第13章エピローグ 話されていなかった歴史
あれから数か月。マールとの講和が正式に整い、俺は帝国の外相として国交が回復したマールに赴き戦後復興についての協議を進めていた。
魔族が帝室に成り代わっていたことで空位になった帝位の行き先について揉めたが、皇帝の遠戚にあたり爵位のほか本件での功績も高かったクリシュナが形として皇位を継承するも、実質は諸侯による連邦制に近い形をとることとなった。
女帝もたまにはいいだろうし、これまでのような強力な集権制はまだ難しいだろう。
そのクリシュナは戴冠した即日俺に侯爵の位と外相の座を押し付け楽をしようとしている。勘弁してほしいものだ。
そんな中、マールの状況を把握するためという名目でマール領内を一回りしていた中、東の村を訪れた際に恩人と再会したのだった。
「ウィル爺、ご壮健で何より」
「レオン様、お懐かしゅうございます。見ての通り老いぼれましたわい」
「そんな言葉づかいはやめてくださいよ。ウィル爺は俺たちにとってずっと良き先生なんですから」
「ほほほ、懐かしいのう。お前とクリシュナは出来が良かったから特に覚えとるわい」
今宵はこの村に宿を取った。食料の類は持参している。村に負担をかけずに用意したささやかな宴席で恩に謝意を示した。
「ウィル爺が雇ってくれた冒険者の一行、なかなかどうして優秀な者達でした。召し抱えようとしましたが断られてしまいましたがね」
「そうかそうか、彼らは儂らに肉を振舞ってくれてのう、気のいい奴らじゃし魔物や魔獣をまとめて倒してきおったから腕が立つとは思っておったが、まさかここまでしてくれるとは」
「その上彼らは無欲でした。もちろん今後の路銀として30枚ほど金貨をもらっていきましたが報酬として提示した金貨500枚のほとんどを辞退されマールの復興に使ってほしいと」
「なんと!いや、今時そんなものたちがおるんじゃのう。感心な者達じゃ」
「私も驚きましたし、クリシュ……いや、陛下も感心しておられました」
空になったウィル爺のグラスにワインを注ぐ。
こう見えてもウィル爺はワインが好きだ。戦争中は控えていたらしいが今は控える必要もない。存分に飲んでもらいたい。
「そうか、クリシュナも偉くなったのう。こんなちんまい女の子であったのに」
テーブルの高さほどに手をかざして昔を懐かしんでいる。俺もクリシュナもこの爺さんに多くを学んだものだ。
「で、クリシュナはお主をいつ娶るんじゃ?」
「はぁ!?」
「ある程度家格があって年も近く、此度の功績も著しいお主以外に帝室にふさわしい男はおらんじゃろ」
「やめてくださいよウィル爺さん。陛下とは幼馴染ですしそりゃ仲はいいと思いますけど俺を帝室にって……」
「もう一度言うぞ。お主しかおらん。すぐにではないじゃろうが覚悟を決めておけ」
注がれたグラスのワインを傾けながらカラカラと笑う爺さんの姿はほほえましいところもあるが、酒の席でこんな繊細な話をするのはご勘弁いただきたい。
そこで話を逸らすことにした。そういえば聞きたいことがあったんだ。
「ところで、ウィル爺さん」
「ん?」
「ウィル爺さんの家系は多くのことを忘れずに伝えていたのですね」
「……はて、何の話じゃ?」
「ああ、ニールセン家がまだ伯爵家だった700年前のことですよ。ベルン王国が魔族に乗っ取られていて、それを秘密の通路で城に潜入したレオン・ニールセン伯爵が魔族を退治して国を救ったっていう」
話が盛り上がるかと思いきや、爺さんは首をかしげて何のことやらわからないという顔をしている。
「……なんじゃそれは?」
「は?」
「儂は知らんぞそんな話。初めて聞いたぞい」
「いやいや、あの冒険者一行に依頼する際に伝えたのでしょう?レベッカの嬢ちゃんが言ってましたよ」
「初耳じゃのう」
「いやいや、酔うにはまだ早いですよウィル爺さん。爺さんはこの5倍は飲んでからでしょう?」
「いや、知らんぞそんな話。儂はレオンが話が分かる男じゃからなんとかしてくれんかと思い信書を託しただけじゃ」
ウィル爺さんはこの手の話で嘘をつく人じゃない。あと5倍は飲んでいたならわかる。酔っぱらうと大変なところがある人だからだ。でもまだグラス2杯目だ。加齢を考えても早すぎる。ボトル2本は開けてからでないと頭がばかになることはないはずだ。
いや、待て。レベッカは初対面の時ウィル爺さんから聞いたとはっきり言ったか?……言ったはず……いや、記憶にない。ただ言っていたことは正確だった。じゃあ誰から聞いた?ウィル爺さん以外に考えられないが…
彼らは冒険者だという。俺は存在くらいしか知らないが東の大陸から来たと。それならばいずれニールセンに立ち寄ってくれるかもしれない。その時に改めて聞いてみることにしようか。真実はその時でいい。
変な空気となってしまったからその後話題を変えて、恩人であるウィル爺さんとの酒席を楽しむことにしたのだった。俺自身、クリシュナの夫として帝室に入るのが既定路線だとわかっているから最後の独身時間を無駄なく楽しむために。




