プロローグ3 神話の時代の真実
何千年、何万年と遡る太古の時代。神話の時代。神々の時代。魔神の時代。
人類が繫栄し始める前の話であり、人類が繁栄を始めてから今に至るまでの時間よりも遥かに長いその時代。
神々率いる天使の軍勢と、魔神率いる魔族の軍勢との戦いがあった。長い長い戦いがあった。
天の理を用いる神々だったが、その対極に位置する魔の軍勢に苦戦した。
”神聖術”だけでは魔の力を抑えるには足りなかったのだ。
次第に、この世は魔の者達が勢力を拡大していった。
これを憂慮したのが精霊たちだ。自然の理を司る彼らは神にも魔神にも付く気はなかったが、魔神の勢力が蔓延り世を覆いつくし均衡を崩すことは彼らにとって容認できるものではなかったのだ。
ゆえに精霊たちと、神々は手を組んだ。
精霊たちが神々にその力を貸し与えると。
しかし神々と精霊は本質的に違う存在。神々はおろか天使の軍勢も精霊の力を行使することはできなかった。
よって神々はその力を行使するために神々よりは精霊に近い存在の人を使った。
人々に火や水、土、風といった精霊の力を用いる術を与えたのだ。
同時に、神々も神々が行使する神聖術を人に与えた。新たな魂を受け入れ子をその腹に宿す能力を持つ女性に力を与えた。その力を行使できる神の祝福を受けた者達は「聖女」と呼ばれるようになった。
これが、魔術の始まりだった。
精霊由来のものに対し”魔”の文字を与えたのは神々の精霊に対する偏見だった。
ともあれ、か弱き人々は魔術の行使によって地上を這う魔族に戦いを挑むようになった。空を舞う魔獣に抗えるようになった。地中深く潜む魔竜に刃を突き立てることができるようになった。
知恵の回る人類が、頑丈で力が強く酒を愛するドワーフが、器用でより精霊に近い存在のエルフが強力な魔の軍勢に立ち向かった。
合計すれば元からそこそこの数がいた彼らは力を合わせ魔族の軍勢と善く戦い、突如精霊や神の力を身につけた彼らに、魔神の視線は否が応でもそこに向けられた。
魔神に、隙が生まれた。
神々はその隙を突いて魔の軍勢を破り、魔神を打ち倒した。
同時に、神々は精霊を封じた。その力を独占するために。
魔術は人々の元に残した。魔の残滓に対抗させるために。
人類は、魔術で巨大な生物や地上に残った魔物相手に立ち回り、繁栄した。繁栄の時代を迎えたのだ。
後に人々が神聖術にも神聖”魔”術と名付けて魔術の一分類として取り扱ったのは一つの皮肉と言えるだろう。
人々にとっては、人知を超えた力を持つ神々も魔神とそこまで変わらなかったのだから。
「……これが、魔術の根源」
魔王の残した書物の中で最も古い歴史書。
そこにはこんな真相が記されていた。
歴史家の間で議論となっている有史以前の神話の時代の物語がそこにあった。
「ジュリナは、遊んだのよね、最後」
じゃあ私も遊んでしまおうか。
私とて大聖女。神々と直接口を利くことくらい造作もない。
「世界の仕組みを、変えられるかもしれない。いや、変えてやる」
絶対遮断の結界の中で呟いたこの一言は、神々すらも聞くことはなかった。
貴女は元々持っていた魔術への探求心を満たした。
私だって、幼い頃から持っていた願いというものがある。
貴女は好きにした。私も好きにする。
それだけだ。
めぼしいものは読みつくした魔王の書庫。
書物を集めて山となったところに油をまいて、火をつけた。
魔王の、いや、魔神時代から受け継がれた記憶と叡智が、火の中に消えていく。
人の歴史や知識体系に存在しないこれらはもう、この世に存在していていいものではないのだ。
最後に、友と一緒に暗記するほど研究を重ねた転生術の本を燃え上がる火にくべた。
最後の1冊が灰に消えてゆく。
それを見届けて、踵を返した。
全てを変え、人の生きる世を平らかに。
それが私の願いだ。