第5話 再度の挑戦
翌々日、再び第4層へ。
私達はこれまでを複製するように全く同じ展開をたどる3つの光と魔物の戦いを横目に、一目散に奥の壁にある紋様にとりついた。
「ああ、これは」
「何かわかったか?」
特徴的な縄状の紋様が描かれた柱状の岩。これは古代の魔術文字だ。縄ではなく文字が連なって書かれている。この中では私しか読めないだろう。どうしてこんなところにこんな文字があるのかと思ったが、時間もない。さっさと始めよう。
すうっと息を吸う。一見して詠唱だとわかったそれを、辿る。
『…封じられし刻の精霊たちよ、わが盟約の成り代わりを見よ。止まりしものを解き放ち在りうべし流れに復せよ。神の言葉はまやかし。在りし汝らの力は汝らのものなり』
人が使う言葉ではない。聞く人によっては動物の鳴き声を聞いているようにすら感じるだろう。
だけど私が今紡いだ言葉にはきちんと意味があった。
謎の詠唱を唱え終えたとき、柱から光が方々に幾何学模様のようにこの空間全体に這うように広がり、一部の壁が浮きあがったかと思えば、消えた。その先には通路が続いている。
一方、ほぼ同時に終わっていた光と魔物の戦い。
私たちは例の魔物がまた出現するのではないかと身構えたが、魔物は出現しなかった。
「正解…?」
周囲を見渡す。例の光がうろうろしている。今度は魔物と共に消えることはなく、おそらく突破の条件を満たしたのだと思われた。
すると、おもむろに光が奥に進み始める。
「行こう」
「ええ」
通路は、第3層から第4層に潜った時のように両側に鍾乳石でできた石柱があって、奥に行くに従って下っている。
私達は、多くのパーティーが進むことができなかった奥へと足を踏み入れた。
全く情報のない第5層へと。
***
第5層は第4層より魔物は出ると言えば出るが、正直なところ上層の魔物と大差はない。進む光に遅れないように着いていきながら魔物を排除していく。元鉱山ということで坑道の跡と思われる通路は無数に存在している。
しかし光も時折ふらふらとその場所に留まったり場所を入れ替えたりしながらも私たちを導くように進んでいくため、魔物と戦いながらでも後れを心配する必要はなかった。
魔物の排除作業はカーターとアレクでほとんど事足りていたから私はさっきの仕掛けのことをずっと考えている。
あれは古代の魔術文字。発祥は不明だが、1000年以上前に魔術を研究していた一派が用いていた特殊な文字で、ほとんどが独特な発声と筆記の体系を持つ。それに加えて魔術文字で書かれた文章そのものが魔術工芸品のような意味をもっていて、一定の長さを持つ文章や、元々意図をもって連なっている文章は魔力を全く持たない者が詠唱の発音をしたとしても多かれ少なかれ魔力を持つ何かが生じるほどだ。
読み方は当然常用語と異なり、共通点はゼロではないが皆無に等しい。いや、共通点と思しきところは偶然重なっただけと見るべきかもしれない。
これを解する人は果たしてどれくらい世界に残存しているのだろうか。私の知る限りではもうこの世にはいない師匠しかいない。
なぜならその一派は天変地異か何かに遭遇しほぼ滅びたらしいのだ。
わずかな生き残りは一部の書物と共に逃げ延びるしかなく、細々と家伝に近い形でその読み書きが伝わっていたにすぎない。それをどこから聞きつけたのか知らないが、師匠が教えを請い習得したとのこと。
この迷宮にはそんな文字が使われている。誰も突破できなくて当然だ。
あの文字を文字と認識しながら正しく詠唱をしなければならなかったのだから。仕掛けに気づいても読めなければ意味がない。
何なのか悩んでいるうちに時間切れになり、あの魔物にやられて全滅。未帰還パーティの末路はそんなところだろう。
しかし逆に言えば、30年ほど前にここを踏破したパーティーのうち最低でも一人は古代文字を解していたことになる。
そんな人物を擁したパーティーとは何なのだろうか。
私の興味は、目の前の迷宮攻略よりもその方向に向いていた。
それからしばらくして、さっきと同じような空間にたどり着いた。
「さて、今度はどんな謎解きがいるんだ?」
地面にドス黒い水たまりのようなものが発生し、その中から魔物が湧いてきた。魔物は蜘蛛のように多くの足や目を持つ。
光がその魔物の相手をしてくれているうちに私達が何かをするんだろうと、そう思っていた。だから意識は魔物よりも周囲に向いていた。
「ちょ!なんでこっちにくるんだよ!?」
だが魔物は3つの浮遊する光には目もくれずこっちに襲い掛かってきたのだ。
不意を打たれた多肢による魔物の攻撃はアレクとカーター二人を同時に相手にしてもまだ余裕がある。
二人とも魔物の脚を斬ろうとするが硬く滑りやすい外殻を持つ魔物は上手く斬撃を滑らせながら別の肢で反撃してくる。
「神よ、道を誤りしかの者の時を澱ませよ!」
フェリナは戦闘では援護が本職だ。主にパーティーの守りを固めながら、隙を見て魔物に対する弱体化を試みる。
先日使ったような停魔の神聖魔術は、フェリナの力を使いすぎるため戦闘で連発するのは遅滞魔術が中心になる。
それでも強力な遅滞魔術は停魔の魔術と大差ないほど力を使うため、わずかに相手の動きを鈍らせる弱いものが中心だ。
しかしこれでも、熟練した剣士のアレクとカーターをもってすれば魔物を止めているのと同じ結果になる。
たちまち動きが鈍った蜘蛛の脚を斬りとっていく。蜘蛛は手数の多い脚で二人の攻撃を止めようとするが、緩慢なその防御行動を速度で二人が圧倒した。
脚の多くを失い、遅滞の神聖魔術の効力が切れてもそれまでの俊敏さを取り戻せなかった魔物が絶命するまで、そう長い時間はかからなかった。
一方、同行している3つの光は魔物を素通りしてその奥へ。
石碑のような何かにとりついた3つの光は先ほどの私のように何かをしたのだろうと思われる。蜘蛛の魔物を倒すと石碑と私たちの中間付近の床がゆっくりと陥没し、階段が現れた。
第5層はここまで。
光達がその中に入っていく。
私たちもそれに続いた。




