第14章エピローグ 迷宮の奥と古代文字
「マジかよ!精霊銀がこんなに!」
「精霊銀ってなんだ?」
「あー……とにかくいい金属だ!すげえ武器とか防具が作れるぞ!」
「マジか?でもあたしはこれが…」
「ギル。騙されたと思って鉱石のいいところ持っていけよ。ギルはきっとこれで作った武器を気に入る。保証するから!」
と、これが精霊銀だと知って先ほどとは一転大騒ぎを始めたカイルがギルを説き伏せて精霊銀鉱石を頑張って掘り出している最中の時間を使い、前世では師匠の幻影に心を滅茶苦茶にされたからよく見ていなかった多頭龍のいた奥の空間を見て回っている。
奥には少しの距離坑道が続き、精霊銀鉱石が壁から突き出している鉱脈がある一番奥スペースの少し手前側。そこにあるわずかな範囲は少し膨らんだ空間を有していてちょっとした部屋のような構造になっている。
その高さを持つ空間の隅、床面のとある一角に目が行った。
そこには、”歴代完走者”の署名があったのだ。
刻まれた五組の名前。
最初に書かれているものはよく読めない。時が経ちすぎているのだろう。辛うじて”ファリス”とでも読むのかもしれないが、一人の名前だけが読めるに過ぎない、四人パーティーだと思われる四名の名前が刻まれている。
それから全く知らないパーティーが二組いて、四組目にはガーランド・ジザ・シモン。三人の名前だ。やはりあれは師匠だったのだ。他の二人の名前は知らない。だが、前世で見たあの光の戦いぶりを見れば相当な力、それこそアレク達と張り合えるほどの力があった戦士なのは間違いないだろう。
そして五組目にアレク・カーター・フェリナ、そしてジュリナ。
前世の私たちの名前だ。
剣で刻まれているように見えるからアレクやカーターが刻んだものに違いない。最初の完走者がどういう意図で名を刻んだのかわからないが、坑道を共にした者達の名前と姿形を知り、そして後に訪れるであろう次の完走者のために自らの名前を刻む。面白い遊び心だと思う。
そんな完走者だけが知る事が出来る過去の完走者の名前。師匠や前世の仲間たちの名前をなでながら視線を上げる。
床面に刻まれていた署名は突発的に生じたとある事項について何も考えたくなくなったから視線をそらしたら目に入ったものだ。
とある事項は、壁面にその原因がある。
左右の壁面。そこには古代文字がびっしりと刻まれていた。
何て書いてあるかはもちろんわかる。床に視線をそらしたのはその情報の取り扱いを考えたくなかったからだ。
「何度読んでも遺書じゃない。これ」
書き殴られたそれは、きちんと文章校正をして書かれたものとは考えられない。行ごとに文字の大きさはバラバラで、隣り合う文章の塊同士で内容がつながっていないのだから。
でも全体を読むと、”もう私達だけになってしまった”と孤独の世界を生きる絶望、そして何かはわからないが、その”何か”に対する恨みつらみと明確な敵意がにじみ出ていて、もはや何も叶わぬことの諦観がありありと浮かんでいる。
そして大きな文字で刻まれた文章同士の間に空いた小さなスペースに、”我未来に知己を求めん”と刻まれていて、多分これが最後の文だ。
あれこれ壁に刻んで、最後のスペースがここだけだったのだろうか。
「レベッカ、これ、何て書いてあるの?」
声の主は、しゃがみながら壁面の文章を見上げる私の背後に立ったエスタだ。
この迷宮攻略を通じて、私が古代文字を解することがばれてしまった。すっとぼけてもよかったのだが、第5層からの撤退方法を知らなかった以上、第5層以降もう古代文字が読めることを隠すことはできなかったのだ。
だからエスタがこんなおかしな知識を持っている私に疑問を投げかけるのは当然だろう。
「……何て言えばいいのかしら」
少し間が欲しかった。
全体を見渡し、たっぷり10秒も15秒も経ってから十数あるそれぞれの文章が何を言っているのかを正確に教えた。そして多分これは遺書だと。自分の感想も最後に添えて。
「遺書……」
エスタも少しの間を開けて、しかしその頭は別のことを推測していた。
「これさ、人間が書いたものじゃないよね」
言われてみてはっとした。文字が大きすぎるのだ。剣や槍で文字を刻んだというわけではなさそうなのに、人間の頭より大きな文字すらたくさんあるのだ。それが3階建ての屋根ほどの高さまで続くものもある。
人が刻んだものであろうはずがない。
「巨人……いや、あれの存在はお伽噺の話で実在は否定されているはずだ。それにここは狭い空間だし、実在したとしてもここにいたはずがない。じゃあ誰が?」
「わからないわ」
ここは全体としては狭い鉱山だったのだ。巨人はないだろうけど、そういわれてもおかしくないような大きさの文字も多く刻まれている。
同時に、巨人が存在したとしても書かないであろう程の、私達が普段使う程度の大きさの文字もあるのだ。
