第3話 古代の腕輪
龍の爪を全部提供する。
ユーリィムは固まった。
となりのデンデは驚愕の顔をして信じられないという顔で私を見る。
彼らはこんな事態は想定もしていなかったのだろう。機先を制する事が出来た。話をうまく進められそうだ。
「どうぞ手に取ってご確認ください」
そう促すとユーリィムは袋の中から一本を取り出し、テーブルに備え付けられていた引き出しから虫眼鏡を取り出し、それを片手に検分を始めた。
いくつか検分するのにそう長い時間はかからなかったが、驚いた顔をしたまま爪を袋に戻した。
「いいのかい?全部?」
「はい!私が無事にここまで来られたのもユーリィム様と皆様のおかげだと思っています。龍の素材はめったに流通しないと聞きました。これを独占して最大の利益が得られる場面でお使いください」
「ははは、ありがとう。嬉しいよ。レベッカはやはり商売の才があるね。それでどうだい、例の件、受けてくれるかい?君ならぜひ、護衛としてではなく商人として迎え入れたい」
本題だ。でも私にとってその爪は感謝の気持ちでもあるが手切れ金。私にかけてくれた恩義や貰ったお給金を全て返して関係を解消する意図があったのだ。だから、こう返事をした。
「いえ、ありがたいお申し出なのですが、私はやはり大所帯の中で働くのは向いていないと思います。それに冒険者として暮らすことに決めました。ですので申し訳ありません。お断りさせていただきます」
深く、頭を下げた。好待遇を用意してくれているとは思うけど、やはりここで働くことには気持ち悪さもあるのだ。それに今が何時でここがどこで、魔術がどうして使えなくなっているのかといったことも分からないままになってしまいそうだから。
魔術で生きてきた私には、それは我慢できなかった。
頭を上げるのが怖かった。少しの沈黙が長く感じた。
「そうか、なら仕方ないね」
ため息のような息遣いと共に、ユーリィムはそう呟いた。
何とかなりそうだと思い顔を上げる。ただ、ユーリィムは微妙な表情をしていた。ゴッツもだ。デンデにいたっては私をにらみつけている。私が断ったのが残念だったというのもあるのだろうが、どういうことだろうか。
「君の気持ちはわかったよ。それなら僕としても無理強いするつもりはない。実はね、そうなる気がしていたんだ。龍殺しをしたもう一人ともなかなか懇意だと聞くしね」
「彼とは変な関係ではないんですが」
「いやいや、そういう噂があるだけだ」
そう言いながらユーリィムは先ほど机の上に置いた小箱をおもむろに開けた。
中にはブレスレットが入っている。
「レベッカ、君に受けた恩義は僕たちにとっても大きいと思っているんだ。それに加えてこんなに高価な龍の爪をこれだけもらったんだから、是非返礼にこれを受け取ってほしい。退職金みたいなものだと思ってくれ」
それはどこかで見たような紋様が入っているがシンプルな銀色のブレスレットで、古いものであることは一見してわかるが、その中にも高貴さを感じた。
「ありがとうございます。喜んで頂戴しますね」
箱ごと受け取ろうとしたらその手を差し止められた。
「え……?」
「きっと似合うと思うんだ。是非つけてみてほしい」
なるほど、それも礼儀か。それになんだか空気が悪くなったこの空間を早く出たい気持ちもあった。
だから早く済ませよう。そう思い、銀色のブレスレットを付けた。
「うん、似合ってるよ」
「そうですか?ありがとうございます。それではお忙しい中ありがとうございました。私はこれで」
そう思い席を立とうとした。
だが、ドヤドヤと武装こそしていないものの体格のいい男達が応接室に次々と入ってきて私を取り囲んだ。
彼らは武器を抜き、あるいは縄や目隠しといった拘束具を手に持ち睨みつけてくる。
「ユ……ユーリィム様?」
これはどういうことなのか。少々の恐怖と共にユーリィムを見るが、男たちの最後にとある男が入室してユーリィムの背後につき彼に対して一礼した。
「彼女で、間違いないね?」
その男は積年の恨みを持つような目で私を見つめてこう吐き捨てた。
「はい。私の絵を燃やしたのは、この女です」
絵を燃やした。これには当然心当たりがある。
背筋が凍り付いた。
「え、まさか」
「彼は私の傘下の商人でね。美術品も取り扱わせていたんだ。レベッカ、君が僕の下で働くというなら不問に処してあげようと思っていたんだけどね。出ていくというなら許さない」
私の中で、この瞬間から彼らは敵になった。もう遠慮はする必要はない。それでも恩があったことは確かだから、一度だけ確かめた。
「知らぬこととはいえ申し訳ないことをしました。ところでそれというのはその龍の爪では対価としては不足なのでしょうか?何なら幾らか追加できる龍の素材もあるのですが」
ユーリィムは男の顔を一瞥した。
男は首を振る。
「駄目だそうだ。悪いけど君には死んでもらう。本来なら君みたいな年齢の女が大好きな貴族のところに一度おもちゃとして出してから殺すところだけど、君は危険だし、君に世話になったのは事実だからね。君を傷物にするのは忍びない。ただの拷問と処刑で彼にも納得してもらったよ」
周囲を見渡す。
ゴッツやデンデも含めて私を見る目は冷たい。
つまり、味方はいない。
「そう……ですか。それなら仕方ないですね」
頭は完全に自衛に切り替わった。悪いけどここにいる全員、いや、館にいる全員を皆殺しにしてでも脱出してやる!
そう決意し、先ず全方位にエレクトリックを放とうとしたが、魔力が全てブレスレットに急速に奪われ、魔術が搔き消えた。
「え……?」
「捕らえろ」
ブレスレットがうっすらと、しかしはっきり光を放った瞬間、逃げる間もなく屈強な男たちに為す術なく組み伏せられ、何十もの縄で縛り付けられてしまった。
「どうして!?」
「君の魔術は異常だ。強すぎる。だけど相応の対策法もあるものでね。そのブレスレットは魔術師にとっては禁忌の代物なんだよ。古代の魔封じの腕輪だ。明日の夜まで君は拷問にかけられる。さっきも言ったが確かに恩はある。その分女性としての尊厳だけは守るように言い聞かせてあるからね。死ぬまで君は清いままだ。感謝してね。では。ああ、龍の爪はありがたく頂戴するよ。じゃあね」
ユーリィムはデンデらと共に爪が入った麻袋を持って出ていった。
私は縛り上げられ、ブレスレットが外れないようさらに手首に別の腕輪をきつく装着させられた上、手袋を掛けられた。
「離して!」
「悪いなレベッカ。俺は嬢ちゃんに恨みはないしむしろ恩義も感じてる。可愛そうだとは思うんだがユーリィム様の命令は絶対だからな。気の毒だが死んでくれ」
ゴッツは気の毒そうな目はしているが、私は知っている。彼はユーリィムに心酔している男だと。
魔術がない非力な自分では、屈強な男たちの拘束を逃れる術はない。
そしてそのまま、抵抗すらできぬまま館の地下にある牢獄へと連行されてしまったのだった。




