第2話 街の雰囲気と魔術の痕跡
先程あんな光景を見せつけられたものの、街には子供も老人もいる。その意味ではほかの街と変わらない部分も多々ある。
しかし、まずは宿をと思い決めた宿は基本的な造りこそ他所で見るのと同じようなレンガ造りだが窓には内側からのみ開閉可能な鉄格子があり、玄関扉も外板と内板の間に鉄板が張り付けられていてなかなかに頑丈な作りになっている。
内装はまずまずだったからいいのだが、強面の店主に聞いたところでは昼の喧嘩の恨みを晴らしに宿に突入してくる荒くれ者がままいるらしい。
そのためか、宿の主人もなかなか強そうだ。
「さてと♪、どんなところがあるのかなっと」
そんな店主に案内された客室。さっきもらってきていた街の案内図のようなものをベッドに広げて皆で囲む。
「街の中央部が賭場か。外から見えていたでかい建物は賭場だったのか」
「そうみたいだね。今僕達がいるのは、東の門から入ったから、南部のここだ。南部の宿場街だね」
「他の街にもあるような商店街は一番近いところだと……あら、近いじゃない。流石に旅人向けの商店街は街道沿いにあるわよね」
「北にある競蜥場ってなんだこれ?」
「蜥蜴を競わせるのか?」
「なんだっけ、蜥蜴を同じコースで競争させて一番早いのを当てる賭場だって聞いた気が。ここにもあるんだね」
「へー、そんなものがあるのね」
そんな話をしながら、街の案内図を見ていると端の方、街の城壁から更に外側の山間に変な文字を見つけた。
”迷宮遊技場”と書かれていたが、この時は変な物があるのねと言うくらいにしか思っていなかった。
「じゃあ、今あるお金の半分はここの金庫に置いていくわ。ニールセンからもらったお金は結構な金額があるけど万が一にも一文無しにならないように!」
「大丈夫だろ。俺たちはそんなに無計画じゃないだろ」
カイルなんかは余裕余裕と言う顔をするが、こういう人こそタガが外れたらもう容器の底が抜けた勢いで散在浪費するものだ。
「ダメ」
「えー。いいじゃねえか」
「ダメ。持って行っていいお金でもそこらの並のお金持ち位には持ってるんだから我慢しなさい」
「レベッカさあ、奥さんみたいだよね」
「はぁ?」
「だな!ダメ亭主とその手綱を取る怖い奥さんだ!」
まーたはじまった。エスタとギルのこういう話!
ちなみにこの二人の間にはいつの間にか多分進展があったと思われる。最近の二人の息の合い方はもう前世のアレクとフェリナを思い出すくらいだ。
「奥さんもそうだし怖いってのはなおさら余計じゃないの?」
「ホントそうだ。でもそうだな。レベッカは奥さんになったらかかあ天下になりそうだ」
「カイルまで!もう!」
こんな会話はエスタとギルによってたまにあることだけど、心の奥底ではカイルにも少しは思わせぶりな態度をとってほしかったとも思うようになっている。
それを私自身自覚もしていた。
ああ、そうなんだろうな。
***
先ずその日は食料品以外の不足しているものを買い込んだり装備品を補修したりといった作業で終わった。
さっきの皆と話したように私自身も含めて頭が遊びの方に行っている自分を含む私達を見て危ないと気づいた私が、まずお金があるうちに必要品を!と強烈に言い張った結果だ。
そして翌日。
「いけー!キングアルマジロ5世いけー!!…………きたああああああ!!!!」
街の探検がてら足を延ばした例の競蜥場で通称蜥券、正式には勝蜥投票券と呼ばれる賭札を買いながら、情報誌を買い込み皆で予想にふけっていた。
明るい内に開催されるここでは勝つこともあれば負けることもあり、いやむしろ小さな勝ちがある以外は負け続け、しかし先程のレースで賭けた大穴で大逆転!
