第1話 世界で最も自由な街
この街は大昔はきちんとした産業を持つ街だったそうだが、上級魔術が残っていた時代の戦争で壊滅的な被害を受け、荒廃したらしい。
今はギルドが自治する荒くれものの街だ。金が飛び交い、あらゆるものが取引される流通の要衝。
本来、そこまで流通に優れた地ではなかったが、戦時中周囲に多くあった山々のうちほぼ半数が魔術で消し飛び、陸路での流通が逆に向上したことで、皮肉にも街が壊滅する被害を受けた割には復興が早かったという側面があるそうだ。
ただし、その自治には多くの裏の組織が入り込み、酒、賭博はもちろんのこと、淫らな施設も男女それぞれに向けて存在している。形式上ここはニールセンの領地と言うことになっているし、形式上代官もいるが、町全体として一定金額を納められているだけで徴税できているわけではないし、治安維持には無力であり無気力。統治する意思はない。
街としても統治されているという意識は皆無で、納めている金は帝国がしている街道警備の対価という建付けのようだ。街道警備のための帝国軍の行動を妨げないが、帝国軍も頼まれない限りそれ以上のことはしない。そんなバランスで成り立っている。
賭場や遊郭といった遊興施設も多数存在し、世界の娯楽はすべてここに集まると言っても過言ではないと言われている。
その結果、剣であれ魔術であれ、自分の身を守るに足りる力を持ち、そして資金を持つなら、この街での快適な生活は保障されるだろう、そう評されている。
これが手前の街で聞いた話だ。
「楽しそうじゃん!行ってみようぜ」
ノリノリのギル。
「いいな!行こう行こう!」
遊ぶことには躊躇がないカイル。
「まあ1年やそこら遊んでも別に……」
1年なんて私やカイルの10日みたいなもんだろうと思われる手持ち時間が長い長寿種族のエスタ。彼は急ぐことはないから余裕があるなら日々の楽しみを持つのは何の妨げもないのだ。
仲間3人とも行く気満々だ。
私としても、別に急いでいるわけではないからたまにはそういう街に行ってもいいかと思えた。最初の頃と比べれば少しだけお酒に強くなったし、きっと楽しめるに違いない。息抜きは必要だ。
でもルールは決めよう。
「行くのはいいけど、間違っても破産したり喧嘩したりしないように!絶対に使わないお金を決めて宿の金庫に入れておきましょう。喧嘩を買うくらいなら逃げる!いい?」
ルールと言ってもこれくらい。
「もちろん!楽しみじゃん」
本当に大丈夫なのだろうか。ここにいる4人、そんじょそこらの冒険者相手でも普通に勝てると思うけど、万が一ということもある。
荒くれ者の街。
どんなところなのだろうか。
***
「うわぁ……」
小高い丘を越え、その街が開けた視界に入ったとき、思わず声が出た。
「何だありゃあ……」
カイルが珍しく瞠目してその光景を見つめている。
「これは、相当な……」
そしてエスタもだ。彼はいろいろ見分しているだろうけどこんな光景は初めて見たのだろう。
「600年以上前だっけ?例の戦争。えげつないな」
そしてギルが端的に全員と同じ気持ちを代弁する。
丘を越えてその先に広がる平地には城壁に囲まれた巨大な街が広がっている。街の中央付近をこの平地を囲む山の間から伸びる川が貫き、両岸に分断されているがその川には大きな橋が何本もかかり移動に不自由はしないだろう。
空堀にも見える水のない堀込が手前に延び、私達が今いる丘の一部が切堀されて丘の反対側、私達が来た方向に延びている。おそらくこれは水害対策の排水路だ。
遠目にも煌びやかで、活気がある。一見して十万人規模の人口がある街だとわかるほどなのだ。
切堀に沿い街に延びる街道には多くの人々が向かう列と、街から出てきた人々の列が絶えることはない。
それだけでもそれなりにすごいのだが、問題はそこじゃない。
街の背後、私達から見て街を挟んで反対側。
そこは、「山々があった場所」だ。
春でも山頂に雪をたたえていた高さの山々があったと言われているそこらが、ごっそりと抉られていたのだ。
600年とも700年ともいわれる時の経過がその傷口を多少わかりにくくしているものの、植生のほとんどない岩盤でできた切り立つ崖に挟まれた異様な空間。
遠目に見える視界の端と端、両脇の崖は同じ地層模様を描き、それらが本来接続していたことを思わせる。
ちなみに、今立っている丘もそのあおりを受けて山の上半分が抉り取られた結果できたものだ。今立っている場所も本来はもっと高い山々があったはずだ。
「あそこには要塞があったそうだよ。坑道を生かした要塞が」
エスタが前の街で調べた経緯はこうだ。
その戦争の当時、重要な街だったここを押さえようと山脈の向こう側から敵が攻め込んで、要塞にぶつかった。
