第14話 元凶の正体
レオンという男を初めて見たとき、主観的には50年ほど前になる記憶が蘇った。
もちろん別人であるのは確かだが、その顔つきや特に目の色と顔立ちにはあの時のレオン・ニールセンの面影を見たのだから。
「私は冒険者です。サルステット王国を目指して旅をしています。そんな中、動ける人材が軒並み戦争に取られてしまったため、ウィルヘルム様より使いとなるよう依頼されました」
「そうか。で、冒険者が何を伝えにここに来た?」
「前提としてお伺いしますが、帝国がマールに突きつけた5か条の要求書のことはご存じでしょうか?」
レオンは隣にいた男と目を合わせた後、あきれたように肯定した。
「ああ、知っている」
それなら話は早い。
「だから真相をつかんでほしいと」
「……なに?」
「ウィルヘルム様曰く、今の帝室は何かおかしいから調べるべきだ。そう仰っていました」
「それが出来たら苦労はしない。だが帝室にそんなことをしてみろ、職務を追われるだけならまだいいが、この首が文字通りの意味で飛びかねない。多少の左遷なら構わぬが命まで取られたり、両親や弟妹が質に取られるようなことにでもなれば目も当てられん」
レオンはおどけたように、ぽんぽんと手刀を首に何度か当てる仕草をする。
「ええ、それは理解しています。ただ、私見を申し上げますがレオン様、これは真剣に調べた方がよろしいかと存じます」
「冒険者ごときが口を挟むな」
隣の男が怒気を発する。
「いえ、申し上げます。そもそもレオン様のご先祖でもあるレオン・ニールセン様は魔族に乗っ取られたベルン王室を打倒した後に国をまとめたお方であるはず」
「……!?」
二人の顔が険しくなった。一人は文字通り険しく、もう一人は”この女は何を言っているんだと”と言わんばかりの顔だ。
「私見を続けますが、今の状況は当時のベルン王国がされたものと酷似しているように思われます。その魔族は逃亡したはずです。700年も経ってまたやりに来た可能性はあるのではないでしょうか?」
「出まかせを言うな。無礼者。斬られたいか!」
男が腰の剣に手をかけた。
だがそれをレオンが手で制した。
「参謀長、待て。おい、女。お前、何故それを知っている?」
あら?一般的には知られていなかったの?
一方隣の参謀長と呼ばれた男は「え?本当のことなんですか?」という顔をしながら上官の顔を見ていて、剣にかけた手が緩んでいく。
「さあ、知っているから知っているだけです」
「ふざけるな。答えになっていない。帝室とその係累だけが知っていることだ」
「レオン様。この女の申すことは本当なんですか?」
レオンは参謀長を一瞥した視線を私に向け直して続ける。
「そうだ。事実だ。あの当時、対魔王軍の前線を守っていたニールセン伯爵家は背後から魔族に操られたベルン王国軍に攻められたという」
「まさか!」
「ところで女、お前の出身は?」
「東の大陸。フェルガウという国です」
「聞いたことがないな。しかしそうか、レベッカというのも聞かぬ名だしな。そういうこともあるのか。さて、それを君が知っているということはウィルヘルム爺さんから相当の信頼を得たようだ。具体的に俺はどうしたらいい?」
「閣下、するとウィルヘルム様は帝室に連なる方だったのですか?」
「そうだ。ウチより少し上の代からの分家に連なるお方だと聞いている。そこまで建国の話が伝わっているとは驚いたが」
「なんと……!」
へー、そうだったのか。
私としては内心やりすぎたと思ったアドリブがいい方向に向いてホッとしていたりする。
そうだったのか。あのことは帝室に連なる家系の人たちしか知らないのか。
まあそうかもしれないな。帝室からしたら、自分の先祖は英雄の立場とは言え魔族が王族を食って成り代わっていたなんて積極的に伝えたい話ではないだろうから。
あの当時は比較的市井の人たちも知っていたはずだが700年も経てば忘れ去られてしまうということなのだろう。
「なれば申し上げます。閣下。調査に平行してお味方を集めてください。閣下がお一人でなされるのは危険が大きすぎます」
「わかっている。だがおれは試しに貴女に聞いてみたい。何をすれば最もいい方向に進むと思う?」
それはあの日のレオンも腐心していたことでもある。
人々の犠牲を最小限に。
それが望ましいことだ。それならば。
「故事に倣うべきかと」
「ほう」
「現在も帝室の居城はクリスタルブルクであると承知しております」
「そうだ」
「であるならばいくつかひそかに侵入できる道があるはずです」
レオンは眉間に皺を寄せる。
「初耳だぞ。爺さんの家にはそれが伝わっていると?」
さあ、どうだろうか。全ては私個人の前世の知識だ。肯定も否定も嘘になる。だからその問いには無視で答えよう。
「……大聖堂と呼ばれている建物の地下から城に伸びる道があるはずです」
「なんだと?あの地下から?」
「はい。ウィルヘルム様は動けませんが。……大雑把な道は別途承っております」
前世で何と言ったか、そう、ハンナさんから案内された道だもんね!人から承ったという意味で嘘は言っていない。ウィルヘルムさんが動けないのもそれはそれで事実だし。
「むぅ、しかし俺だけが行くわけにもいくまい。隣の軍をクリシュナという身分はやたら高いが物わかりのいい女が率いている。そいつと行くこととしよう」
「その点については良きようになさってください」
「うむ。ところで貴女は一人か?」
「いえ。仲間が3人、陣屋の入り口前で待っております」
「そうか。衛兵!」
レオンは控えている衛兵を呼び、呼ばれた衛兵は私の隣で膝をつく。
「はっ」
「陣屋の前にこの方の連れがいらっしゃるそうだ。ここに連れてこい」
「承知しました」
命を受けた衛兵はすぐに出て行った。
どうやら、うまくいきそうだ。
「ところでレベッカといったな」
「はい」
「ウィル爺さんの依頼はどこまでだ?」
どこまで?特に聞いていない。
「レオン様は話が分かるから可能ならば動いてほしいと……それ以上は」
それを聞いたレオンはニヤリとした。
「つまりだ、俺が、レベッカ達がいなければ動かないと宣言したら…ことが済むまで君らは傍にいるのだな?」
「……はい?」
「事の成否はいざ知らず、そこまで知られているならタダで返すわけにはいかん。最後まで付き合ってもらうぞ。それは杖だろう?魔術師なら多少なりとも戦えるはずだ」
うわ、そう来たか。
「お金は出るんですよね?」
「ことが済めば善処しよう」
「はぁ……しかたないですね。わかりました」
ことさらにため息をついて見せた。ただこれは私にとってもひょっとしたら700年越しの後始末になるかもしれないから、できれば同行したかったし都合がよかった。
あとから来た3人にしばらくこの将軍と同行すると話したら微妙な顔をされてしまったのだが。




