第2話 お断りの挨拶に行こう
気が進むわけではないが、やらなければならないことだ。
麻の袋に龍の爪を詰め込んで、ユーリィムの本拠地である邸宅までやってきた。彼の邸宅は王都の北東部にあり、この一帯の商店はたいていの場合ユーリィムの傘下にあるとのこと。
ちなみに、私の希望で龍の爪は全て恩のある人にあげることにした。滅多に出ない龍の素材。鱗や骨なんかは量もあるから暫く相場は下落するだろう。
でも爪ならば大きな袋にまとめ切れる量だから、これをすべてユーリィムに渡せば金銭的な御礼としても十分だろう。新鮮な龍の爪を独占できるのだから。
いくらか売却した龍の鱗の金額を聞いて、素材として独占できる龍の爪を差し上げられたらいくら大商人でも喜ぶに違いない、そう思いながらユーリィムの邸宅に到着した。
この大きな王都のひと区画を丸々使ったこの邸宅は、この国のみならず周辺国をも股にかける大商人の邸宅としてふさわしい威容を誇っていた。歩いて数分そこらでは曲がり角に到達しないほど長い一辺。その長い区画を囲むように白く塗装された壁がそびえたっている。
「すみません」
守衛の兵士に声をかけた。
「なんだ?」
「私、レベッカと申します。ユーリィム様に用があって来たのですが」
「約束は?」
「……してません」
肝心なことを忘れていた。彼は大商人、忙しいのだ。事前の連絡もなしに入れてくれるはずもないのに。
「約束もない者を入れるわけにはいかない。帰れ」
「うーん、そうですよね。それなら秘書のパスコさんでもデンデさんでもいいんですが、お取次ぎいただけないでしょうか?」
「だめだ。皆様お忙しい」
ですよねー。
「わかりました。それならご伝言をお伝えいただけますでしょうか」
「だめだ。紹介もない者は何であれ取り次がん」
うへー、どうしよう。
「……なら、どなたのところに伺えばよろしいのでしょうか」
「それも教えられん。自分で調べろ」
だめだこれは。出直そう。
いかにも堅物という顔をした守衛相手にそう考えなおし、ため息をつきながらお仕事に忠実な彼に会釈をして振り返ったら、そこには知っている顔があった。スキンヘッドで結構鍛えた体つきをしている男だ。
「ゴッツさん!」
「レベッカか。どうしてこんなところに」
「あの、ユーリィム様にお返事をしようと思ってきたのですが、事前の連絡もしていなかったので守衛の方に追い返されてしまいまして」
それを聞いたゴッツは守衛を一瞥して
「彼女を入れてやれ」
そう言った。
「はい?よろしいのでしょうか?」
「構わん。むしろユーリィム様が彼女を探されていた。俺も用があったところだ」
ん?ユーリィムが私を探しているのは返事をここまで伸ばしてしまったからわかるとして、ゴッツはどうして私なんかに用があるのだろうか。
「わかりました。どうぞ」
「さ、レベッカ」
「はい!ありがとうございます!」
思わぬ幸運!どうすればいいかわからなかったからついている!
そう思いゴッツの後ろを何も考えずに着いていった。
***
ユーリィムの邸宅は広い庭と先ほどの外壁すら黒ずんで感じるほど白磁の光を放つ外壁により構成され、傾き始めた太陽の光を反射し眩しさを覚えるほどだ。
美しく剪定され整えられた庭に瞠目しながら進むとその正面玄関に到着し、ゴッツが門番を促し、扉を開けさせる。
彼の後に続いて入ると、ホールはまるでお城のような絢爛豪華さを漂わせ、ユーリィムがまさにこの国の経済を牛耳る大商人の一人であると知らしめるものがあった。
「確かここに来るのは初めてだったな。どうだ、すごいだろう」
「うん……!」
ゴッツは小さく胸を張っているように見える。敬愛する主人の邸宅は誇らしいのだろう。
もし、もしもだ。カイルと出会って冒険者として生きていこうと決めていなかったら、例え断るつもりでここに来たとしても心が揺れていただろう。
それほどの勢いや力と気品を感じた。
そのまま正面の階段から上がるとき、門番が配されている地下へ降りる階段を見つけた。
大商人の邸宅なのだからあの先は金庫か何かなのかな。
「ところでゴッツさんの私への用ってなんですか?」
「ん?ああ、まずはユーリィム様と面会してくれ。俺の分はそれからだ」
「そうですよね」
ゴッツの反応から何か渋いものを感じたが、何だろうか。いや、私が断るつもりでいるからそう聞こえるだけなのだろう。上司の要件を先にするのは当然でもあるし。
2階に上がり、階段を上りきったところから右に1回、つき当たりからまた右に1回曲がった奥の部屋に通された。
そこは長方形のテーブルを椅子二つずつで挟む内装で、小さな植物がテーブルに飾られているだけの簡素な応接間。採光のための小さな窓がついていて、それだけでは足りないようで蝋燭の日がいくつか灯っていた。
ユーリィムのような人物からしたら意外なほど何もない部屋だったが、私はお客さんではないからちょうどいいか。
「レベッカ、少し待っていてくれ。お茶は出してもらう」
「わかりました。ありがとう」
ゴッツが出て行った。
数分でお茶のセットを持ったメイドさんが来るまでの間、静かな部屋で一人どう話を持っていこうか考えていた。
その結果、龍の爪を先に渡して、その後にお断りしようと決めた。
私の感謝の気持ちとユーリィムに仕えないこととは別の話だからだ。
先ずは感謝の気持ちを先に渡そう。そうしよう。
メイドさんからもらったお茶に口を付けながら待つこと5分ほど。
どやどやと廊下を歩く音がして、ユーリィムがゴッツとデンデを連れて入ってきた。
「やあレベッカ、元気そうで何よりだよ」
「お久しぶりです。ユーリィム様」
応接室に入ってきたユーリィムに、立ち上がって頭を下げる。デンデにも目くばせと軽い会釈を。
「レベッカ、活躍は聞いているよ。龍殺しをしたんだってね。流石だ」
そう言いながら彼は正面に座り、手に持っていた一抱えくらいの小箱をテーブルに置いた。促されたから私も腰を下ろす。しかしその箱は何なのだろう。
「恐縮です。幸運に恵まれました」
とはいえ褒められるのは悪い気はしないのだ。それに私が前世で魔術を極めた人生二度目の魔術師でもなければ初級魔術の組み合わせであの状況を脱することはできなかっただろうし、思いついても実行できず焼け死んでいただろう。
「そんなことはない。君の魔術の才能は本当に際立っていると思うよ。で、君は今日は何の用で来られたのかな」
彼も忙しいだろうし、早く要件を済ませたほうがいいか。そう思い、持参した麻の袋をテーブルに置いて差し出した。
「粗末な入れ物で申し訳ありません。しかし中に入っているのは先日倒した龍の爪です。左右手足4本ずつ合計16本。全て差し上げます。この街へ無事に来られたのと、今まで不自由なくいられたお礼です」




