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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第5章 闘争と逃走
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第6話 闘争と逃走

 もはや目を開ける気もしない。眼球は多分無事だが瞼が切れているのか、目を開けたら痛いのだ。


 あれからも何度も殴られ、鞭で打たれ、流石にもう我慢しなくていいかなとすら思えた。

 私を犯すなという命令が出ているらしいが拷問役はそれに反発する話をしていたから、次は恐らく慰みものにされる。

 じゃあその時に……


 元々転生してきた第二の人生だ。それが転生術で三回目になるか、あるいはここで死んでも興味本位で得た二度目の人生だから大した価値はないだろう。そもそもこの”レベッカ”は本当はもう死んでいるはずなのだ。

 ”この子”がここまで生き永らえただけでも儲けものと言えるだろう。

 レベッカに対する義理は果たした、そう思えた。

 じゃあ、もう使っちゃおうか。


 そんなことを考えていたとき、扉が乱暴に開け放たれるような音の後激しい金属音がして、唐突に止んだ。

 なんだ、新しい拷問器具を持ってきたんじゃないの?

 まあいいや。えーっと、なんだっけあの転生術の出だしは…


 殴られすぎて意識が朦朧とする中、ようやく思い出した詠唱の最初の出だしを口に出そうと息を吸い込んだ。


「レベッカ!無事か!?」


 暗闇に唐突に響いた知っている声。出そうとした第一声を飲み込んだ。


 ガキン!という金属が破断する音と共に足音が近づいてきて、痛いが嫌々ながら目を開けたらそこにはカイルがいた。助けに来てくれたの?


「かいる……」


「すまん、もっと説明すべきだった。お前は、ユーリィムの関係者だったんだな…魔術は?使えないのか?」


「うでわ……」


 あとから思えば、この時の私は転生術のために全ての意識を向けていたからカイルに対してうまく受け答えできていなかった。

 きちんと置かれた状況を伝えることができなかった。

 魔術を封殺する腕輪があるなんて誰も考えないのに。


「腕輪……?そういうことか!」

 

 それでもカイルは状況を把握してくれて、私の左腕にかけられた手袋を破り捨て、腕輪を外せないようにする別の腕輪もろとも、魔術を封じていた腕輪を切り捨てた。


 ガランという音と共にあの腕輪から自由になった。同時に四肢を拘束していた鎖を切断。拘束を逃れた私の躰は石造りの床に落ちるように転がる。

 腕輪を外すのに私の左腕も剣が触れて多少傷ついたし床に落ちたときに少々痛かったが、慣れてしまうほど痛めつけられたこれまでの痛みと比べたら些細なこと。


「ああ…動ける…」


 四肢を鎖で固定されていたから、寝転がれることが嬉しくて、硬い床面すら快適に思えた。仰向けになり天井を仰ぐ。


「レベッカ、これでいいか?治癒できるか?」


 ああそうだ、治さないと。

 意識は朦朧としつつあった。かつて前世でもこういう経験をしたっけ。パーティが半壊状態になってカーターだけが踏みとどまり、半死半生状態の私がなんとか治癒魔術を自分に使って回復し戦線を立て直したことが。


「ヒーリング……」


 だから、治癒魔術も使うことができた。


 胸に手を当て治癒魔術を使うと徐々に痛みが薄れ意識が明るくなる。

 幸いにも骨は折れていなかったようだ。腫れあがっていた各所がある程度元の姿を取り戻していく。ようやく目を開けていられるようになった。

 だがこの程度だ。腫れや傷は全身に残っているし、同じようにあちこちの痛みもだいぶ残ってしまっている。重傷者に使う初級の治癒魔術なんてこんなもの。

 痛めつけられていた疲労はそのままだし、失った血もすぐには戻らない。


「カイルが助けてくれたの?」


「ああ、だがこれは俺のせいだ。すまない」


「ううん、いいの……」


 起こしてくれたカイルにそのまま全体重を預ける。背中に手を回して血を失い冷えた体で彼の温かさを味わう。


「レベッカ……」


 彼に抱きしめられる。ああ、少し汗ばんでいるけど彼は暖かい。


「あ、ごめん」

 

