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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第13章 ニールセン帝国、繰り返されたもの
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第10話 前世の記憶8 魂食い

 静かになり半壊した王の間。

 従者やハンナ、テレーゼはようやく息を落ち着かせたところだ。それはそうだろう。彼らがいていいような戦場ではなかったのだから気疲れは仕方がないと思う。

 彼女らが座り込んでしまいしばし経つ。

 私たちは倒した魔族の死骸を確認する作業を行い全部を倒したことを確かめた。私が倒した魔族の親玉は死体ごと消し飛んでしまったために何も確認できなかったのだが。


「あれ……?」


 フェリナが何かに気づき、天井を見ている。


「どうしたんだ?」


「まって。レオンさん、上に行く道ってありますか?」


 焦燥の表情をしたフェリナがレオンに駆け寄り構造を尋ねていた。

 私はどうしたんだと思いながら後を追う。


「上?……ああ、上のテラスに行く階段があっちに…」


「ジュリナ、ちょっと一緒に来て」


「え?」


 手を強く引かれて王の間の外へ。


「ジュリナ早く!アレクとカーターはみんなをお願い!」


「ああ」

「おう」


 何事かと訝しがるアレクとカーターを放置したままフェリナに手を引かれ、上に続く階段を駆け上がる。


「ちょっとなに?どうしたの?説明して!」


「まだ……!まだあいつは生きてる!」


えっ?


「まって!どういうこと?あいつは倒したわ!見てたでしょう?」


「ちがう!あれは本体じゃない!」


 そんな信じられないことを聞きながらたどり着いたのは王城の屋上にあるテラス。


 テラスに駆け込んだフェリナは探知の魔術を全力で行使している。普段魔力をほとんど感じない探知術なのにビリビリと魔力を感じるほどだ。

 そうしてフェリナはある一点を指さす。


「ジュリナ!あれ!」


 その先に、何かが飛んでいる。もうだいぶ距離があり、麦の粒よりも小さく映るそれはさらに遠ざかり小さくなってゆく。


「あれは?」


 もはやわずかしか形を確認できないが、それは先ほど倒した魔族とほとんど同じ姿かたちをしているように見えた。


「もうあんなに遠くに……!」


 さすがの私もこの距離は射程外だ。ダメもとで撃っても構わないがこの距離だと魔術を見てから避けられてしまう。街を丸ごと吹き飛ばすようなものなら射程内だが、それはできない。少なくともレオンから言われなければ。

 少なくとも私たちも魔女のように飛べたらいいのだが、そんな術は持ち合わせていない。


「どういうこと?確かに殺したはずなのに」


「きっと本体をここに隠していたのね。万が一のための備えとして。残った気配の残滓は注意深く見ないとわからないほど弱いから、あの魔族は赤子並みに弱いと思う。だから気づくのが遅れてしまった……」


 フェリナは両ひざに手をつきがっくりしているが、それなら今あの魔族はもはや何もできないということだろう。先に魔王を倒してしまえばいいのだ。


「フェリナ、私たちはこの国を救ったわ。だから目的は達したのよ。この間の戦場だって魔族は逃げて行ったじゃない。気にすることはないわ」


「ええ、そうね」


「それにやることができたでしょう?もう一度この城を探し直すの。2匹目の見逃しは絶対に出ないように」


 それから王城に巣くった魔族すべてを排除した。兵士や官吏に紛れ込み息をひそめていた者がまだいた。主犯には逃げられたが、もう当面の間悪行をすることはできないだろうし、人々の脅威にすらならないだろう。

 何も知らない衛兵などは起きている事件に驚愕の顔を向けていたが、今この城にいる中で最も身分が高い者はレオンだ。遠縁とはいえ王族の血を引く家柄であることが幸いした。

 そのおかげでこの先どうなるにしても、とり急ぎレオンの指揮に従うと衛兵の中隊長たちは宣言したのだ。

 衛兵を仕切る上位の立場の者達は例外なく魔族に成り代わられていたから今は彼らがこの城を守る立場にある。


「レオンさん」


 巡回に出ていたアレクとフェリナが戻ってきた。彼らは他にも王族や貴族、官吏等に化けている魔族がいないか探しに出ていたのである。


「どうですか?」


「まだ数体いましたが武官も文官ももう大丈夫ですよ」


「ああ、よかった。国王陛下らが全滅していたのは無念この上ないが、覚悟はしていたことだ。だが、妹も生きていたし、私がこれから国を治めていこうと思う。もちろんブライ家を中心に激しく抵抗されるかもしれないがな。これまでの貢献、心から感謝する」


