表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われた魔術を求めて  作者: ちむる
幕間1 とある聖女と勇者の出会い
32/159

第1話 神の導き

 私が幼い頃に暮らしていた国はオスランという。南大陸にある国だ。フェリナと名付けられた私は両親と共にその王都で暮らしていた。

 後から知ったことではあるが、オスランは比較的裕福で気候にも恵まれ食糧にも困らない、そんな実に夢のような国だったという。


 ”だった”というのは、もうオスランという国はないからだ。

 私が5歳の頃、聖女だった母から自分も聖女になりなさいと言われ聖女としての教育を受けていた。

 10歳になったとき、オスランは、隣国の侵略を受けた。


 オスランは豊かな国だったがその分兵達の士気は低かった。他国に侵攻して生きる糧を得なければならないというような状況ではなく、現状さえ守れれば満足できるものだったからだ。

 魔物との戦い方についてはまじめにやっていたが、他国の軍勢に対する戦い方を真剣に学んでいる者は多くなかったのが実情だという。

 そんな士気が低く少々数が多い程度のオスランの軍隊は、あっと言う間に蹂躙された。

 ただし、オスランはその豊かな富を城塞の建設に充てていた。決して防備を無視していたわけじゃない。

 だからオスラン国国王と残った軍勢は、決して断たれることのない豊かな水の手と何年でも籠城できると豪語するだけの備蓄食料を抱えた地形にも恵まれ堅牢な城塞都市に立てこもった。畑を荒らした隣国の軍勢はいかに食糧を挑発しようと1年は持たない。

 その上包囲に疲れたところを反撃すればいずれ包囲を解き撤退するだろう、そう思われたし実際に通常はそうなるのだろう。


 しかし隣国は強力な魔術師を連れてきていた。


 その魔術師は、世界でも数えるほどしかいないと言われた上級魔術の使い手だった。

 魔術に対する防壁はオスラン国が抱える魔術師達がきちんと構成し、対魔術戦でも遅れはとらないと思われたが、その魔術師は防壁をいともたやすく突破する威力の火の魔術を城塞に向けて放った。

 巨大な火球が塀に囲まれた都市を焼き尽くす。

 住民が、魔術師が、必死に消火をしようとするが次に放たれた同じ魔術が消火にあたろうとしていた者達ごと街を焼き尽くし、難攻不落とさえ言われた城塞都市は王族のみならず住民や兵士たち5万とも10万ともいわれる犠牲者と共に陥落した。

 生き残った者はわずかだった。


 私は、そのとき、その城塞都市にいた。

 覚えた初歩的な治癒神聖魔術で傷ついた兵士をたどたどしくも治療していた時だった。


 不意に、強烈な光が発生したかと思うと、業火の壁が迫ってきたのだ。

 一見して逃げ場などないことは明らかで、私は、私なりに「ああ、私は死ぬのだ」そう、諦めた。

 同時に、魔術を恨んだ。そして戦争を恨んだ。

 なぜなら、私が治療していた兵士の多くは遠くから放たれる魔術により負傷していたからだ。その上魔術は私すら殺そうというのだ。

 思えば、物資が豊富だとは言え日々の生活は統制されお腹いっぱい食べることも許されない。街の外に出ることもできない。同い年の子供が許されたわずかな範囲で遊んでいるのに私は治癒神聖魔術が使えてしまったが故に、起きている間のほとんどを魔力が続く限り治癒の仕事に当てさせられていた。

 だからその二つを恨んだ。

 恨んでもどうにもならないこともわかっていたから、死ぬ間際、神に祈った。

 そんなもの滅びてしまえと。


 ところが、周囲が業火と人々の断末魔の叫喚に包まれる中、私は平気だった。

 謎の透明な私を覆う卵状の形をした膜で火も熱も遮断し、呼吸も苦しくならなかったのだ。


「え?」


 訳が分からなかった。それとも、死ぬとはこう言うことなのだろうか。


 さっきまで人だったモノやさっきまで人の使う道具だったモノ、さっきまで建物だったモノらが業火に取り囲まれる中、声が聞こえた。


「見つけたぞ。フェリナよ。魔を滅する使命を背負った者よ」


 え?誰?


「あの?誰ですか?」


 周囲にいた人たちが生きているはずがないのだ。だがしかし確かにその声は私の耳にはっきりと届く。いや、耳ではない。意識に直接声が流れ込んでくる。


 不意に膜が私ごと浮いたかと思うと、私は光に包まれた。


 どれくらい経っただろう。

 視界を満たした光が、薄らいでいく。


 私は、浮いていた。

 どうなっているのかわからない。両手を見ようと思ったが、両手は見えない。両手どころか体がない。

 ああ、死んだ後の世界はこうなっているのか。


 もともと死は身近な存在だったから子供ながらそう納得したが、声が聞こえた。


「フェリナよ。そなたに使命を授ける」


 はい?