 手を放し立ち上がろうとしたが、足に力が入らずまた彼に抱き着く形に。


「きゃっ」


「ほら、無理しようとするな」


「うん……」


 しばらくこのまま目を閉じたまま身を委ねていたかったが、頭上から聞こえてきた物音で、いつまでもここでゆっくりしてはいられないことを悟った。


「ねえ、カイル」


「ああ、ここは危険だ。早く出よう」


 カイルがさっき奪ってきたと思われる手枷と足枷の鍵を使って全てを外し、ようやくすべてが外された。

 もう服もボロボロだった。カイルが羽織っていた衣服をかけられ彼に肩を貸されながら、牢から出る。


「あ……」


 そこには拷問器具や武器を持った男たちが血まみれで倒れていた。

 生きている者はおらず、こと切れている。


「すまんな。問題あったか?」


 うち一人は、ユーリィムに忠実だったがいいやつだった。

 そんなゴッツの遺体を横目に見つつ、階段を上がる。


「ううん、ありがとう」


 彼はただ職務に忠実だっただけだ。その結末がこうだというのは気の毒ではあるが、仕方がない。

 おぼつかない足で牢獄へと向かう階段を上がり、地上階に出たら槍の矛先が私達を取り囲んでいた。


「動くな!」


 階段を上がり切ったところにいたのはデンデと槍を構えた兵士たちが10名ほど。


「大人しくしろ」


 デンデは幼いながらも胸を張り兵士たちの指揮を執っているようだ。今のこの場の責任者は彼らしい。そしてその声と体は震えている。目の前で起こっている戦いや周囲に散らばっている死体に大量の血痕があるのが怖いのだ。


「デンデ。行かせてちょうだい。貴方にも世話になったと思ってる。私にしたことは不問にしてあげるから」


「黙れ!ユーリィム様を裏切った罪、万死に値する!」


 ダメか。思えば、ユーリィムは部下に対しては公明正大であり寛大なんだろう。配下の皆の心酔ぶりがそれを物語る。そしていま目の前の小太りの彼を突き動かしているのも、ユーリィムへの信仰心なのだろう。

 きっと、私が配下に就いていたらあの絵の件も本当に不問に処されたんだろうか。


「レベッカ、どうする?俺がやるか?」


「いいえ。私がやるわ」


ふらつく足に注意しながら、カイルの一歩前に出た。


「デンデ。あなたたちとした旅は楽しかったわ。あなたからもいろいろ教わった。何も知らなかった私にとってとても役に立った。感謝しているの。だけど通してくれないというなら、容赦しない」


「殺せ!」


デンデが兵士たちに命じた。だがもう遅い。


「氷撃」


 彼らが最初の一歩を踏み出すとほぼ同時に私の周囲に形成された十数本の氷の矢が、彼らが二歩目を踏み出すとほぼ同時に強烈な回転をしながら撃ちだされ、三歩目を踏み出すときには突き刺さっていた。

 それらは彼らの鎧を優に突き破り心臓を突き抜け背中に達した。


 彼らは胸を押さえ血泡を吹きながらバタバタと倒れてゆく。そして足元は倒れた全員分の血が広がり青い絨毯を紫色に染め上げてゆく。


「な……!?ああ……」


 デンデは配下の兵士が瞬時に全滅したことが信じられない様子だ。

 彼はかつての戦いをまともに見ていなかった。仕方がないか。


「貴方もよ。死体をもってユーリィムに伝えなさい。私は簡単に殺される相手じゃないって!」


 せめて楽に殺してあげよう。

 そう思った私は3本の氷の矢を形成し、1本は心臓に、1本は首に、3本目は頭に撃ち込み、小太りの彼は逃げる間もなく倒れた。


「こんな別れ方、望んでなかった」


 胸から氷の柱を生やし、頭は砕かれ首はちぎれかけ、ピクピクと痙攣し血で染まりながら息絶えた彼も、こんな最期は望んでいなかったはず。少し不器用だけど、一生懸命一人前になろうと頑張っている姿は嘘じゃなかった。


「レベッカ、これが冒険者だ。殺されるなら殺すしかない」


「ええ」


「で、どうするんだ?ユーリィムも殺すか?」


「ううん、いいわ。この街を出ましょう。大商人に睨まれたらもうこの街にはいられないでしょう?」


「そうだな」


 短い期間ではあったが、あの時旅を共にした人たちをこれ以上殺したくなかった。

 もはや立ち塞がるものもいない邸宅を出て、まずは私が部屋をとっていた宿とカイルのアジトに向かい荷物を回収。

 そしてその日の夜のうちに、痛みを訴える体を引きずるように、南にある隣国に向けてこの街を出立した。

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