気持ちよく儲けた後、そのまま町中心部の賭場に雪崩れ込んで、出てきた私達はほぼ一文無しになっていた。
「……絶対に使わないようにってお金半分以上宿に置いてきて正解だったな」
もっとも完全敗北を喫してうなだれたカイルが反省の弁を述べる。
「でしょ?」
カードやルーレット等々、それぞれ遊びたいもので遊んで、見事に負けた。
誰か一人くらい帰り道にお酒を飲んで帰るくらいのお金は……と思っていたのに、見事に全部持っていかれた。
私とて楽しく遊んでしまったのだからすってしまったことについて文句を言える立場じゃない。
「絶対あのカードのマスターイカサマしてただろ畜生」
カイルはぼやくが、そんなことをいまさら言っても始まらない。むしろ現場でそんなことを言ってみろ。賭場の方々で客に対して目を光らせていた強面の人達が襲い掛かってくるかもしれない。
もちろんカイルはそれをわかっていて帰り道、賭場から離れたところでぼやいていたのだ。
「ほら、これでも食べて」
金貨を賭場のコインに替えたときのおつりが少々残っていたから、そのお金で夜店の屋台から買った皆肉の串焼きを皆に渡す。これで私もすっからかんだ。
「ああ、わりいな」
「もぐもぐ……明日はちょっと節約だなー」
「そうだね。明日は僕の趣味に付き合ってくれるかな?あのえぐれた山を見に行きたいんだ」
「いいわよ。そうしましょうか」
***
翌日
私達は街の城壁から出て街の北西側。
抉られた山の抉りの際に来ている。
「すごいわね」
「うん。遠くで見ていたものとは大違いだ。とんでもないよ、これ」
遠くから見たときに見つけた地層模様。そして地層模様の中に点々と穴がある。
「ほとんど崩れて入れないらしいけど、あの先は本来坑道だったんだって」
そういえばここには坑道陣地があったという。この山々の内部には縦横無尽に坑道が張り巡らされていたのだろう。
見えている坑道に繋がる穴はさしずめ坑道の断面と言うところか。
それらは低いところにあるいくつかを除けばほとんど崩れていて洞窟への入り口と大差ない。
低いところにある坑道の跡はある程度使われているところもあるようで、坑道そのものとして使われていたり、あるいは倉庫やワインの熟成蔵となるといった使い道がされているらしい。
そして対岸ともいうべき、抉られた山の反対側にも同じような光景が続く。
「どうやったんだろうね。こんなの。見る限り何発か同じ魔術が使われているようだけど」
視界に広がる山々だったものは確かに数回に分けて魔術が使われた痕跡がある。
遠くから見たら円を何個か並べていくらか重ねたような形が続いていたのだ。
魔術が大々的に使われたものとはいえ、700年も経ってしまえばもう魔術そのものの痕跡は風化して消え去っている。
でも、推測はできる。
……多分、使われた魔術は禁術と師匠が言っていた雷魔術と炎の魔術、そして土魔術の3系統合わせ技により使われる無名の魔術だ。
無名であるのは名前すら残さないことで可能な限り伝播をさせたためで、口伝で一部のみに伝えられる魔術だ。
ただし師匠はその魔術を”神の怒り”と名付けていた。
単純な威力としては最強の一角。少し使い方を変えるだけで文字通り万単位の人間が住む街一つを吹き飛ばせるその威力は、なるほど、神の怒りと呼ぶにふさわしい。
上位魔術が最強を争っているものと普通の魔術師たちが思い込んでいる中、こんな使い方があるのだ。もはや上級魔術の枠には収まらず、その上のランクと評価されている。
私以外に、使えた人間がいた。ここはかつて住んでいたアーベルンまで普通の旅人でも1年かからない。そこまで距離はないはずだ。
そんな近くにそんな魔術師がいたなんて。誰なんだろうか。幸か不幸かそれはもう700年も前の人物だから今となっては知りようもないが。