「我は神なり。

 ついに我らの意思を受けても破滅せぬ清らかな娘を見つけた。

 勇者を捜し、共に戦い、魔王を倒せ。

 そのための力をそなたに授ける」


 どういうことですか?

 魔王というものは聞いたことはありますが……


「このままでは魔王が世界を統べることとなる。それを阻止せよ。さもなくばそなたが経験した以上の破壊と殺戮がこの世を覆いつくすこととなろう」


 すうっと何かが離れていく。


 待ってください!私は何も!


「まずは3年の時を修行に費やせ。さすれば勇者と出会うであろう」


 そう言い残し、神と名乗る何かの気配は消え、視界は暗転した。


***


「あれ?」


 目が覚めた先には青空が広がっている。

 ちゅんちゅんと雀が何羽か周囲にいて青々とした草原が広がる丘の上のようだった。


「ここは?」


 おかしな夢を見たと思いながら体を起こす。両手を広げ見てみるが、血と汚れと汗にまみれていた手はきれいになっている。おかしいな、私はさっきまで負傷者の治療をしていたはずなのに。


 草の青いにおいに混じって焦げ臭いにおいを感じ、視線を上げる。そして遠くの光景に言葉を失った。


「え……?」


 遠目に見えたのは、破壊された城壁。焼け落ち、未だに数十の煙が立ち上る街と城。

 暮らしていた街だ。

 ここはそんな街を遠目に臨む小高い丘の上。何度か同年代の子供たちと遊びに来たこともある場所。

 でもその子供たちはもういない。大人たちもいない。


 本当なら、頭を抱えて目をつぶり耳をふさぎ喚き散らすところなんだと思う。

 だけど、無理やりそれが押さえつけられているように、涙も出なかったし泣き叫ぶ気にもならなかった。

 こみ上げかけたそれらはなぜか霧散してしまったのだ。


 もうあそこには何もない。

 だけど見てみないといけない。目に焼き付けなければならない。戦争の結果を。

 そう思い、街だった場所まで歩き始めた。

 徐々に近づいていくにつれて、焦げ臭いにおいが鼻を突き、同時に腐臭が満ち始める。


 城壁の周囲は、主に敵軍の死体だったものが散らばっていた。もっとも五体満足な死体や頭や胴体が転がっているわけではない。さすがにそれらは回収したのだろう。手や足の一部、あるいは馬の死骸がいくらかころがっているだけだ。

 数としては限定されたそれらも腐臭を放っているが、言うほどでもない。

 問題は、城壁の中だ。

 もはや人の気配もない場所に、崩れた城壁をまたいで足を踏み入れる。


「うぅ……」


 焼け焦げた死体が散乱している。

 もはや骨になっていたり干物と化しているのはマシなほうだ。半端に肉が残っていて湿度が残っているもの。これらが強烈な腐臭を放ち、ハエがたかり蛆が沸いている。

 地獄というものがあるのならこういうものをいうのだろう。


 大人も子供も問わず、何の区別もなく死がもたらされた光景。街全部が、地獄と化していた。

 がれきに何度も転び煤で真っ黒になりながら、聖堂を目指した。

 そして私は詰めていた聖堂にたどり着く。そこも焼け落ちていたが石造りの聖堂は空間だけはとどめていて、風通しがよかったせいか内部はきれいにすべて灰や炭となり、人だった骨のセットが数多散らばっているだけだ。


 奥まったところに横たわる真っ白くところどころ煤で汚れた骨。

 私が最後に治療していたのはこの人だったと思う。

 私はなぜ生き残ったのだろう。

 神はなぜ彼らに慈悲を下さらなかったのだろう。

 私自身が神に対する信仰心が特に篤かったという意識はない。聖女見習いとして聖堂にかかわることは多かったがそれだけだ。斃れた彼らとさしたる差はなかったはず。

 それなのに。


 改めて神から言われたことを思い返していた。

 勇者を探せ?何を言っているんだ。

 私はどうすればいいの?


