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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第15章 魔王城
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第8話 変わる、二人の関係

疲れもあったし、その日は適当に何かを食べて宿に帰り休んだ。

 翌日、みんなで朝食を済ませた後、取れない疲れを抱えて宿の1階のテラスで気だるげに寛いでいたらニースが現れ声をかけてきた。


「おはよう。どう?調子は」


「おはよう、なんともないわ。少し気疲れしただけ」


 宿の店主とニースは見知った関係だ。

 客の私達とニースが同じテーブルにいても問題はなさそうで、それどころか全員分のお茶を出し直してくれた。


 そのお茶に口をつけながら、ニースはにこやかに昨日のことを振り返った。


「あんなにすごい魔術、久しぶりに見た」


「私もよ。ホント、使った身として言うのもおかしいけど、上級魔術って本当にすごいわよね。エスタも大昔に見たことあるのよね?私の魔術、どうだった?」


「どうだったも何も、あんなに強力なものは見たことないよ。いや、ライトニングウェーブ自体は見たことあったよ?だけどさ、昔見たのはあれほど高圧縮であれほど威力があるものじゃなかった。すごいよ」


「ふふ、ありがと」


「伊達に大魔術師とか大賢者とか言われてないわよね」


「ええ」


「それでレベッカ、貴女はこれからどうするの?それを聞きに来たの」


「……これから、か」


 今までぼんやりと古代魔術のことについて知りたいと思っていたことが唐突に叶ってしまったのだ。だから旅の大目標を突然失い、心が虚脱してしまった感すらある。

 

「何も考えてないわ。カイルは?」


 カイルも同様に目標を突然失った身のはずだ。だからまだ決めかねていると思っていたが…


「俺は、そうだな。せっかくだからまた旅をして人のことをもっと知りたいな」


 あれ?もう次に切り替わってるの?


