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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第13章 ニールセン帝国、繰り返されたもの
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第16話 再戦

 クリシュナの言った通り、いや、クリシュナとレオンという帝国の将来を担う二人の権威があってこそなのかもしれないが、クリスタルブルクの正面正門から堂々と入城した私たちは、そのまま皇帝のいる謁見の間まで入り込む事が出来たのだ。


 地下を通った前世とは全く違う展開に、どうしても視線が左右をうろうろしてしまう。


 一抹の不安があったことは間違いない。もし私の取り越し苦労ならどうしようと。

 しかし、謁見の広間の中ほどで膝をつき礼を取る瞬間に見たその皇帝の顔は、ねとりとまとわりつくような、前世でベルン国王に成り代わっていた魔族がしていたそれと全く同じだったのだ。


 レオンは遠目に皇帝の顔を一瞥し、クリシュナと瞬間的に視線を合わせ頷き合い、私にも一瞥しわずかに頷いた。

 私はそれに頷きで返し、皆に同じように伝える。

 レオンとクリシュナから見ても黒だと確定したらしい。


 前世とは異なり両脇に衛兵たちが多数並んでいる。必要以上に数が多いが、魔族がクリシュナを殺すつもりで呼びつけたのであればあり得る話か。


「クリシュナ、よく参った。だがレオン、何故ここにおる。貴様には参謀総長を通じて直ちに攻め込めと命令を発していたはずだが?」


 レオンがクリシュナを抑えて口を開く。


「陛下の真意を計りたく」


「真意、とな?レオン、余に対して不敬とは思わんのか?臣下とは余の心を計るものではないはずだ」


「不敬ついでに申し上げます。陛下は我が気性をご存じのはずです」


「……なるほどな。確かにそうだ。そしてそこまで言うからには全てを承知というわけだ」


「はい、陛下。本物の陛下はどちらに?」


「知れたこと。余の腹の中よ」


 皇帝が右手をあげたのを合図に両脇に控えた衛兵達が武器を構え、物陰からも魔道具で隠れていたのであろう魔物が続々と現れ、あっという間に大勢の敵に取り囲まれた。

 それらは思い思いに剣や斧、あるいは爪や牙といったものを物々しく構える。

 兵士としての体を装うこともないと思ったのだろう。衛兵たち魔族の姿に次々と戻る。

 周囲の衛兵はみんな魔族が成り代わっていた。

 前は下っ端は魔族の牙を免れていたのに…!


 一同剣を抜き円陣のような形で周囲の魔物と向かい合う。


 だが数に勝るはずの彼らはまだ仕掛けてこない。それはそうだろう。

 ここでの敵のボスは皇帝に成り代わった魔族なのだから。

 最初の一撃は、そこから来る。


 そう予想した通り、皇帝の魔族が動いた。魔族は多属性の魔術を一斉に出現させ、歪んだ笑みを湛えながら高慢に告げる。


「死ぬがよい」


 まだ距離がある。剣は届かず間に合わない。それと察した従者たちがクリシュナとレオンの前に壁を作る。

 撃ち出された魔術の群れ。それは風を除いた4系統。


 だが、そうなるとおおよそ想像がついていたから、対処は簡単だった。


 魔族の撃ちだした魔術のカウンターとなる魔術で全攻撃を奇麗に相殺。

 彼らと王の魔族の間に割り込み立ちはだかった。


「レベッカ、それは!?」


 背後のクリシュナが驚きの声を上げるが、それよりも視線の先で驚愕している皇帝、いや、魔族の顔が面白かった。眼を見開き、見た光景が信じられないように動きを止めている。


「何だと!?」


 ああ、あの時を思い出す。

 私はあの時のように最前で杖を突き付けながら次はこちらの番だと言わんばかりに氷の槍を次々と魔族に叩きつけるが魔族はそれをすべて相殺。

 ご挨拶は終わった。


「みんな!残りは任せるわ!私はあいつを!」


「わかった!」


 カイルが私の言葉に応えた次の瞬間、周囲を埋めた敵は一斉に襲い掛かってきた。


 次々と襲い来る衛兵や皇族に化けていた魔族やその配下の魔物達。それらは大して強くないものの、数では私達より明らかに優位だ。

 しかしこちらもカイルやギルは強かった。

 襲い来る敵を次々と斬り伏せ均衡に持ち込む。前世と違うのはこちらは全員戦う術を持っていることだ。

 円陣を組んでそれぞれが正面を見ればいい状況を作り出し背後を互いに任せ合う。そしてエスタは中心から全員に的確な援護を続ける。

 

