第2話 4層へ、そして敗退
その迷宮は、8層からなる”らしい”。
その内上3層はいわゆる”普通”の迷宮ということで、なんなら日頃から踏み荒らされていると言ってもいい。ここが迷宮化した当初は上層に残ったわずかな精霊銀鉱石を求めて街の荒くれ者総動員でかかったという逸話すら残っている。
しかし、4層から下は全く別の姿を見せる。
4層に限れば腕試しに入ろうとする者は結構多い。
しかし帰ってこないか、這う這うの体で逃げ帰ってくるかどちらかだ。
というのも、この迷宮4層からは魔物が強力になるのみならず謎の光が周囲を動き回り攪乱してくるらしい。
それがどういうことなのかもわからないまま罠にかかり、あるいはやたらと強い魔物に襲われて死ぬか逃げるかの二択を迫られるというのだ。
謎の光は何故か魔物と交戦することもあるし、魔物を無視して素通りすることもあるというよくわからないものらしい。敵なのか味方なのか、それすらも不明だ。
そして肝心な8層からなる”らしい”というのは、30年ほど前に完走したパーティーがそう報告してきたからだと言われている。
ただし彼らは両手に抱えるくらいの量の高純度の精霊銀鉱石を持って帰ってきたため、完走したという主張は真実だと看做されている。その時に寄贈された少量の精霊銀により作られたナイフはこの街の長のところで飾られている。これは歴史的に確定している事実だ。
彼らは4層の奥や5層より下がどうなっていたのかは黙して語らず、精霊銀を武器に加工し、残った少量を街に寄贈して去って行ったということだ。
歴史上、迷宮ができてから数百年の間そのパーティーの前にも、完走したと主張し精霊銀鉱石を抱えて帰ってきたパーティーが片手の指程度はいたらしいが、5層より下の詳細は明らかになっていない。誰一人として記録に残していないのだ。
つまるところ今の確定情報は、「第4層の入口で光が湧き出し奥へと動く。第4層の奥ではやたら強い魔物が出る。その魔物はどうやっても倒せない」ということだけだ。
「……らしい」づくめで正直情報は乏しい。
「そんな迷宮あるのかしら。それにしても、困難な迷宮を完走したのなら勝ち誇って内部の詳細をしゃべりそうなものなのに、何で誰も語らないの?」
「さあな。言いふらしたくない何かがあったんだろう」
「また精霊銀を採りに来たいと思って秘密にしたんじゃないか」
「ああ、あり得るな」
迷宮に入ってから上層を抜け、3層までの短絡通路を抜けて中層となる4層への入口に立った。
鍾乳石のような特徴を持つ細長い岩が、天井から床までを支える柱のように、あたかも門構えを作るように存在している間を抜けたら、そこから”例の光”が出現することはわかっている。
私達はその門の前に立ち、装備を整え、横並びでせーので足を踏み入れた。
「さてと、どこに光とやらが出るのかな……うおっ!?」
上下左右天井と壁、そして地面に気を配っていたが、それらしい光はない。
しかし突如としてその光は私達の真ん中に出現したのだ。それも3つ。赤と青と黄。雪の結晶にも似た形をしながら人の胴体の幅くらいはある大きさの三つの光が着いたり離れたりを繰り返した。
私達はそれに触れないように慌てて左右の壁に寄る。
「いつの間に?」
その光は少しの間ふらふらしつつも、少しずつ奥へと進み始めた。
その光を見たフェリナは魔を探知する神聖魔術を使っていたようだが、見分けが終わったようだ。
「……変な気配は感じないわ。ついて行ってみましょう」
「よっしゃいくぜ!」
アレクが張り切って第一歩を踏み出す。さて、この後どうなるのだろうか。
***
4層にアタックした冒険者パーティー自体は結構いる上、敗退してきた者達とはいえ帰還率は5割を超える。彼らは生きて逃げ帰ってきても誰一人この光が罠だとまでは言っていないのだ。さりとて導きの光でもないようだが、何をすればいいのかわからないこの迷宮、とりあえずついて行ってみるしかない。
途中魔物が出現した。といっても第3層までで出現する魔物と同じもので、これは何の脅威でもない。但し不思議だったのは、その光が魔物と戦うこともあれば完全に無視することがあるということだ。
そして無視された魔物は光には目もくれず、こちらに襲いかかってくる。
