第5話 前世の記憶3 覚悟と決意
その翌日。
会議をするからと昨日の応接室に集められた私たちは少々驚きの感情を持った。
昨日の最後の表情から一変。憑き物が落ちたような晴れ晴れとした顔をしたレオンがそこにいたのだ。
男爵二人もすでに在室していて、同様に晴れ晴れとした顔をしている。
「アレクさん、皆さん、我々は覚悟を決めたよ。国王陛下や王位継承権者のいずれかが生きていればそのために戦うが、もしカーターさんが言った最悪の事態になっていたら僕たちがこの国をまとめる」
「それで他の貴族は納得するのか?」
「わからない。ただ一応ウチは元をただせば5代前の国王の次男が興した分家だからな。爵位が高いだけで王統に連なっていない貴族達より格は上と言い張ることはできるし、そうだな、代々伝わる5代前からの遺命があるとも言い張ろうか。何か大きな災厄に見舞われたら国を頼むと当時の国王から当家は勅命を受けているんだと」
「なるほどな。で、具体的にどうするんだ?」
「ああ、策はある」
レオンに促されたガルムが地図を出した。
「ウチの領地はここ、ファムスとトリスタン両家がこことここ」
白い石を置いた。こうしてみると、魔族の勢力圏に対してニールセン家を先頭にした三角形をしている。
「あと、先の国軍の侵攻に正面から異を唱えて謹慎させられているアーリム伯爵家がここだ。ここは味方にできると思っている。最低でも邪魔にはならないだろう」
三角形の南西側、ファムス領の隣の区画に黄色い石を置いた。
「そして先の侵攻で先頭を切り張り切っていたブラン侯爵領がここ」
アーリム伯爵家とは逆側に黒い石を置く。
「そして王都とその直轄領がここだ」
ブラン侯爵領を挟んだ反対側に黒い石を置いた。
「今、我々の兵とブラン侯爵の兵がトリスタン男爵領との境目で睨みあっている。あっちからは国王の名前で全軍で魔王軍に攻め込めと矢のような催促だ。馬鹿馬鹿しい」
「だが、魔王軍とまだ距離がある貴族たちは王命に従わない我々に対して反感を持つ者も現れつつある。事情を知らないのだろうが、歯がゆいことよ」
「つまり、時間がないのね。アーリムという貴族はともかくそれ以外の貴族たちが本格的に敵に回る前に何とかしなければと」
「そういうことだ。先の攻撃も王命に従わない懲罰だとすら思われているからな。そこで、アレク殿らがいるからこそできることがある。軍勢はすべてここに残していく。その指揮はガルムとファスラに任せる。俺と側近数名、及びアレク殿の一行の少数精鋭で王城に忍び込み、魔族を倒す」
一度一同の顔を見渡してから再び続けた。
「我々の軍は魔族の目を引くための陽動だ。こちらから仕掛けることはないが、ブラン領に攻め込む構えを見せ続ける。同時に、アーリムを味方に引き入れるよう交渉する。アーリム軍がブランの側面をうろうろしてくれる程度でいい。そんな動きに注目が集まっている間に王都に潜入する。ちなみにだ、5代前とはいえ王に連なる血族だからな。王城の侵入ルートなんていくらでも心当たりがある。そこは任せてくれ」
「わかった。みんなはそれでいいか?特にフェリナ、体調は?」
アレクが私たちの方を向く。
「いいわよ。もう体調もよくなった。明日にはいつも通り動けるわ」
次に私の方を向いたので頷きで返す。
「よし、決まりだな。じゃあ具体的にどう動くのか教えてくれ」
「了解した。じゃあ…」
そこでまず示されたのは既に何度もアーリムに勧誘の使者が送られていること、そして使者を送っていることを自然な形とはいえ故意にブランにリークしていることだ。
同時に、アーリム旗下の兵士の一部に家臣の縁者等を通じて通常行わないような訓練や演習を自主的に行わせる。
これでアーリムはこちらの意向に従って動くのではないか、そう思わせることができる。アーリム伯爵自身は何もしていなくてもその兵士たちの動きから邪推してくれればいい。伯爵自身がその気になればその訓練はそっくりそのままこちらの優位な要素となるから損がない。