 クリシュナやレオンは相応に強かった。伊達に大陸最大最強の国家で主要な軍団を任せられていない。次々と襲い来る魔物を斬り伏せ微々たる隙も見せない。

 それぞれが従者たちを両脇に従え、襲い掛かる敵を寄せ付けない。


 それどころか互いを見ながら巧みな連携を見せていた。幼馴染だというからその辺の気心も知れているに違いない。連携は従者同士も同様で、戦う力はレオンやクリシュナに劣っていてもそれを感じさせず敵と渡り合う。


 さて私の方はというと思った通り中級以上の魔術を撃ってこない魔族に対して優位に魔術を撃ちあっていた。

 魔族の方に油断があったのは間違いないだろう。皇帝の姿のままだから姿こそ違うがこの魔族は前世で見たあいつとおそらく同一個体。見た目もそうだが、複数系統を次々と放ってくること、そしてその撃ちだす魔術の質や順番の癖で確信した。やつも神々の闘争と呼ばれる事件の前から生きている存在だから使用可能な魔術の種類は豊富なはず。

 人間の国を操るくらいだから知恵も回ると思われる。

 だから知っているんだろう。人間は魔術を使えて最大2系統だと。

 下手に知っているからこそなぜか私が全系統使えることに全ての計算が狂っているに違いない。圧倒できるはずが、逆に押されているのはなぜだと。

 要するに、2系統しか使えないなら必ず相殺できない属性があるはずだからそれでごり押しさえすれば圧倒できるという目論見があったのだろうがそれが土台から覆ったのだ。


「ぬううう!!!どうしていつも赤毛の魔術師が邪魔をする!」


 相手は苛立っている。

 漂う手詰まり感に顔が引きつっている。


 これまで私はどこまでできるかということについて、突き詰めるのをサボっていた。カイルは強いしエスタもギルも頼りになるし。必要性をあまり感じなかったせいもある。魔術をじっくり試せるような環境で一人になれなかったということもある。

 だからこれを機会に試してみるのもまた一興。


「お前、私に付いてこれるかしら?」


「ぬっ!?」


 杖に全開で魔力を込めた。

 あらゆる系統の魔術を、これでもかというくらい大量に…!


「な……!?」


 脳が焼き切れんばかりに魔力を杖に流し込む。レベッカになって最初に訪れた宿場町での戦いの時点でわかっていた。初級魔術であっても数は生み出せると。

 だからそれを全系統で行う。


 私の周囲に、無数の炎、水、氷、礫が出現。そしてそれらは全てが雷を帯び特有の光の線が走っている。そう、それは対極属性であるはずの礫にすらも付与されている。初級ではあまり攻撃には向かない風魔術を除くすべてがそこにある。いや、ついでにと追い風を吹かせているから5系統そろい踏みだ。

 周囲から動揺の声が聞こえる。

 剣戟の音が小さくなる。それは私が目の前の敵に集中しているから?違う。異様な光景に皆が視線を向けているんだ。味方も、敵も。

 ”属性魔術に対する別属性付与”そんな芸当は、ひょっとしたらあの魔女は使えたかもしれないが、前世を見ても私と師匠しか使い手を知らない。


「レベッカ、それは!?」


 多分カイルの声。だけど私には目の前の魔族しか見えていない!


「……止めてみなさい!」


 700年前、火球にショックウェーブを仕込まれて敗北に繋がった記憶がよぎっているのだろう。ひきつった顔を隠せない魔族相手にそれら全部を一斉に撃ちだした。一部はあえて魔族の周囲に向けて照準していたから逃げ場などあろうはずがない。

 

「ぬおおおおお!!!」


 魔族はそれでも直撃コースにあるものを瞬時に選択し、なんと全部を大きめに作った礫を大量に飛ばして迎撃。

 対極の属性ではなく普遍的に一定の防御力がある礫をこの状況において選択できるとは……!思った以上に能力がある!