「エスタとギルは?」


「僕は魔王城もそうだけど、この辺の遺跡とか、そういうのを調べたいな。調べ終えたら次に行きたい」


「あたしはエスタについていくぜ」


 エスタとギルは目を見合わせふっと笑いあったように思えた。


「で、レベッカはどうするんだ?」


「私は…」


 何も言葉が出てこなかった。何も考えていないし、何もやりたいことがないのだ。

 ただ、みんなはここから離れていく。それは少し嫌だった。

 そんな風に思いが至った時。


「なあレベッカ。やりたいことがないならついて来いよ」


「へ?」


「そうだ。あたしたちはパーティーだろ?」


「まだまだレベッカには教えてもらいたいこともあるからね」


「そうね。そうよね」


 短くそう答えた。

 そんなとき、一瞬だけニースが寂しそうな顔をのぞかせたのに気づいてしまった。きっとニース、いや、フェリナは私とまた暮らせるって考えていたんだろうな。


「ねえ、今日はまた魔王城に行くのかしら?できればレベッカと二人で話したいことがあるんだけど」


 気を取り直したようにニースが私に言ってきたから3人の顔を見る。


「行って来ればいいじゃないか。俺もこの街を見回ってみたいしな」


「僕も、魔王城に行きたい気持ちはあるけどあそこは逃げないからね。今日は休養とかゆっくりするのに充ててもいいよ」


「それならあたしも構わないぜ」


「そう、じゃあちょっと行ってくるわね」


「ああ、いってら!」


 皆に送り出され、ニースと共に宿を出た。


***



 ニースに連れられて来たのは大きな聖堂の礼拝堂からさらに奥まったところにある小さな部屋。ここはニースの勤め先だという。


「ふう、ようやく二人きりで話せるわ。改めて久しぶり、ジュリナ。ここではそう呼ばせてもらうわ」


「ええ、フェリナ。わたしも二人で話したかったから」


「ここなら誰も来ないし、誰か来ようとしてもすぐにわかるから気兼ねなく話してくれていいわよ」


「助かる」


・・・


 それから、私たちは互いにここに至るまでの話をした。昨日概要は話したけどもう少し詳しく。

 目が覚めたら遠いところにいたこと。初級魔術以外使えなくなって難儀したこと。カイルやエスタ、ギルと出会ってここにいたるまでの冒険譚。


 フェリナは目が覚めたら山を越えた先にある小さな村にいて、それからというもの聖女として働いていたらしい。

 あまり冒険というものはしていないという。今の時代の聖女らしいと言えば聖女らしい暮らしをしていたようだ。


 お昼も一緒に食べてもまだまだ話題は尽きない。

 ただ、一つだけ懸念点があったからフェリナの意見を聞くこととした。二人きりになれたら聞いてみようと思っていたことだ。


「ところで、カイルの中身が魔王様だって、本当だと思う?」


「ええ、本当でしょうね」


 フェリナはこともなげに断定した。ひょっとしたら昨夜既に探知魔術を使っていたのかもしれない。


「それなら、彼は、その……大丈夫だと思う?」


「大丈夫?何が?」


「その、魔王としての使命にいきなり目覚めて……とか」


 フェリナは少しだけ考えた顔をして


「さっきの話だとたっぷり5年、一緒にいたんでしょう?それで頼める仲間だと思ったなら、そういうことなんじゃないの?」


「……」


「第一、私たちは魔族の使ってた魂食いとか転生術なんて変なモノを見てるから感覚がおかしくなっているかもしれないけど、本来一度体に定着した魂を、殺すという方法を抜きにして切り離すって簡単じゃないのよ。魔王は人間に転生してしまった。するとまた転生術を使う以外は、体としての人間が死を迎えるまでその魂は体から離れられないはず。それならもう彼は今の一生が終わるまで人間として暮らしていかなきゃいけないはずよ」


「そう、それなら、いいわ」


「あと」


「え?」


「ジュリナったら、カイルの話をするときは楽しそうだったわ。気づいてるんでしょ?魔王を倒す前くらいの時期に貴女とカーターが一緒にいたときと同じ顔してるんだもの」


「あっ!フェリナ!それは!」


 顔一面が熱くなってしまったのを感じる。前世でカーターからプロポーズを受けた後、やれやれやっとかと、アレクとフェリナに散々からかわれたときの記憶が蘇ってくる。

 そう、私の気持ちはあの時のものと同じだったのだ。


「こんなことを聞きたかった本心はそこにあるんでしょ?大丈夫よ。素直になりなさいな」


 ああ、長年過ごしてきた親友には全部お見通しなのか。


「そうね、そうするわ。ありがと」


「どういたしまして。ところで、ジュリナってお菓子作り好きだったわよね?相談料に作ってほしいんだけど。20人分くらい」


「なんでよ。それに20人って多くない?」


「ここって孤児院とか託児所も兼ねてるのよ。だから子供達がいるんだけどさ、私はなんだかジュリナみたいに上手いこと行かなくてさ。ね、お願い!」


 祈るように手を合わせ頭を下げられてしまった。


「しかたないわね。いいわよ。遅くなるとみんな心配するだろうし早速始めますか。フェリナも手伝いなさいよ」


「ええ、もちろん」


 それからというもの、この聖堂に勤める聖女たち相手にしばしのお菓子教室。ニースの友人だと紹介された私は、いくつかのお菓子の作り方を教えたのだった。


 フェリナ!頼むから!材料はきちんと計って使いなさい!


***


 しばらくこの街に滞在することになった。

 エスタが魔王城をしゃぶりつくしたいと駄々をこねたため連日魔王城に行ってエスタの調査を手伝っている。一応強めの魔物は相変わらず出るからだ。

 私としてもニースと話したいことはまだまだあったし、食事を共にしたり魔王城についてきたりといろんな機会にお互いのこれまでとかたくさんの話をした。

 そしてなんとニースにはヘンリックという名の夫がいた。

 そりゃあの顔だしあの人懐っこい性格だし、夫くらいいるだろう、そう思えたが、心の片隅で考えていたことはあきらめた。

 それはニースも一緒に旅に…ということだったが、家族がいるならそれもできない。

 彼女の夫は街の役人だそうで、好青年に見えた。

 だからきっと、先日ニースがのぞかせた寂しさの混じる表情と同じものを私はニースに見せてしまっただろう。


 そんな日々が続いたある日、エスタとギルは今日は魔王城行きはお休みだと宣言して二人でどこかへ遊びに行ってしまった。

 残された私とカイルは、やることもないからとお散歩感覚で魔王城に。

 ここ半月ばかり入り続けているため、自然発生するといってもさすがに魔物の気配は薄い。だからのんびりふらふらと歩いている。

 そして今いるのは玉座のある最上階の広間だ。二度の戦いでボロボロになっているところもあるが、玉座だけはきれいなまま残っている。

 先日、エスタやギルが遊びでおっかなびっくり座っていた。私も座ってみた。カイル曰く別に座っても問題ないということだったから座ってみたのだが、別に座り心地はよくなかった。

