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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第13章 ニールセン帝国、繰り返されたもの
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第17話 700年前の後始末

 城の最上層部。屋根を兼ねた広さのある屋上テラス。ここには掌くらいの大きさの俺の魂を収めた水晶球がある。神話の時代に作られたとされている魔道具で、魂を移しておける代物。万が一失敗したときに備えて魂と体を分離していたものだ。体が倒されたとしてもここに復活し、逃げればいい。

 ただ、万全の体まで保存しておけるわけじゃないからそれは本当に最低限。ここに保存できる体の戦闘力は皆無で走ることもおぼつかず、せいぜい空を飛ぶくらいしか能がないが、万が一の備えだからやむを得ない。

 それにこれのおかげで以前は助かった。しかしまた頼る羽目になるとは…!


 さっきまで使っていた体の3分の1ほどに縮んでしまった体を見れば悪態をつきたくもなる。


「ギギッ、また、失敗した。次こそは…未だに魔王様も復活せぬし、うまくやれば次は俺が人の国の王なんかではなく魔王に……!」


 ようやくこの体に精神がなじんだところだ。さっきまではろくに身動きもできなかったがもう動けるだろう。

 今の自分はただただ弱い。再び遠くの山にでも落ちのびて眠りにつき、力を蓄えよう。そう思い羽ばたこうとしたが、なぜか下降気流が頭上から降り注いで体全体を石畳に拘束し、飛べない。風に抗う力すらないこの体が恨めしい。


「へえ、小さな見た目をしているくせして野心家なのね。今度は魔王になりたいって?」


 突然背後から人間の声が。


「ギギッ!?」


 そこにいたのは、人間の赤毛の女。俺をさっき打ちのめした異常な強さを持つ魔術師。例の事件などなかったかのごとく全系統の魔術で圧倒してきた女。


「貴様っ、なぜここに!?」


 前回のように下で休憩でもしていればいいのに、なぜこんなどうでもいいところに敵が来るのか!?

 女は髪を掻いて冷たい目をしながら静かに答えた。


「700年前のやり残しを片づけに来ただけよ。あのとき、もう少しきちんとしていたらこの国はこうはなってはいなかったもの」


「700年前?」


「ええ。お前は当時のベルン国王を殺して成り代わっていたでしょう?」


 魔族は、魔族同士で行動するときだけ相手の魂を直接見る事が多い。魔族の姿など装飾でしかないことも多いからだ。その上、この女の冷たい目は前回俺の前に立ちはだかったあの女と同じもののようにすら見える。

 だから、ベルンという国の名前さえ世間から消えかけている中でありながら当時の真実を言い当てた意味の分からないこの女の魂を見た。

 見たそこにあったもの。驚愕すべき現実がそこにあった。


「……まさかっ!?」


 信じられない。700年前のあの女が目の前にいる。外見こそ違うが間違いなくあの女だ。こちらの放った魔術を苦も無く相殺しそれ以上の魔術で報復してきた忌々しきあの女が!


「あんたが今何もできない赤子のような雑魚に成り下がっていることは知ってるわ。小っちゃくなっちゃって。情けない姿じゃない。抵抗しようなんて思わないことね。あと、魔王の復活ってどういうこと?ハルファーが復活する予定なの?」


 女は左手で魔力を放出しながら右手で腰の短剣を抜きゆっくりと向かってくる。つまりこの風はこの女のやっていることだ…!


「答えなさい」


 より強度の風圧が頭上から押し寄せる。その上女が石畳をかかとで蹴った瞬間背後に石の壁が出現。退路は完全に断たれた。

 上級魔術が失われたこの世においてもこの女は…!!


「ギギッ!?」


 逃げたい、逃げられない。今度こそはと、そう思っていたのに…!


 せめて反撃を、最低級の魔物並みの力しかない俺にできるのは、生来持っている毒の牙で嚙みつくことだけだった。


***


 最後のあがきなのだろう。

 毒液のようなものを垂れ流した牙を向いて襲い掛かってきたその魔族。しかしなんの工夫もなく風圧に頭を抑えられた単調な突進は、護身程度の剣しか使えない私でも何の問題もなかった。


 大きさとしては私の腰くらいまでしかなかったその魔族は脳天から頭を断ち割られた死骸を晒している。もうこの魔族が国の乗っ取りを繰り返すことはない。

 ついでに魔族の手から転がり落ちた、空っぽになったであろう水晶球を手に取り、掌より少し小さいそれを目元で一通り眺めた後、空中に手を離す。

 

「ごめんなさい、レオン。私たちがあの時もう少しきちんとしていたら、貴方が興した国はこんなことにはなっていなかっただろうに」

 

 前世で友諠を得た勇敢な国王への謝罪は空に消え、水晶球は重力に従って石畳に落ちて、乾いた音を立てて割れた。

 これでこの水晶球だった残骸は何の力も持たないただのモノになった。この国の歴史が繰り返されることはもうない。


「それにしても、魔王が……復活?」


 魔族が発していたとんでもない一言。聞き間違いであることを願いたい。まだ復活はしていないようだが、口ぶりからすると復活する予定があったかのようなことを言っていた。

 もし、魔王が復活したら今の状態で勝てるか?無理だ。

 カイルもギルも前衛としては十分以上に強いが、アレクやカーターと比べたら身体強化をしたとしても微妙なところ。私やエスタはジュリナとフェリナの代わりとしては明らかに力不足。

 今の世の中に勝てる戦力は、ない。あの魔女でも出張ってきたらわからないがあの人は戦わないだろう。


「とらえておく魔術でもあれば……まあ、仕方ないか」


 磔にして拷問にかけてでも聞き出したかった。

 ただそれはかつてのフェリナが使っていたような範囲の魔術だし、そんなことを考えても仕方がない。やめよう。

 さて、死骸を残しておいて問題があるといけない。

 だから火魔術で燃やした。炎をしばし浴びせ続けて灰と骨の残骸だけになったのを確認し、何度か踏んで粉々にしてから引き返そうとしたときだった。

 振り向いたときにさっきまでいた出入口に何かの気配を感じたのだ。


「……っ!?」


 もう気配は消えている。

 誰かいた?見られた?

 急ぎ出入口に向かい確認するが、誰もいない。


「……気のせい?」


 見られていたとしたら、どうなる?意味の分からない会話だっただろうが…いや、違うか。

 誰かがいたとしたらさっきの魔族が気づいているはずだ。

 きっと気のせいなのだろう。

 見られたとて、魔族の残りを見つけたから倒していた、それでいい。そういうことでいいんだ。だってそれはそれで事実には違いないから。




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