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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第15章 魔王城
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第3話 結界はかつてのままに

 ニースという村の聖女に案内されて宿を取り、余計な荷物を置いて宿にお願いしたパンに葉物と乾燥肉を挟んだものを食べて、魔王城に向かうべく宿を出た。


「なあ、結界が張ってあって入れないって話だったし、荷物は軽くていいか?もちろん武器は持ってくが」


「いえ、何があるかわからないしきちんと準備していきましょう?」


 着替えとかは置いていくが、戦うという意味ではフル装備だ。

 結界の中に入れてあげるつもりでいる。中には魔物も出るはずだから、戦闘にもなるだろう。そうなると明るいうちには絶対に戻ってこられない。だから夜でも移動できる装備はきちんと持って行かないといけない。


「ああ、まあ、うん」


 どうもギルの反応が悪い。


「どうしたの?」


「いや、なんだかレベッカいつもと空気が違くないか?」


「そうかしら?」


 正直逸る気持ちはあるが、なんなのだろう、この気持ち。

 背中から湧き上がってくるような、そんな逸る気持ちとは違う別のものが心を満たしている。

 

 私自身そんな得体のしれない気持ちをいつまでも抱えていたくないから、やや足早に宿の玄関を出たらそこにはあの聖女がいて街の人と談笑していた。


「あら、早速魔王城観光ですか?中には入れませんので少し遠目から見るだけになってしまいますが、人間の城にはない独特の風貌がございますのでお楽しみくださいね。でも今からですとあまりごゆっくりされてると帰りは夜になるので魔物が……ああ、皆様上位冒険者でしたね。失礼いたしました。それではお気をつけて!」


 ニースは目ざとく宿から出て魔王城の方に向かおうとしていた私達を見つけて声をかけてきたが、本当にそそっかしい娘だ。

 聖女は前世のフェリナもそうだったが比較的静かな性格の人が多いけど、彼女は真逆だろう。だけど人の輪ができていたからきっと街の人気者なんだろうな。


「ええ、ありがとう」


 ここから魔王城まではそんなに遠くない。夕方になる前に着けるだろう。普通の人なら暗くなる前に戻ってこられる距離だ。

 でも多分帰る頃には真夜中かもしれない。エスタなんかは私が何を話したとしても魔王城の中を見たくて、帰ろうと言っても柱とかにしがみ付いてしまうかもしれないから。


***


 街から出てすぐにある、緩やかな尾根を跨ぐ道を登り次の尾根へと至れば、もうそこから魔王城を一望することができる。

 山腹のせり出した場所に聳え立っているその城はここからでも異様な存在感を確かに感じるのだ。それは700年前のあの頃から変わっていない。

 遠目からだと結界は見えないのだが、近くまでいけば結界の存在がわかるだろう。


「なあ、魔王城って入れないんだろ?そんなところに行ってどうするんだ?」


「……着いたら話すわ」


「そっかー」


 人間、自分の纏う気配というものは自分で見ることはできない。

 でも、さっきギルに指摘されたように自分が周囲に不機嫌に近い気配を巻き散らかしているだろうことは自覚している。多分緊張しているんだろう。

 ギルはそれでも気さくに声をかけてくれたが、魔王城という歴史上の重要な遺跡を前に興奮を隠せないはずのエスタは気まずそうな顔をしながら黙ってついてきている。

 カイルにいたっては列の先頭を歩いたまま一切振り返らない。私が撒き散らかしているなにかで迷惑をかけてしまっているのかもしれないけど、申し訳ないがどうしようもない。


 だけどそれももうすぐ終わる。ここからは見えないけど、感じるからだ。

 私とフェリナが構築した結界は未だに健在だと。


 その感覚は正しかった。

 魔王城の裾、正門に続く前庭に至るところまで到着した私達の前に私の腰くらいまでの高さの柵が設けられていて、そこから先は一応立ち入り禁止ということになっている。

 説明書きもあった。

 ”この先通行不能の結界あり”

 と。


 少し時間がたっていると思われるいくつもの足跡が柵を乗り越えて少し先の結界まで進み、結界際でうろうろした後に柵まで戻って来ている。さらに結界の手前の地面は焼け焦げている場所も散見されるし、刃こぼれしたものと思われる剣か何かの金属片も散らばっている。