そのため魔物が出現したらどちらが戦うのか、それを瞬時に見極める必要があったのだ。
そんなことを繰り返しながら進んでいると広間のような構造の行き止まりに当たってこれまでとは違う比較的大きな魔物が出現したが、その光が魔物と対峙し始めた。
その魔物は猪と狼と熊を足し、さらに昆虫のような要素を加え4ではなく2で割ったような風貌で、比較的大柄のカーターの倍近い背丈を持ち、二足歩行を基本としながらも爪と牙を振りかざしながら時には四足で機敏に動く。
「あら、代わりに戦ってくれるの?」
「ありがたいな。見ていればいいのか?」
これまでで出現した魔物とは異なる明らかな強さを見せる魔物だが、その光にまとわりつかれ、それどころかその光が魔術を放っている。
さらに、剣などないのに何故かその光にまとわりつかれた魔物が明らかな斬撃ダメージを受けている。
「どういうことだ?」
あの光は何なのだろう。改めてそう思っているうちにその光が消えた。同時に、光達に倒されたと思しき魔物の死骸も溶けるように消えた。
「え?消えた…?」
何が起きたのかわからない。
光が消えた分少しだけ薄暗くなった迷宮の中で呆然としたが、すぐに動くことを余儀なくされた。
さっき溶けるように消えた魔物が突如として再び現れ、襲い掛かってきたからだ。
「散開!」
私は最後尾へ。
カーターが前に立ちアレクがその後ろ。
フェリナが私と二人の間に陣取って二人を補助するいつもの陣形。
「いっけぇ!!」
まずは私が先制。魔物を辺り一帯丸ごと凍り付かせ粉砕する上級水魔術派生のアブソリュート・フリーズ。
私達のパーティーは省略できる労力は省略する主義だから、魔力を常に余らせている私みたいな魔術師がいるなら遠距離から魔術で仕留め危険を減らすことに躊躇はない。
だが本来ならば瞬時に凍り付くはずの魔物が、凍らない!
「っ!ダメ!来るわ!」
「了解!」
相手は氷に強度の耐性がある。水もダメだろう。ならば次は火だ。
アレクとカーターが接敵する直前に火球を叩きつける。
「うそっ!?効かない!?」
だが魔物は俊敏そのものでかつ火にも耐性があった。私の放つ火球を巨体に見合わぬ恐るべき挙動で避け、最後の一発を避けられず直撃し途中から業火に包まれながらもそんなもんお構いなしにカーターに襲い掛かった。
「ふうん!」
ガツン!
魔物の爪とカーターの剣が交錯する。
「ぬおおおおお!!」
魔物の怪力にカーターが押し切られそうになる中、カーターの後ろにいたアレクが躍り出て魔物に切りかかり、魔物の腕を両断した。
「よっしゃ!とどめ!」
手が空いたカーターはよろけた魔物の隙を見逃さず懐に飛び込み、魔物の胴体に深い傷を負わせる。激しい血しぶきが飛びその剣は魔物の巨体の半身を断ち斬ることに成功していた。スライムのような魔物でもない限り普通は致命傷だ。
「よし!仕留めた…!」
と思った私達だったが、仕留めたと言ったカーターが叩き飛ばされて私の後ろまで飛翔し岩壁に叩きつけられ、目を疑った。
魔物が、無傷のまま存在している。
「え……どういうこと?」
ついさっきアレクがぶった斬った腕は斬られた事実などなかったかのように胴体についているし。奥の内臓に悠々と達するような傷を負わせた腹部の傷痕が、ない。
「は……?」
現実が理解できず虚脱に近い状態になったアレクが魔物の隆々しい筋肉による怪力で防御空しく同じように吹き飛ばされた。同じように私の背後で岩壁に叩きつけられ、動けなくなる。
「ジュリナ!二人を治療して!足止めするわ!」
「分かった!援護する!」
「お願い!」
私は私とフェリナに目標を定めたかのように突進しかけた魔物に、魔術で作り出した私の身長より大きな大岩を凄い速度でぶつけていく。温度が効かないなら物理に近い魔術に限る。
魔物はそれをよけきれず岩の質量にやられて吹き飛ぶ。もちろんそれにより出来た傷や折れた手足は数瞬経てばきれいさっぱりに元通りなっているわけだが。
「万能なりし大いなる力をもたらす神よ、その力の真の姿をここに現わせ…」
背後ではフェリナが詠唱を始める。もうフェリナの全力だ。
フェリナなら、相手が魔物である以上足止めはできる。フェリナが大聖女たる所以の一つ。停魔の神撃魔術。