 そんなおふざけをした記憶と激闘の記憶、いろんなものが混在し始めたこの広間だったが私とカイルの間には微妙な沈黙が続いていたのだ。

 それを破ったのは彼だった。


「なあ、レベッカ」


「なに?」


「何なんだろうな、この感覚」


「……どうしたの?」


 と、振り返ったら、カイルに唇を奪われていた。


「…!?」


 そして腰と背に手を回され唇を接したまま抱きしめられる。突然のそれに、痺れるような快いものが体を駆け抜けたのだ。


 初めて彼に抱きしめられたのはいつだっただろうか。そうだ、ユーリィムの地下室で助けてくれた時だ。

 それからずっと彼と一緒にいて、いや、彼と一緒にいることで安心するようになった。彼は頼りになるから。

 彼は私を助けてくれるって。それがいつの間にか当たり前のこととして私の中にあった。

 それは中身が魔王だと知っても揺らぐことはなかった。

 ついこの間だって、私を庇ってくれたのはカイルだ。

 前世はあるけど、レベッカは…私は、カイルが生きていてくれて泣くほどうれしかった。あの場面でもなければカイルの胸に顔をうずめてわんわん泣いていたに違いない。

 だから、私の気持ちは勘違いじゃないと、あの時気づいた。私のなのか、レベッカのなのかはわからない。ニースに指摘されるまでもないことだった。

 だけど、私も……。


「ねえ、ちょっとまって」


 くいっとカイルの胸を押して握りこぶし分くらいだけ距離をとる。見上げる形になって、見下ろす彼と目が合う。

 

「嫌だったか?」


 こいつは、人間のお作法がわかってない。そこから教えないといけない。


「人間っていうのはね、順序ってもんがあるのよ」


 見上げたそこにあったのは、お、おう。という顔。面白い。


「どういうつもりで私をこんな風にしたの?」


 答えが分かっていることを聞く。何故なら彼の顔は真っ赤だからだ。


「わからないんだ。だけど俺はレベッカを俺のものにしたくて、でもそれが何なのかわからないんだ」


 やれやれ。この方面での語彙力はなし、と。金を稼いで、戦って、旅をして、それが彼のすべてだったものね。それならまあ、素直な気持ちを出せただけ及第点ということにしておきますか。


「人はそれを好きっていうのよ」


「じゃあ、レベッカ」


「はい」


「好きだ」


「ええ、私もよ」


 彼の胸に置きっぱなしだった腕を背中に回して、今度はこちらから。少し背伸びをして、唇を重ねた。

 二度目の口づけは、甘かった。


***


 それから二人で街のデートを楽しみ、夕食を摂るために宿に帰ったらエスタとギルも帰ってきていた。

 交際を報告。

 二人からはやれやれやっとかと言われたけど、それを言うならしばらくエスタから何も気づかれていなかったギルは何だったのと反撃したらギルは真っ赤になって黙ったしエスタは慌てたようにギルに対して謝っていた。


 その夜。

 自然な流れというか、男女別でとっていた部屋の部屋割りのし直しをすることにして、私はエスタと入れ替わりでカイルの部屋に引っ越した。

 湯浴みを済ませて、バスローブを着て、肩を寄せ合う。そこのテーブルにはさっき二人で空にしたワインのボトルとグラスが置かれている。


「なんだか不思議ね。カイルとこうしているなんて」


 これはお酒のせいなのだろうか、それとも別の何かによるものなのだろうか。ふわふわした気持ちと、温かい気持ちが心を満たしている。


「ああ、そうかもな。だけど俺は大分前から我慢してたんだぜ?ギルが入って部屋が別になるまで大変だった」


「あ、だから3人でいるときエスタが真ん中で寝てたのね」


「あいつに聞いたことがあるんだが人間の付き合ってない男女と組むときはああしてるんだと」


「年の功ね」


「だな。でも今はエスタはいないぜ」


「ええ。我慢してきたご褒美をあげるわ。好きにして、いいわよ?…きゃっ!?」


 後から考えたらもう少し言い方を工夫するべきだった。これにも段取りというものがあるだろうに。

 そんなもの知らないとばかりに次の瞬間から押し倒されて、前世の夫であるカーターよりもガタイの良さでは劣るくせしてすごい力に為す術なし。

 力差で敵わない私はカイルに本当に好き放題されてしまった。どうせカイルは経験がないからと甘く見ていたが、繰り返し繰り返し抱かれた私は心身共に完全にカイルのものになってしまったのだった。



翌日


「レベッカ、外まで聞こえたぜ」


「やーめーてー!」


 二人は私とカイルの初夜を野次馬していたらしい。心配だったからちょっと近くまで来ただけだというけれど、悪趣味にもほどがある!本当に!

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