 ここまで来たら誰もが本当に入れないのか試してみるだろう。

 そして実際に、目ではうっすらとしか見えないが実に堅固な結界がその行く手を阻み何人たりとも侵入させない事に気づくのだ。

 あれこれ試して、そして諦める。

 それが恐らくこの何百年か、続いてきたのだ。前世で生きていた当時は、まだ魔王への畏怖が残っていたせいか魔王城に近づこうという者すらほとんどいなかったのだが。


「へー、これが魔王城」


 長年心の中で念願と憧れを熟成させ続けた魔王城を前に口元のゆるみが隠せないエスタがまず柵を乗り越えて近づき、さっきから無言を貫いているカイルもそれに続く。


 ギルもその後に続くが、結界に到達したエスタは足跡が止まっているところで手を伸ばし、結界を確認している。この距離になると誰にでも結界がうっすらと見えるのだ。ただし分厚く見えるわけではない。薄い透明な膜のようなものが視認できるにすぎない。


「結界は……ああこれか。なんだろう、不思議な感覚だ」


 拳で叩いたり、ナイフを突き立てようとしたがそのすべてが弾かれている。この結界、触れることはできる反面物理であれ魔術であれ、強力なものは相応な反発力ではじき返すのだ。


「はあああああ!!!!」


 突然カイルが大声を出したかと思うと、結界に剣を振り下ろした。しかし甲高い音を立ててそれも弾かれ、カイルは驚愕の表情をしている。研ぎ澄まされた精霊銀の剣が為す術なく弾かれたのだから驚愕するのも当然だ。


 それからしばらく、カイルもエスタもギルも、汗を零して肩で息をつくほど頑張って結界を突破しようと試みたが、そんなものでこの結界が抜けるはずがない。

 ついに彼らは膝に手をつきながら止まってしまった。

 彼らの後ろから柵の上にゆるりと腰掛け、足をぶらぶらさせながらそんな光景を眺めてほんのりとした満足感を得ながらも、そろそろいいかと思い始めた。


「よっと」


 柵から降りてゆっくりと結界に近づき、最大限の努力が結界の前に敗れ去って疲労困憊の三人を脇目に見ながら結界の際に立ち、ふわっと結界に手を触れ、魔力の流れを感じ取る。

 あの頃と全く変わってない。


 だからかつてやっていたように額をあてながら目を閉じて、結界を流れる魔力に意識を這わせていく。

 その流れは無数の線のように意識に浮かび上がっていくが、その線を、捻じ曲げる。


 ふわっと魔力の線が収束し、楕円のように縦に円を描き、楕円の中心部から線が外側に広がって線の走っていない空白ができる。

 

 そのとき、すうっ……と、結界に触れた右手が結界内に沈み込んでいく。

 結界は開いた。

 目を開ければ結界の穴となった部分が薄白く光っている。エスタの背丈よりも少し高くて手を広げたくらいの幅のある白い縦長の半円に近い光の面だ。

 ああ、やはり昔のままだ。


「な……?」


 その光景を見たカイル達は驚愕の眼を隠さない。


「レベッカ?……どうやったんだ?」


「すぐに話すわ。さ、行きましょう?」


 結界内に足を踏み入れる。

 すぐに魔王城の前庭だ。

 あの時はここに魔王の幹部がいて、早速戦闘になった。その時に崩壊した石柱や石畳はそのままだ。

 十数歩中に進んで腰に手をやりながら懐かしの見晴らしを眺めていたら背後で3人分の足音が聞こえてきた。みんな入ってきたらしい。

 振り返り、全員が入ったことを確認して結界と接続を維持していた意識を切り離す。


 白く光っていた部分は元通りになり、これによって私達は外界と切り離された。

 もっとも、私達観測者が入った今は外界と同じ分だけ時間が流れているはずだ。

 誰も中にいなければ時の流れからすら、切り離される。それがこの結界だ。


「ここが、魔王城。すごい。こんな建築様式は見たことがない。材質は何だ?」


 倒れて頂点の彫刻が間近に観察できるようになった柱装飾の傍で興奮の声を上げ続けるのはエスタ。彼にとってこの手のものは貴重な宝物に見えるだろう。

 いつからあるものなのかはわからないが、私の前世基準でも建築から楽に1000年は経った建築物だったはずだ。つまり今から数えて最低でも2000年以上前のもの。多分これも万年単位ではないだろうか。


「じゃあ行きましょう」


 歩き出す。


「あ!待って!」


 エスタから待つよう言われたが、そのまま私は内部へと向かう。魔王城の正面から入って光の魔道具をいくつか出しながら、玉座に続く正面通路ではなく、入ってすぐ右手にあるくだり階段を下りていく。

