持っていた。
当然のことながら、そのせいで父親から快く思われていなかった。
母親は既に故人であり、結局家に居場所を見失ったレベッカは、隙を見て家から逃げ出し、そして家から持ち出した宝石類を対価に最初の商隊に入り込み、旅を続ける中で魔物に襲われ、死んだ。
これがレベッカのそれまでの生涯だ。
適当にやっていたとはいえやらされていたのだから剣は並みの剣士程度には使える体ができていたという事情がある。もちろん今この体は私のものだと言ったら言葉がおかしいかもしれないが、私だって前世でカーターと遊びや日々の運動という名目で剣を振るっていたことはあったから何もしていない一般人よりは剣の使い方を心得ている。
剣を習った相手が世界有数の剣士なのだから、同じ時間を費やすにしても並みの人間よりは効率よく強くなっただろう。
「ところで」
「ん?」
「レベッカからこの街に行きたいと聞いていたわけじゃないし、俺が一方的に道を決めてここに来たわけだが、レベッカは家に帰りたいのか?」
きょとんとしたと思う。
何せさっきまで私自身はここが実家だと知らなかったのだ。目前にした街の姿と、食べ物屋、ここから次々とレベッカの情報が溢れ出してきたのだから。
「いや、別にいいわ。むしろ早くこの街を出たい。だって家出してきたんだもの」
「家出?」
「うん、私は家と家の方針が嫌で、隙を見て逃げ出したの」
口から自然と”家の方針”という言葉が出た。そう、実家は少々問題を抱えておりレベッカはそれが本当に嫌だったのだ。自分の夢にかこつけて家を飛び出したくなる程度には。
「なんだ、そうだったのか。思った以上に不良少女だったわけだ」
「なんですって!?」
からからと笑いながらカイルは最後のお肉を口に運んだのだった。ほのかに湧いた怒りの感情。それは、レベッカが抱えていた記憶が叫んでいるようだったからだ。
レベッカは、心の底から自由になりたがっていた。
そのきっかけは…なんなのだろう。”彼女”が自由を求めたきっかけ、それがあるはずなのだが、その記憶を掘り出すことはできなかった。
***
路銀はだいぶ余裕があるが、一仕事しておいた方がいいかもしれない。
それに、カイルがこんなことを言い始めた。
「ところでこの剣どうすればいい?」
先の迷宮の一番奥でカイルに貸していた剣だ。
結構なお値段がしたが気にせず購入したもの。
魔術の乗りがいいだろうと思ったがその通りの逸品だったのだ。龍殺しの一つの要因と言ってもいいかもしれない。ここまでの道中は武器を失った彼が使っていた。
「カイルと一緒にいる限り剣の必要性も感じないし、あげるからそのまま使ってていいわよ」
調理用兼用の短剣が私の腰に刺さっているが刃物はこれで十分だ。
「お?いいのか?本当に?返さないぞ?」
「ええ。私は何もなくても魔術が使えるし」
「そうか、なら、もらった!もう返さないからな」
「いいってば」
そんな馬鹿なやりとりをしていたが、カイルは本題を用意していた。
「じゃあこれ、これをレベッカの杖か何かに加工したいんだが、どうだ?」
彼が袋の奥から取り出したのは……
「あ、龍の魔石」
「御名答」
あの日龍の内臓から取り出した魔石だ。カイルの拳以上の大きさがある。前世でも滅多に見なかったサイズだ。
「処分してなかったのね」
「当たり前だろう。これは一番価値があるんだ。レベッカが魔術師じゃなければ売り払っていたかもしれないが」
魔石は杖に使うという用途の他、大型で美しければ宝石のような価値も出てくる。この魔石は濃い紅色をしているが、それでいて何故か反対側を見通すことができる透明感も有しており、宝石としても相当の値が付くだろう。
だからええ、そうねと相槌を打ちながら、自分の持ち物を考える。
「杖、か」
ちなみに今も杖は持っている。でもそれは魔石が据えられたものではなく、森に落ちていた程度のいい直線的な木材を削って作った歩行用の杖だ。カイルが体調がまだ万全じゃなかった私を気遣ってつくってくれたもので魔術を放つ用途ではない。
魔石は魔術師が魔術を放つ際にその魔力を増幅してくれる代物で、少ない魔力でも魔術を放てるようになる。杖の性能は基本的には乗っている魔石の性能に左右される。。
もちろん杖そのものの素材も関係ないわけではないが、それはあくまでオマケ的な要素に過ぎない。
「本当にいいの?そんなに大きな魔石、売ればかなりのお金になるでしょうに」
「ああいいぜ。今のところお金には困っていないし、俺はこの剣をもらったからな」
カイルはあげた剣を割と気に入ったらしい。
「ならお言葉に甘えようかしら…でもこの街を越えた先にオーダーメイドで杖が作れる工房なんてあったかなあ」
レベッカの記憶からこの先の地理を引っ張り出す。
武家であった以上は、周辺の街の情報は頭に入ってる。鍛冶屋はどこの町にもある。なんなら小規模な宿場町にもあるが、杖を作れる工房となると話は別だ。
杖があれば上級魔術が仕えるようになる可能性もあったから早くこの魔石で杖を作りたいという気持ちもあったし、結局、やむなくこの街の工房を訪ねることにした。