 それは私が放った魔術の多くを大きく減殺。一部の命中すら許容した捨て身の構えのように見えたが、多くの傷を与えながらもついに致命傷を与えるには至らなかった。


「耐えたぞ、これで……!なっ!?」


「ならばこれも耐えてみせろ!」


 私は滝のように浴びせていた魔術に続いて魔族との距離を一気に詰め、魔術に気を取られ切った魔族の鼻先に杖を突き付けていた。上級魔術を持たない今は、距離を取り戦う限りとどめを刺せないと察したからだ。

 全てを出し切った感すらある魔族の鼻先に突きつけた杖から全属性の攻撃を再び、次は爆発的に魔力を放出し先ほどよりも瞬時に多くを発動して、放つ。

 魔術を見たときにはもう届いている。相殺の暇など存在しない。

 

 ……なぜかその瞬間から、しばし時の流れがゆっくりになった気がした。

 私が至近距離から放った全系統の魔術、それらはすべて魔族に突き刺さってゆく。しかし魔族の体から突如として光が生じ、私は反射的に私と魔族との間に堅い石壁を構築。

 次の瞬間、壁の構築が間に合う前に生じた爆発に私は構築しかけの壁ごと吹き飛ばされていた。


「ぐっ!?」


「レベッカ!」


 床に叩きつけられると思ったが、温かく力強い両腕に受け止められ、怪我を負うことはなかった。少し手足がチリチリする。きっと壁が間に合わなかった一帯だ。やけどをしているがこれくらいなら魔術ですぐに治せる。

 耳鳴りがしてやや頭がクラクラする中、目を開き視線を上げると、その先にもうあの魔族はいなかった。もはや体の破片の一部を残しているのみ。

 奴を倒したのだ。


「大丈夫か?無茶しやがって」


 カイルの顔が近くにあった。カイルが助けてくれたのだ。緊張していた力が抜ける。


「ええ」


 初級とはいえこの程度なら治癒魔術で十分に治る。やけどがゆっくりと奇麗になり、ほとんど目立たなくなった。


「よっしゃ親玉は討ち取った!いくぜぇ!」


 ギルが残った魔物の群れに斬りこんでいく。それを見たレオン達も勢いを得て斬りかかる。


 さらに背後の扉が開き、数十名の兵士たちが雪崩れ込んできた。


「クリシュナ様をお救いせよ!」


「「「おおお!!!!」」」

 

 後から聞いたが、クリシュナの部下が密かに城下に手練れの兵を集めていたらしい。彼女が前線から引っ張ってきた配下の兵たちならおそらく成り代わられている心配もないだろう。

 謁見の間に集まっていた魔族や魔物は逃げ場もなく、囲まれて殲滅されていった。

 

 そんな光景をカイルの腕に抱かれて全てを預けながら眺めているのはなんだか心地よかったが、めまいのような不調が解消したため立ち上がり、異変に気付いた。


「あ……!」


「ん、どうした?」


「杖が…」


 私が握って離さなかったその杖は壊れていた。特に先につけていた龍の魔石が粉々に砕けている。

 

「あー……」


 カイルもその姿を見て残念そうな声を発した。

 あれからずっと共にしていたお気に入りの杖だったのに、これではもうどうしようもない。私が無理な使い方をした?5属性同時行使なんて前世でも滅多にやっていなかったし。それとも先程の爆発のような魔族の最後の抵抗に巻き込まれた結果なのか。

 

「まあ、仕方ないわね」


 耐火性能があるとはいえ、相当焼け焦げている杖はここまでだ。

 今までありがとう。

 

 そう思いながらやや感傷に浸っていると、勝どきの声が上がり魔物が制圧されたことを知った。

 そしてついに魔族のたくらみは失敗に終わったのだった。


「終わったな、レベッカ」


「ええ」


 だけどまだ終わりじゃない。すぐにここを抜け出そう。

 私には、まだやらなければならないことがあるから。



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