 あの地下室、どうなっているのだろう。転生の秘儀が収められたあの書庫は。

 エスタにとっては宝の山のはずだが……


 幾らか出現した魔物を倒しながら進んだそこは、何もなかった。

 木棚は全て空っぽになっていて、わずかに燃え残った本の背表紙のかけらがいくつか転がっているだけだ。


 あれからフェリナがどうしたのかはわからないが、フェリナがあれから生き続けてもせいぜい10年やそこら。するとそれ以後誰も入れないはず。だから700年前の姿のままさほど時は経っていないはずだ。

 フェリナはここにあった書物を全て燃やすことを選択したようだ。賢明だと思う。


「ここは、何の部屋?どうしてこんなところに?」


 みんな黙ってついてきてくれたし、エスタのそんな疑問はもっともだが、残念だ。ここにある資料はエスタを満足させられるものだったろうに。


「なあレベッカ、どうして入れたんだ?そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」


 ギルはせっかちだ。


 いいでしょう、教えてあげよう。でもそうだ、こういうネタ晴らしをするのにふさわしい場所があるじゃないか!資料がなくなっていたのだからあれくらいしか見せてあげられるものもないし。


「ええ、じゃあせっかくだからこんな地下じゃなくて眺めのいい場所へ行きましょう。魔王の玉座の間なんてどうかしら」


「え、場所わかるの?」


「ええ、一番上よ」


 人差し指を天井に向ける。さあ、ネタ晴らしの時間だ。思いっきりぶちまけてやろう。彼らはどんな顔をするだろうか。



***


「……あれ?」


 もうすぐ夕方。子供達の笑い声や走り回る音が響いている。

 そんな中突如生じた違和感。

 街の聖女として、聖堂で預かる子供達のお世話をしていたいつもの時間。

 この違和感は何だ?経験したことがある違和感だ。

 経験したことは確かにあるはずなのに記憶にない。


「どうしたのニースおねえちゃん」


「え?……いえ、なんでもないのよ」


 突如険しい顔をした私に子供の一人が気づいたらしい。心配させちゃだめだね。


「さ、もうおやつが出来てるわよ。食堂に行ってらっしゃい。みんな、手はしっかり洗いなさいね」


「うん!」


 遊んでいた子供たちを食堂へ。今日のおやつは自生しているベリーの一種を使ったパイだと聞いているから子供達も楽しみにしているだろう。

 私も楽しみにしていた…だけど。

 

 一人になった空間で少し考えて、違和感の正体に思い至ったとき、背筋が寒くなるほどの戦慄の中全てを放り投げて走り出した。


 その違和感を経験したのはニースじゃない。前世だ!

 結界を作った私だけが感じ取る事が出来る違和感は、かつてジュリナが一人で結界を通過した際に感じるそれと全く同じだったのだ。転生してきて10年まったく覚えたことのない感覚だったからすぐに気付けなかった。


 魔王城の結界が破られた?


 そう言えば今日はAランクの冒険者パーティーが魔王城に見学に行ったはず。あの人たちが!?エルフもドワーフもいた。思い返せばドワーフの女が背負っていた武器、見覚えがある気がしたが思い返せばあれは精霊銀に見える。それならただの冒険者パーティーじゃない!

 もしかしたら私が知らない何かを知っていたのかもしれない。

 

 最悪の可能性を排除できなくなり、居ても立っても居られず外に向かって駆け出した私を友であり同僚であり、かつ、神聖魔術の弟子にしている聖女が呼び止めた。


「ニース?血相を変えてどうしたの?」


「リリア!子供達をお願い!あとヘンリックに今日は遅くなるかもって伝えておいて!」


「え?ちょっと!?」


 ちょっと待ってと言われたような気もするがどうでもいい。

 もし魔王城の結界が破られたなら、何が起きるかわからないのだ。

 すぐに止めなきゃいけない。


 聖堂で持っている馬に飛び乗り駆け出す。


「どいて!どいて!」


 大通りの真ん中を、全速力で突っ切る私に通行人の多くが驚いて道を開けるが、彼らの迷惑なんかどうでもよかった。それ以上にやらなきゃいけないことがある。


 私がこの地域に転生してきたことは神のお導きだと思っている。

 だから異変があるならば私が止めなければ、ここに転生してきた意味がないのだ。


 もう間もなく夕刻を迎える。

 夜までに間に合うだろうか。


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