第3話 謎の遊技場
上級魔術の痕跡をあらかた調べて街に戻った私達は、その夜明日以降のことについて話し合っていた。
「ギャンブルダメ絶対」
使わないことにしているお金は死守しているが、それ以外のお金の過半を一日にして既にスってしまったのだから、ちょっと正気に戻る必要がある。
「えー、いいじゃねえか。もう少し遊ぼうぜ」
「ダメよ」
「なあレベッカぁ、もうちょっと、な?」
「ダメ!」
遊びに来たのだからこれまでの損失についてどうこう言うつもりはない。でもこれ以上遊んでいたらきっと死守しているお金にも手を付けてしまうのではないかと言う懸念が拭えなかったから私は聞き分けの悪いお母さんのように振舞っている。
その意味では、怖い奥さん……正しいのかもしれないと思うと少し泣けてくる。
それでもカイルとギルを中心としたおねだりが止まなかったからこう言ってやった。
「なら自分で稼いできなさいよ。働いて稼いだ分で遊ぶなら文句は言わないわ」
これは効果があったらしい。
カイルもギルも、そしてエスタも「ああそういえばそうだ」という顔をしながら、今度は先日入手したこの一帯の大きな地図を引っ張ってきて稼げそうなものはないか調べ始めた。
私達はなんだかんだで冒険者としては上澄みの力を持っていると思っている。魔物退治でもできそうなところがあればいいのだけど。
「しかしこれ、基本は旅人向けの観光マップだよなあ。稼ぎたい人向けじゃない」
「だな。もう少しこう賊の拠点があるとかそういうのは書いてないのか?」
「書かないよそんな危ないこと。でもよく見たらこの地図、城壁の外も結構詳しいんだね」
エスタは街の中ではなく外側の記載を見ているようだ。そんな中でふと何かを見つけたようで。
「なんだろうこれ。迷宮遊技場?」
エスタが指さしたのは城壁の外、街からみて郊外の山間の一角。地図の外側に小さな町と共に書いてある場所だ。
「迷宮遊技場!?面白そうじゃん!行ってみようぜ」
地図の裏には簡単な説明書きがあるからギルはそれを探して読んだようだ。
「なんかね、迷宮を整備して何と遊技場にしてしまった施設があるんだって」
「本物の迷宮を?」
「そうなんじゃないか?迷宮なら何かしらお金になるものがあるかもしれないぜ。明日はこれに決まりでいいか?」
カイルの提案に皆頷く。
私としても最初にその文字を見かけたときはあまり興味はなかったが、そう言われてみると一度行ってみてもいいと思ったのだ。
***
翌日。
その施設があるという山間の郊外に向かっている。
迷宮に人の手が入っていること自体は珍しいことじゃない。
しかし道の整備や崩落防止工事を通り越してそれ自体を施設にしてしまうとはどういうことだろうか。
どんな施設だろうねと予想を述べ合いながら迷宮と名がついているから一応の準備はした上で郊外の小さな町に到着した。
この町は迷宮遊技場と現役の鉱山のために造られた町で、武器防具に道具屋と宿屋、そして診療所も存在する宿場町に近い構造になっている。
そして案内板に従って辿り着いた木組みの小屋のような事務所で受付をする。
「はい!4名様ですね。それではこのコールマイン・ラビリンスのご説明を始めます。ここは既存の坑道の残存部が迷宮化したものを人手をかけて整備したものです!足元は非常に歩きやすくなっております。整備したからと言って魔物が湧かなくなったわけではありませんので、気をつけてください」
なるほど、迷宮にありがちな足元の不具合とかそういうものがないのか。その気になれば踵を返して全力で走って逃げれば足りるというだけで生存率は高いだろう。
「それに加えまして、各地にセーフゾーンともいえる小部屋をご用意しておりますので、最悪の場合そこに駆け込んで鋼鉄製の扉を閉めていただければ多少の魔物は遮断できます。閉めることすらできない弱者はお呼びじゃないので気を付けてくださいね」
「「「「はーい」」」」
「最後になりますが、危ないですので立ち入り禁止区域には入らないでください。その先は施設化できていない本物の迷宮ですので、遊び半分で入った冒険者は半分以上生きて帰ってきませんし、戻れた冒険者もひどい目にあって来たようですので」
「なるほどな、了解だ」
「では、どうぞ!」
受付のお姉さんからこの迷宮で出現する魔物と出現割合が書かれたメモ、そして迷宮遊技場の完走条件が記載されたメモをもらって足を踏み入れた。
完走条件は、一番奥にある古びた鉄剣を持って帰ること。
完走者にはきちんと景品が出るらしい。お金にはならなそうだけど、無駄遣いをするよりはいいだろう。
***
正直、簡単すぎた。
魔物は出る。どこの迷宮でも姿を見せるデーモンをはじめ、前世でも見たことがある土蛇や兵隊蟻に闇蝙蝠等といったラインナップ。
少々ルート開拓のためのクイズなんかが用意されていたりもしたが、それも露骨なヒントがあったりして謎解きとしては物足りず。
しかも足元が整備されている上に戦いやすくするためだろうか小さく開けた空間があったりするなど、まさに少しの力があれば完走できるといった難易度設定だ。
正直、私達ならソロで完走できてしまうだろう。
数時間で3層目にある迷宮遊技場の最奥に到達。
私達くらいにかかれば正直なところ、本気で走る前の準備運動みたいなものだった。
帰り道に関してはまっすぐ地表に向かう一方通行の通路が作られていて、そこを通ったら事務所の近くに出た。
「ほら、完走してきたぜ」
「え!?もうですか!?早すぎます!」
事務所内にいた係員数名が騒然とする。
「完走証明を見せてください」
「ほらよ」
ギルが手渡した古ぼけた剣は、紛れもなく最奥で回収してきたものだ。それを目を見開いて確認した彼らは驚愕の顔をしながら私達を見回す
「信じられません。最速記録です」
「そうなのか?手ごたえがなかったが」
「魔物がでなかった……とかじゃないですよね?」
「もちろんだ。何回戦った?」
「ざっと30回くらいかしら。第3層で多く見たわね」
「みなさまお強いのですね。理論上の最速に近いです。わかりました。では賞品です。お受け取りください」
賞品は完走証明書なるものと、今晩の宴会には十分なくらいの銅貨だ。大した金額じゃないが、ここに来たことのコストを考えたら十分におつりがくるからよしとしよう。
「ありがと。じゃ、私達はこれで」
貰うものも貰ったから立ち去ろうと思い事務所を出る。
しかしその背後からこんな会話が聞こえてきたのだ。
「あの人たちなら立入禁止区域も行けちゃうかもしれませんね」
「そうだな」
と。
そんな会話が聞こえてきたからついつい聞いてしまったのだ。
「そういえばその立入禁止区域ってどういうところなの?」
その問いが、私の前世と向き合うことになるものと知らずに。