「……ねえレベッカ」
「なに?」
エスタは、おずおずとしたように私に一つの頼みごとをした。
「これの読み方、教えてくれないかな?」
「え?」
「もっと知りたい。この世界のこと。僕は遺跡とかそういうのを調べて少しは知った気でいたんだ。だけど、そんなの上っ面だけだった。僕は何もわかっていなかった。だからこの世界のもっと奥が知りたいんだ」
今、この世界でこの古代文字を理解している人は私以外にいるのだろうか。前世の時点で故人となった師匠を除けばこれを理解している人は見たことがない。
現世も駆け抜けるように旅をしてきたけど、古代文字自体この迷宮を除けば井戸の底の街で見ただけだ。もう、誰も知らないのではないだろうか。
なら、私が死んだらこの文字は誰も読む事が出来なくなる。
言語が滅びるのだ。
そのことに気づいたら、否とは言いたくなかった。
「いいわよ」
「本当に?いいのかい?てっきり断られるかと思ったんだけど」
「ううん。私しか知らないっていうのも少し寂しいかなって思っただけよ」
エスタは長寿だ。エスタが生きている間だけでもこの文字を生かしてあげたい、そう思ったのだった。
***
六組目の完走者として名を刻んだ私たちは街に戻って、鍛冶屋を見つけてカイルとギルの武器を新調してもらうことになった。精霊銀の素材なんて見たこともなかった鍛冶屋のおやじさんだったが、おおよそ鉄と同じように作れるらしいよと前世で得た知識の通り言ってあげたら無事完成。
カイルもカイルで元々私があげた剣を気に入っていたからどうするのかと思っていたが……
「なんなら2本差せばいいだけだしな」
ということで最初に作ってもらったカイルはもともとの剣と併せて二本差しに。
重くないのかと心配したが大丈夫そうだ。
「え、それ、そんなにいいのか?ちょっと振らせてほしい」
と、カイルの新旧の剣を幾度か振ったり藁の束を相手に試し切りをしてみたギルだったが、渋さと驚きが混じった微妙な表情をしながら
「ま……まあ、試しにあたしのも作ってみるか」
と、当初渋っていた気持ちが一変。
そんなわけで当初は新造を渋っていたギルのハルバードもそれまでと同様の寸法のものを作ってもらった。”本当にいいモノ”を目の当たりにして、精霊銀の武器は本当にいいものなのではないかという気持ちが抑えられなかったとのこと。
「いいな!これ!これだよこれ!」
精霊銀で作ったハルバードにご満悦のギル。
傍から見ていてもわかる。ギルの腕力から繰り出される重みの上にさらに速さが上乗せされたのだ。真剣な修行の何十年分というような力の向上ができただろう。
ギルの武器は大きすぎて2本差しはできないから売却だ。
東大陸の鍛冶屋さんには申し訳ないが、いいものに淘汰されるのは仕方ないことだしね。
大型の武器二つを作ったら鉱石をほとんど消費してしまったから私とエスタには何もないけどまあいいでしょう。私は前世のみんなの姿を見る事が出来たし、エスタも私から古代文字を学ぶことになったということで満足しているし。
「さー遊ぶぜ!」
変なところに入り浸ってしまったが、この街に来た目的は遊ぶためだ。
当初の目的をもう少し果たすこととしよう。
それからしばし、カイルとギルが先日のリベンジと勢いよく遊んでいた賭場で先日帝国からもらった金貨の7割ほどを消し飛ばしてしまう大事件が発生するほど遊んでしまった。
最後の最後で戻った競蜥場で大逆転し損失を5割まで戻すことはできたのだが、事態がこうなった主犯のカイルとギルには私とエスタから徹底的なお説教が行われたのは言うまでもない。
***
「で、なんでギルまでいるのかしら?」
「いいじゃん。楽しそうだしな!」
エスタは苦笑い。カイルもここにいる。
夜の宿の一室。今日私はアルファベット表を作って古代文字学習の第一歩を踏み出してもらおうと準備していたのだが、エスタにギルがついてきた。
エスタを取って食おうなんて思ってないのに。
まあいいわ。二人ともきっと長い付き合いになるだろうし、同じ知識を得るのもいいだろう。そう思ったのだった。
「ところでカイルもこの文字に興味があるの?」
その隣にはカイルもいる。
「……まあいいだろ、それにみんなここにいて暇なんだよ」
彼は苦笑いをしながらそう答えた。
なるほど寂しいのか。仕方ないなあ、かまってあげよう。
そうして、古代文字を学ぼうと鼻息を荒くしているエスタとエスタについていこうとするギル、そしてついでにカイルにも古代文字を教える時間が始まった。
これ以後、宿に泊まった夜を中心に語学の授業をする日々が続いていったのだった。
次章第15章は最終章です。
ただその前に、主人公よりも前に読者の皆様に”神々の闘争”とは何が起きたのか、それを700年前に戻り明らかにしたいと思います。