第7話 見つかった答え
エスタが話をまとめてくれた。
「ちょっと待ってね、レベッカのすごい魔術とか、古代文字読める事とか真偽はともかく理由はわかった。そういえばカイルって強いだけじゃなくて魔物の分析も的確だったよね。てことは魔王様だっていうこともわからないではないよ。そしてニースさんだっけ?ニースさんも実は前世の勇者パーティーの一人でってこともさっきのすごい神聖魔術で理解した。ここまではいい?」
「ええ」
「うん」
「ああ」
「でさ、魔王様はなんで人間になってるの?」
「知らん。てか、レベッカ、覚えてないか?俺が知りたいこと」
カイルが知りたいこと?そんな話したかしら?……あ!出会った当初の!
「よく覚えてないけど、私が知りたいことを知ったらわかるかもみたいな、そういうことを言ってた気が……」
「そうだ。俺が魔王だったときは上級魔術が生きていたからな。だからレベッカが答えにたどり着くようなことがあれば今の自分がこうなった理由がわかるかもと思ったんだ」
カイルは玉座にふっと視線を送る。
「転生したら本当はさっき倒したあれに入る予定だったんだがなぜか人間として生まれていてな。しかも今から思えばここから世界で一番遠い地域でだ」
カイルから戦う気は感じない。だから、戦わなくていいの?
「そうすると、カイルはさっき倒した魔物に入り込む予定がそうはならなくて、人として生まれていた理由が知りたかったけどその答えに推測がついてよかった、そういうこと?」
「そうだな。俺の予感は的中したな。レベッカについていけばわかるんじゃないかってな」
得意げなカイルを横目にエスタはもう一つの宿題を指摘する。
「でもレベッカはまだ答えを見つけていないよね?」
「そうね」
「答え?何の話?」
と、ただ一人私が何を知りたいか知らないフェリナが私に問う。
「この体で転生したら、初級魔術以外が使えなくなっていたの。だから、その理由を知りたくてここまで旅をしてきたんだ」
と答えたらフェリナは「おっ?」というような顔をして、いたずらがばれた子供のそれに近い顔をして、余所見をしながら続けた。
「あー。それ。私のせいかも。というか、ごめん、それ私のせいだ」
「……どういうこと?フェリナのせい?」
余所見から視線をこちらに戻してきたフェリナは、ずっと、転生してから私が求め続けていた答えを告げた。
「うん。ジュリナが転生術を使ったあとなんだけどね、神様と交渉して人間から強い魔術を剝奪してもらったの」
……今何て?
「え、ごめん。意味が分からない。どういうこと?神様と、交渉?」
「ええ。前世で言ってなかったっけ?私は神に直接会いに行けたわ。だから私の身と引き換えにそうしてもらったの」
「神様ってそう簡単に会えるものなんだっけ?」
エスタのそんな疑問ももっともなところ。
「ええ、私は前世で神からそんな特権を与えられたわ。神と話したのはアレクと会う前だったから50年ぶりくらいだったけどね」
「でも神様とはいえそんなことできるの?」
「できるぜ。人間はそもそも魔術なんか持っていなかった」
答えが飛んできたのはフェリナではなくカイル。
「そうね。人類が魔術を使えるのは神が与えたものだったからよ」
「生来使えるものじゃないってこと?」
「そう。魔術の才能に恵まれる条件とか、魔術師と聖女がどう分かれていくのかはわからない。だけど、神が人類に与えた力なのは間違いないわ」
「そうなんだ」
「だから、ごめんなさい。迷惑かけちゃったわね。ジュリナから魔術を取っちゃったら困るわよね」
「ううん、困ったのは事実だけどそういうことならいいわ」
強い魔術をフェリナがそうするのは理由があることだと知っている。
その気持ちは、私の魔術に対する気持ちと比べても軽いものじゃないと思っている。だから、生き残れたのだし、いいよね。
---
「つまり、ここにいるうちの3人は転生者ってわけだ。信じられないな」
「あらためて納得したよ。特にレベッカ。あんまり言わないようにしてたけど普通じゃなかったもん。魔術とか行動とか知ってることとか」
「ごめんなさい」
「いいよ。僕らはおかげでいろいろな楽しいものも見れたし、こんなところまで来ることができた」
「あたしも、お前らの中身が転生者だからってなんも変わんないな。とはいえだ、カイル。お前、魔王様なんだろ?で、もう一回聞くようだけど、あたしたちを殺したりするつもりはないんだな?」
「そんなことしてどうする。俺は今魔王じゃない。人間だ」
「しかしさっきも言ったが世界の裏側と言ってもいい場所に飛ばされていた理由も察しがついたな。魂がここに戻ってきたらあの結界に弾かれたんだ。絶対にあの体に入り込む事になっている強力な転生術だから強すぎてその分世界で一番遠い地域まで弾かれたんだろうさ」
「つまり私があんなところで転生していたのも、その巻き添え?」
「ああ、そうだろうな」
「それならおかしいですね。ならなんで私だけこの近くに来たのでしょうか?」
フェリナはさっきからどうもふわっとした話し方をしている。前世の彼女はもう少しきちっとした話し方をしていたはずだが…
「フェリナ?貴女は今どっちとして話してるの?」
「ああ、ごめんなさい。私は普段からあくまでもニースでいるつもりです。だからできるだけニースならどう振舞ったかって考えながらこの10年生きてきたものだからもう言葉遣いもそっちになっちゃった。だから特に理由がなければニースって呼んでほしいな」
「ああ、そうなの」
「フェリナでもニースでもどっちでもいいが、お前はどこで転生術を使った?」
「……特殊なところです。この世ではないところ」