 歩み寄ってきたレオンはアレクやフェリナと握手を交わす。そのブライ家は王室に嫁こそ出したことはあるがその系統が王位に就いたことはなく、先祖に王族もいないことから爵位が高かろうとも王位継承権は絶対に回ってこないのだという。


「いえ、僕達は魔王を倒そうとしている者です。魔族に苦しむ方をお助けするのは当然のこと。例には及びません」


「いや、それでも礼はしなければならない。後で形としてお渡ししよう」


 そう私達に告げたレオンは別の女性に目を向ける。


「ハンナも此度の貢献は国の歴史に刻まれるだろう」


 脇に控えていたハンナは恭しく頭を下げる。


「いえ、全ては神のお導きです」


 ハンナの信仰の深さはフェリナも認めるところだ。


「いや、ハンナの神と国への慈愛が今日の勝利に導いてくれたのだ。ハンナこそこの国が誇る大聖女だ」


「ありがとうございます。これからも変わらず国のために尽くします」


 ハンナは涙を流しながらレオンに首を垂れる。


「うむ」


 レオンはハンナの手を取りその労を称える。


「お兄様。ご無事でよかった。私、怖かった」


 そんな中すこし離れたところから近寄ってきた妹のテレーゼだ。彼女も勇敢に役目を果たしたことで今がある。


「ああ、いや、テレーゼもよく危険な仕事をこなしてくれた。テレーゼがいなければこの国はきっと滅びていたし、民の犠牲もひどいことになっていただろう」


「お褒めいただき光栄ですわ、お兄様。では死んでください」


 突如テレーゼがレオンに向けた掌から放たれた黒い光弾は、過たずにレオンに直進し……命中はしなかった。


「がはっ……」


 ハンナが間に立ちふさがり、黒い光弾を受け止めたのだ。嘔吐するようなうめき声とともに、ハンナは石畳に叩きつけられた。


 慌てたテレーゼの姿をする魔物は二発目を撃とうとしたが、瞬時に踏み込んでいたアレクが光弾を打った腕を肩から両断し、返す刃で次は胴体。

 致命傷を負ったからであろう、テレーゼの姿はぼやけるように消え、胴の半ばで二つに分かれた魔物の死骸が残るに至った。


「テレーゼ、まさか、お前も」


 レオンは驚愕の顔を隠さない。当然だろう。最愛の妹を失うばかりか魔物に成り代わられていたのだから。


「ハンナさん、すぐに治療を!」


 フェリナが駆け寄る。だが、戦場で致命傷を負った兵士達をあれほど立ち上がらせたフェリナでさえ、できないことはある。

 その体を抱えたフェリナはすぐに負の感情が混じりあった悲痛な顔をするしかなかった。


「あっ、そんな……」


 肉体の破壊が許容量を超えていないならば、魂が残ってさえいればフェリナにかかれば再び立ち上がる力を与える事が出来る。

 でもそこに魂がないのなら。フェリナにできることはもう弔うことだけだ。


 魔物が放ったのは魂食いとも呼ばれるもの。肉体から人間の魂が問答無用で奪われる、魔物の中でも行使できる力を持った者は多くない上位の魔物や魔族特有の魔術だ。私とて初めて目の当たりにする。

 ハンナの魂はもうそこになかった。


「どうして気づかなかったの……私」


 フェリナは絶望したようにそう呟くが、答えはわかる。

 この場を探していなかったからだ。さっきの時点でフェリナの探知を免れている者がいたならばそれは広範囲探知では探すのは難しく、精度が高い近距離探知をかけなければすり抜けられてしまう。

 その近距離探知はこの場では用いていない。本来敵でないはずのものが敵だったのだから。


「フェリナさん。ハンナは貴女が使った成り代わりを見破る神聖魔術を使えたんですよね?」


 レオンはハンナの半開きの目をやさしく閉じる。


「はい」


「ならばどこかで、フェリナさんがいないときにハンナはテレーゼに向けて使っていたのでしょう。テレーゼと出会ってからハンナは私のそばを離れませんでしたから。妹の姿をした魔物を相手に、私が無防備に過ぎたから。だからハンナは言いそびれて…きっといざとなれば身を挺する覚悟で…」


「私、ハンナさんともっとお話ししたかった……」


 フェリナに一筋の涙がこぼれた。同時に、私達の詰めの甘さがこの事態を招いたことにフェリナのみならずアレクやカーター、そして私も最後は後味悪く終わることとなった。



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