第3話 とある少女の記憶
どうして自分はこんなところに生まれてしまったのだろう。
物心がつき、物事をある程度学んだ時からそんな運命というものの嫌らしさにうんざりし続ける日々が始まった。
体を動かすことも苦手ではないが好きではない。それ以上に、刃物を振り回すことは好きじゃないを通り越して嫌いだった。
ファルシオン家という武門の家に長女として生まれてしまい、男の弟がついに産まれなかった以上、この家は私が継がなければならない。
だから、剣を生涯の友としてその修練に全てを捧げなければいけないことが宿命づけられていた。
それでも、歴代の中には魔術師として国を支えた当主がいた前例があった。
だから、その方向で行けるならば私にも何とかやっていけるかもしれない。
そんな期待は、王都の聖女により否定された。信じられないくらい魔術の才能がないと宣告されたその日は、私の死刑宣告の日に相違なかった。
がっかりした私だったが、そんな私を見て父は性根から鍛えなおさねばならないと思ったらしい。
その日からより一層、厳しく私を鍛えた。
反面私は嫌々木刀を振り続けた。
どうすればいいのかわからなかった。どうすれば、この地獄から抜け出せるのか、誰も教えてはくれなかった。
心の奥底に、得体の知れない何かが蓄積していった。ぶちまける先もなく、粛々と、淡々と、しんしんとそれは降り積もっていった。
転機が訪れたのは、10歳になって間もないある日。
武具の買付をするべく父が呼んだ商人だった。
ファルシオン家の当主となるならば武具の目利きはできて当然。そんな理由から私もその商談に同席することが許された。
それだけでも、合法的に剣を振らずに済む時間が生じる点でありがたい出来事だったが、商人の商売文句に惹かれたのだ。
「この短剣なのですが、滅びたドーサで作られた品物でございます」
「おお、うわさに聞くあの」
「はい。短剣でございますので実戦に使うのは難しいかと思いますが、要人が室内で護身用に佩くものとしては一級品でございます」
「確かに。これはいい品だ。ひょっとして材質はアレか?」
「はい。アレでございます」
「なんと!既に多くが失われているというのにこんなところで巡り合えるとは」
「ただ如何せん、お値段が相応に……」
「ああ、わかっている。いくらだ?」
そんな話を聞いて、聞いてみたくなった。剣そのものには何の興味もわかなかったからどういうものかは全く記憶に残っていないが、商人の語る商品の来歴には惹かれるものがあったのだ。
「「ドーサ」って何のことですか?」
「ほほう、お嬢様。好奇心旺盛でいらっしゃいますな」
武器商人はちらっと父に目配せして、父は頷いた。
「ドーサというのは、かつて武具が盛んに生産されていた遥か遠くの街でございます。そこで作られた武具は汎用品の時点で既に評価が高く、世界中に愛好家がおり、その街が滅びて久しいにもかかわらず未だにそこで作られた武具を探し求める高貴な方々が後を絶たないのでございます」
「へえ…」
世界とは何だろう。遥か遠くって言ったが、どれくらい遠いのだろう。そもそもこの国の外の世界はどれくらい広いのだろう。
北方のヴェルド、南方のキーリカやザラームにシャンタウ。この近隣国四つの存在しか知らない。
「その街は、ヴェルドとキーリカどちらにあるの?それとももっと南のザラーム?」
「いいえ。もっともっと遠くでございます。ここからですと急いでも丸々2年や3年がかりでたどり着くような場所と聞いております。この一帯を広く歩き回る私でさえ、近づいたことすらありません」
これまでぼんやりと頭の中に形作られていた世界というものの枠組みが吹き飛んだ。フェルガウとその3か国の外にあたかも壁が作られているかのような世界地図が吹き飛んだのだ。この世界はどこまでも広い。
「貴方は、そんなに遠くまで行って武器を仕入れているの?その短剣はどこから?」
「いえ、わたくしが仕入れに行ったわけではありません。知っているだけでも二人の商人を介して私の手元に来ております。最低でも作られてから十数人の人々の手を介してここにわたってきているでしょう。お嬢様は聡明でいらっしゃるので付け加えますが、これが”流通”というものです。多くの商人が世界を股にかけ、あらゆる品物を売り買いし、あるいは交換し合うことで世界が一つに繋がるのです」
「おい、その辺にしてくれないか」
「はい、旦那様」
商人になれば、家の外へ……外の世界に出られる?
私は読み書きと計算はできる。なんのためにと聞いたら、貴族である以上読み書きはできて当然で、武門の家なのだから兵隊の数や戦うための物資の量等の計算ができて当然だからだと言われたことがある。
商人になるには、何が必要なんだろう。読み書き、計算はできるのだから後は何が必要なのだろう。知らなくちゃ。
それさえわかれば私は……!