魔物を倒すことはできないが、十数秒、魔物を強制的に硬直させ足止めする聖女の最上位神聖魔術だ。こちらが万全ならその十数秒は一方的に殴れる時間となるのだ。あまりにも強力な魔術の為、やや長い詠唱が必要なのとその後フェリナの疲労がすごいことになるのが問題だが、それでも魔物にとっては理不尽そのものだろう。
岩をぶつけながら土魔術で急速に地面を整地しうっすらと凹地に成形したところに水魔術で水を張りそこに絶対零度をぶつけて凍らせる。たちまち私の腕の幅より厚みがあり、しかも最大限圧縮され硬度の高いつるっつるの氷の床が完成する。
しかも表面にうっすら水を張る滑りやすさという意味では凶悪この上ない奴だ。
魔物は学習能力に富んでいるのか岩が当たらなくなったが、ついに岩を避けて、いや、氷の真ん中に私が岩で巧みに誘導をかけ、そこに突進を始めたところで氷に足を取られて転倒する。
「……現出し、魔を留めよ!!」
停魔の神撃魔術が放たれた。鳳のような形状をした白く輝く光が直撃した魔物はあたかも置物のようにそこに急停止。
ただ今回は二人が倒れている。その上この神撃魔術、流石に連発はできないようで、その十数秒の間に二人を治療しないといけない。
「大丈夫?すぐ治すから!エクスヒーリング!」
踵を返して背後に駆け寄り躊躇なく上級治癒魔術を使う。二人は手を伸ばせば届く範囲にいたから二人同時に。
時間的にはギリギリ間に合うはず。
約10秒、意識はあった二人は動けるようになった。
大きく息をつくフェリナも後退し、陣形を立て直す。魔物も動けるようになり、何が起きたか理解できなかったようだが、私達の姿を認め、滑る氷にも爪を立てることでうまく対応しながらじわじわと迫ってくる。
「どうすりゃいいんだこれは」
「フェリナ、何か感じる?」
「はあ、はあ、わからない。でも、普通じゃない何かは感じる」
「さっきの光はこいつを倒してたよな?」
そう、確かにあの光はこの魔物を倒していた。そもそもカーターが懐に飛び込んだのも、光が魔物の腹部を切り裂いて大いにダメージを与えていた様を見ていたからだ。
こちらの方針が決しないうちに、ついに動き出した魔物が襲い掛かってきた。物理攻撃が基本と思われた魔物に対してフェリナは前衛二人に打撃と斬撃を和らげる神聖魔術をかけ、私は二人に身体強化魔術を使う。
強化された凄腕の剣士二人がかりで魔物に対するのだ。魔物は攻撃が相対的に弱体化され、こちらの攻撃が強化されているのだからたちまち二人の剣の餌食となった。
しかしバラバラに引き裂かれた魔物を見て今度こそ倒したと思ったとき、魔物は時間が巻き戻るかのように元に戻っていた。両断された四肢やばっさりやられた腹部や首といった部位もきれいさっぱり元通りに。
「ねえみんな」
無傷の魔物を前に、わけがわからず戦慄する一同。じりじりと前進する魔物とじりじりと後退する私達。そして私は一番後ろから皆に提案した。
「一度撤退しない?」
「「「賛成」」」
「まどろみの幻影よ、その眼に映し出されるは実にして虚ろ。その者を迷わせよ!」
フェリナが中位神聖魔術の幻影術を私達と魔物の間に展開し、私は強烈な水流と風圧を前衛二人の足先辺りから魔物にぶつけ、視界と物理と両面で魔物の追撃を鈍らせる。濡れた魔物に攻撃力の高い中級雷属性魔術のショックウェーブをぶつけるおまけつき。最低でも痺れてくれれば!
「撤退だ!走れ!」
身体強化済みのアレクとカーターだけでなく、私とフェリナにも身体強化をかけた。
アレクやカーターと比べて鍛えておらず筋力や体力の弱い私と、それ以上にフェリナは後から強度の疲労を受けることになってしまうが今は脱出が先決だ。
それでも追いすがってきた魔物の追撃をなんとか振り切り出口へ走る。出口への坂道すら追ってこようとしたから魔術で生み出した巨大な岩石をいくつも上から転がしてなんとか追い返した。私達4人が横に手を繋いだ程度しかない幅の通路で転がってくる岩石を避けるのは不可能だからだ。
息も絶え絶えでたどり着いた第4層の入口の門。魔物は追ってこない。
こうして、私達の最初の攻略は失敗した。
失敗の代償として、フェリナはアレクに、私はカーターにおんぶされてドーサの街に帰ることになってしまったのだが…。