そして、魔王軍との境界線付近に7,800程の兵を残し残りを全部両男爵率いる軍に統合して南部に派遣。こちらから積極的に手は出さないがニールセン伯爵領に侵入してきたブラン兵は容赦なく刈り取っていく。
こうしているうちに、私たち潜入部隊はこの刈り取りに遭い敗走する兵の振りをして領内に入り、治療する聖女と後送される兵に化けて奥深くへ…という内容。
「普通に迂回したり山道を通っていくのはダメなのか?」
カーターの疑問ももっともだと思う。
「それも考えたが、偵察させたら獣道も含めてどの道にも巡回している敵兵がいるらしい。かといって森の奥深くを通っていたら時間が惜しいからな。見つかった場合に強行突破するのは変わらない以上、早く通れる可能性が高い方法を選ぶ」
「そうか、わかった」
あとからカーターに聞いたが、納得はしていなかった様子。だが彼らは雇い主だし、何よりもこの国に何の責任もない私たちがそこまで口を出す必要はないだろう、そう考えていたようだ。
「それでだ。首尾よく王都に侵入できたとして、その後どうするんだ?相手も馬鹿じゃないだろう。侵入者がくるくらいは想定しているんじゃないか?」
「ああ、それは問題ない。実はな……」
***
数日後、ガルム領とブラン侯爵領の境界線付近。先日の先頭で鹵獲していたブラン兵の鎧を着こんだアレクやカーター、レオンとその従者2名。そして私たちが歩いている。
その鎧は故意に傷がつけられていて、偵察をしていたらブラン兵狩りに遭った体を装っていて、既に肩を借りて歩く演技を始めていた。
「じゃあジュリナ、いいわね?」
「ええ」
フェリナはなにやら神聖魔術を唱え、自身と私は光に包まれていく。
私は光に包まれたことは認識したが、その光が収まっても何の変化も感じ取れなかった。
「これで本当に効果があるの?」
「ええ。私たちの存在を元から認識していない相手からは気にされなくなるわ。以後敵が近くにいるときは声を出さないでね。呼吸音くらいならいいけど、声を聞かれたら効果がなくなっちゃうわ」
「わかったわ」
これは上級神聖魔術の一つだ。かなり強力に周囲の人間の認知を狂わせることから、フェリナの最高の神聖魔術ほどではないにしても魔術を解除するまでフェリナは消耗し続けることになる。
境界線が近づき、いつ敵兵と遭遇してもおかしくないからついにこの手札を切った形だ。集落に近づくまで、気にされてはいけない。
あくまでも、負傷し退却している中で偶然近くの村を通りかかったら聖女がいたため治療しながら後送するというシナリオなのだ。
それまではフェリナの我慢が続く。
数時間歩いて、敵の偵察と遭遇した。
「待て!どこの兵だ!」
相手は4名。私とフェリナには視線が向いていない。私たちは、多少の音は立ててもいいが声を出してはいけない
「カルニッツ子爵の所属だ……敵の斥候に不意を打たれて…このざまだ。追撃してきているかもしれない。見てきてくれ。20分ほど先だ」
負傷兵に化けている一人のレオンが見事な負傷兵のふりをする。ガラガラな声、定まらない視線は迫真の演技だ。
「なんだと?よし、行け」
4人とも私たちが来た方へ走っていった。敵の目に穴が開いた。今が好機。
走っていく4人組が遠ざかり視界から消えたのを見届けた私たちは道を急いだ。そして村の聖堂に一度立ち寄り、すぐに発った。
あとはごまかし方を変える。他人から見たら聖堂に5人で入って出てきたのは7人だ。増えた二人は聖女の装いをしている。これで聖女が付き添いながら後送される体を装える。
もうフェリナがすり減る心配はない。
ほっとしたフェリナの姿がある。多分彼女は先日の疲労が抜けきっていない。できるだけ彼女の負担を減らすようにしなければ。
こうして、私たちはブラン領を抜け国王直轄領に侵入する事が出来た。
目指すは王城クリスタルブルクだ。