その要塞は坑道を巧みに利用した埋伏陣地になっており、生半可な攻撃は受け付けない癖に、山肌に開けられたわずかな穴から魔術師が攻撃魔術を飛ばし、弓兵が矢を射かけてくる。かと思えば突然山腹から軍勢が躍り出てきて背後や側面を突かれる。
何とか突入したとある国の軍勢は閉じ込められ、挟み撃ちにされ、ほとんど生きて帰ってこなかった。
まさに難攻不落だった。
大損害を出し、もはや撤退やむなしか、そう考えられたが、攻め込んだ軍勢には最後の切り札があった。
名前は伝わっていないが強大な魔術を行使できる魔術師が前線に現れ、その魔術で山を丸ごと消し去った。どのような魔術なのかわからない。
防衛側が陣地にしていた山々は潜んでいた軍勢ごと次々とえぐり取られ、それより下の地下にいてその第一撃を免れた者達には魔術により生じた洪水により地下坑道が水没。
結果、防衛側の山脈にいた軍勢の9割以上が死亡したとされる。
大損害を受け、山脈の防壁を失ったこの街はなだれ込んできた軍勢に為す術なく、滅びた。そしてこの戦争はこの一帯を領有していた国が滅ぼされ終わっている。
ここにあったという街は、一度完全に捨て去られ荒廃した後、さらにその後この一帯を領有した国により再整備が行われ、その国も滅びる際に荒くれ者達がこの街を制圧し今に至っている。荒くれ者達も何かしらの自治機関を欲したためギルドの中にその機関が設けられた。
ニールセン領となっているのは周辺国がこの地を治める意思も能力も欠いていたためだ。長年にわたる周辺国同士での押し付け合いの結果として最も国力のある当時まだ王国だった帝国が引き取ることになったと言われている。もっとも帝国もこの地をどうにかする意思はないらしい。
「後で戦跡も調べてみたいな、いいかい?」
「ええ、いいわよ」
少し長居することになるかもしれない。だけどはっきりと上級魔術の痕跡とわかるものは多くない。だがはっきりと上級魔術があった時代の魔術の名残とわかっているものがそこにある。私もそれを調べてみたいと思ったのだ。
前世で私があれくらいの派手な魔術を使えたかというと……うん、問題なく使える。上級魔術……でもいいけどもっと上のものだ。
私以外にこんなにはっきりとあの魔術が使える者がいたなんて。
むしろ700年前にこんなことをした魔術師というのは誰なのだろうか、それが気になった。
前世と違い魔王を早く倒したいなんていう壮大な目標は掲げていない私達。
正直、気持ちは浮わついていた。
遊ぶために街に入る、初めての感覚だった。
***
城門を潜る。冒険者カードは見せたがそれだけだった。冒険者ギルドが仕切っている街なのだからその登録者に対しては甘いらしい。
先ずはギルドに向かい、この一帯の地図を入手することにしたが、その街の道中からなかなか激しいこの街の気性が現れていた。
「なにしやがる!」
「うるせえ!くたばれ!」
バキィ!
くたばれと言った方は手が早かった。
突き刺さった拳に折れた歯が飛び遅れて体も吹き飛ぶ。
ドガァン!!
その辺に積んであった木箱に突っ込み、壊れた木箱の中に入っていた雑貨類が各々の音を立てながらまき散らされる。
「わかったか!ザコが!」
相手の血が滲んだ拳を突き出しイキった男の肩口に、次の瞬間深々とナイフが突き刺さっていた。
「ぐああ!何だ?誰だ!?」
ナイフの主は雑貨屋店主。
「てめえ、ウチの商品台無しにしやがって、タダで済むと思うなよ。見ねえ顔だな。よそ者か。この街の礼儀を教えてやるよ」
名前は何と言ったか、刃は太目で反り返っている荒くれ者や賊がよく使うような剣を片手にポンポンと打ちながらすごい形相をした店主が距離を詰めていく。
「ひっ!」
粗相をした男は、逃げようとした。
だが店主は早かった。
男が数歩走り始めた段階で、店主は刃の間合いに男を捉えていたのだ。
「うお!はええ!」
カイルが驚きの声を上げる。店主の男には並みの冒険者じゃ歯が立たないだろう。
男は振り向くことすら許されず背中にバッサリと刃を受け、倒れた。
起き上がることもできず、血だまりが広がる。
「死んだな、こりゃ」
「そうみたいね」
ここは目抜き通り沿いの一等地。こんな最高の場所で店を構えるにはこれくらいのことができなければならないのだろう。
そしてある意味面白いのは、そのすぐ傍は騒然としたが少し離れた先では平然と日々の生活が送られていることだ。
こんなことは日常茶飯事、だから気にするだけ無駄だということなのかもしれない。
「すげえ街だな、ここは」
「そうね。みんな、油断したら死ぬわよ。むやみに喧嘩せず、気を付けて過ごしましょう」
「「「賛成」」」
皆苦笑いをしながら平穏に過ごすことを決めたのだった。