「はあ?」
「私は、神と対面した時に転生術を使いました。だから…推測だけど、あの魔の容器に入るって要素が落ちたんだと思う。神の領域に魔は存在しないから」
「なるほどな。筋は通る……か」
「で、あんたはどうするのよ。これから」
「どうしようかな。お前らが張った結界のせいで転生術は不完全なままだ。これじゃあ魔王に改めて転生なんてできやしない。あれは何年で消えるんだ?」
ニースと顔を見合わせる。
きっと同じ事を考えただろう。その証拠にニースはさっぱりわからんという顔をしながら首をかしげているし、私もいつの間にか視界が斜めになっている。
フェリナの魔力だけでも恐ろしいほど強力な結界が張れるのだが、そこに私の魔力もほとんど全部つぎ込んで作ったものだ。作った私達ですらとんでもないものを作ってしまったと思えるほどに。
気づけば同じように首をかしげていた
「わからないわ」
「同じく」
「ったく、テキトーな結界張りやがって。結界の劣化もなしか?」
「なかったわ。あの調子だと、多分あと2000年はこのままよ」
「何とかしろ!」
「嫌ですよ。張るの大変だったんですからこの結界。張り終わって死ぬかと思った結界なんて後にも先にもこれだけなんだし消したくないです」
「で、あんたは魔王としては生きないのね」
「ああ。というか、多分お前ら、魔王について勘違いしてるぜ」
「なに?」
「確かに、魔王だった俺は世界中の魔族に指示を出して人類と戦わせていたし、俺自身も実際そうだった」
「ええ」
「だけどな、別に人類の存亡とか、俺にとってはどうでもよかったんだぜ?いい意味で」
「え、どういうこと?」
「お前ら、書庫の本読んだんだろ?なら人類が魔族と戦い始めた理由を知ってるはずだ」
私は何のことやらわからない。あの書庫の本を全部読んでいるわけではないからだ。
だからその辺の本ばかり読んでいたはずのフェリナに目をやると、彼女は首をかしげながら上に視線を向け読んだことを思い出しているようで
「……魔神に劣勢だった神々が、精霊と手を組んで、精霊の力を人々に使わせたってやつ?」
「そうだ。俺は実はその辺のいきさつは当事者じゃないからよく知らないんだけどな。そもそもエルフやドワーフを含む人類と俺達魔族は敵対関係にはないんだ。それに魔神陣営に喧嘩売ってきたのは人類の方が先だぜ?」
「「「はぁ!?」」」
「もちろん魔物なんかは人類を餌にしたり繁殖の道具にするやつもいるからな。そこは知らない。ただ魔物でもない肉食獣だって人を襲うだろ?人に寄生する虫だっている。それらと魔物は何が違うんだよ。だから俺たち魔族と魔物は区別してほしい。そんで俺たち魔族は神と戦うための方法論として、襲ってくる人類を何とかして戦力を蓄える必要があったんだ」
これまでの価値観が音を立てて崩れ去っていく。
私たちは何と戦っていたの?
「もし人類を滅ぼすつもりだったら、俺が前いたとき……何と言ったかな。そう、アーベルンだ。アーベルンって国がこの城の足元に残ってただろ。そりゃ支配下に置いて納税させたり労働力を出させたりしていたが人類の国を認めてなかったわけでもないし、絶滅させていたわけでもない。ザラームの貴族みたいに奴隷として年がら年中こき使ってたわけでもない。それに支配した国の国民をそう扱うのは人間だって平気でやってることじゃねえか。何が悪いんだ?」
魔王や魔族は悪い者。
それが私達が小さいころから教えられてきた大前提。
でもそれが違った…?
人に有害な獣と魔物、何が違うのと言われるとわからない。食べられる魔物はいるし食べられない動物もいる。魔物は人を襲うが人だって人を襲う。
賊と魔物は何が違う?
なんだかよくわからなくなってきた。
「あとさ、俺は人間というものを知らなかった。だけどこの20年以上人間として生きてきて人間にも考えや気持ちがあるのを知った。次に魔王になっても同じようにはしないぜ」
そう締めくくったカイルだったが、どうもいろいろなことが頭に入ってきてわからなくなってしまった。
なんとなく見上げた目線の先。前世の戦闘で空いたままの天井の穴からは星々が見える。
もう遅い。
それに力が抜けて…こう…
「ねえみんな」
4人の視線が集まる。
「お腹すいちゃった。街に帰らない?」
「くすっ」
「っぷっ、あははは!!」
「レベッカ!何を言い出すかと思えば!」
「いいじゃない!お腹すいたんだもの」
「そうね。帰りましょうか。もう夜だもん、私も帰らなきゃ」
私とニースが立ち上がるのにつられてみんな立ち上がった。
***
地上階に下りて前庭を抜けて結界を通過し、名残惜しそうにしているエスタの姿を見たからこう言ってあげた。
「大丈夫よ、また来れるわ。明日に来てもいいわよ?」
「ホント?」
「ええ」
エスタとしては泊りがけを決め込んででもあそこに居座りたいだろう。だけど街から日帰りで十分に来れる距離だから魔物が出る場所に泊まり込む必要はない。
安心したのか、少し足取りが重かったエスタの歩みが軽くなった気がした。
ニースの馬を拾いながら歩く先を光の魔道具が照らしだすそんな帰り道に、ギルがあることに気づいた。
「……ん?レベッカとニース、お前ら前世で何歳まで生きてた?」
「え?私達同い年だったから、お互い65くらいかしら?」
「そうね」
「てことはあたし55歳なのにまさかの最年少じゃねーか!なあレベッカ、お姉ちゃんって呼んでいいか?」
「気持ち悪いからやめて!」
そんなやりとりに、くすくすと他の3人の笑い声が聞こえた。
明日の次話とエピローグで完結となります。よろしくお願いします。