 泣くという気にもならず呆然としていた時、声が響いた。


「生存者だ!子供がいるぞ!」


***


 声の主は隣国から来た聖職者達の一行だった。

 戦いが終結したのを知りやってきたらしい。同時に、早くここを去るように言われた。一度砦に引き上げていた敵の軍勢が、火が収まった間もなく戻ってくるからと。

行くところがないと言ったら、じゃあ保護するから付いてくるようにと言われ、彼らと行動を共にすることにした。

 彼らが言うには、この街の住人で生き残ったのは、私のほかは包囲される前に逃げ出していた兵士や、たまたま街の外に狩りに出ていた者等両手両足の指の合計に満たない数。

 寄る辺をなくした彼らはほとんどが聖職者たちと行動を共にすることにした。


 隣国に移り、聖女見習いとして働き始めた私だったが、私がおかしなことになっているのはすぐに分かった。

 あらゆる神聖魔術が使える。魔力量も飛躍的に増えている。


「どういうこと?」


 目を丸くしたこの聖堂を取り仕切る老婆の聖女は、熟練の聖女が使うような中位治癒神聖魔術を平然と行使する私を奇異の目で見つめている。

 

 その視線に大層居心地が悪くなった私は、今の状況を何とかしたいあまりにまた神に会いたいと強く願い始め、それはすぐに叶うこととなった。

 真昼間に聖堂の祭壇に向けて目を瞑り神に祈りを捧げながらそう願ったとき、再びあの夢の空間のような感覚に襲われ、目を開けたらそこには聖堂はなく全く異質な世界が広がっていた。

 私の体すらない。だけどここには私がいて、そして神がいた。肉体などいらなかったのだ。何が起きているかを知るには意識さえあれば十分だった。


「フェリナよ、何か用か」


 あ……えっと、夢じゃなかったんですね。


「そうだ。われらはそなたの呼びかけにはいつでも応え直答を許す。ときに我らはフェリナに力を与えた。その力はすでに試したであろう?」


 はい。私には過ぎたる力です。


「ゆえに改めて命じる。しばしの研鑽を経た後、勇者を探し魔王を打倒せよ。勇者の振るう剣が魔王を貫くであろう」


 魔王とは何でしょうか?


「魔王は古代より幾度も我らに挑まんとする悪しき者よ。別の大地は魔王の侵略を受けておる。この南大陸でも、東の大陸でもその影響はすでに出ておりもはや猶予は少ない。魔王が世界の多くを支配し、人類があらがえぬ力を持つ前にこれを倒すのだ」


 そんなものがいるんですね。


「左様。魔王の手が迫りつつあるこの大陸でもその威を受けた魔物は力を増しつつある。急がねばならぬ」


 でもどうすればいいのですか。そんな者を相手に私なんかが……


「フェリナ。そなたに特別な力を授ける。あらかじめ詠唱しておけば、詠唱なくして魔術を使える力だ。魂に刻み付ける故、いかなる状況においても用いることができるであろう」


 え……?そんなことが可能なのですか?


「行け、フェリナよ。勇者はすでに生まれておるぞ」


 ……はっ!

 夢から覚めたような心地になり、目を開けたそこには、さっきと何ら変わらない聖堂の祭壇があった。


「夢……?」


 夢だとしか思えない。神と直接話をするなど、あるはずがない。あるはずがないのに、あるはずがないと主張する理性を容赦なく踏みつぶすような現実感が私を支配していた。


「……聖なる力は汝の手を取り命の輝きを取り戻さん」


 だから試すしかない。使うつもりがない初歩の治癒神聖魔術を唱え、何も起きないことを確認。

 そして周囲を見渡すと、蝋燭が尽きたきり補充がされていない燭台を見つけて、その蝋燭に突き刺さるべき剣先に親指をあてて……


 ぶしゅっ


「つっ……!」


 痛みに指を引き抜くと、親指の腹の真ん中付近から一筋の血の流れが指を伝った。

 そしてこれを治癒したいと、願った刹那。


「嘘……」


 神聖魔術は詠唱が必要だ。

 その大原則が、崩れた。


 血を零していた指先に淡い青色の光が集まり、その傷はすうっと消え去って、ただ血が流れた跡だけが残るにとどまった。


 魔術師が使う魔術は詠唱があってもいいが、魔術学校の授業でもないのにわざわざ詠唱するなんて無駄なことをする者はいない。

 だけど聖女の用いる神聖魔術は詠唱が必要。これが世の中の理のはず。

 それが崩れた様を見せつけられた。

 つまり神との会話は現実であり、そうであるならば私は神から勇者を探し出し、魔王を打倒せよと命じられたのだ。


「私が、魔王を……」


 唐突に与えられた使命は恐ろしさすら覚えたが、同時に、それをもし為す事が出来たならと思いを馳せたとき、私の中ですべてが決まった。

 魔王を倒す。それは世にきっと平和をもたらしてくれるに違いないと、そう思えたから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