第4話 前世の記憶2 最悪の想定
ニールセン伯爵家は、ついにベルン王国まで迫った魔王の勢力圏と接する最前線を守る家の一つだ。元々辺境領主として対外戦争を意識した街道整備や兵力の充実を図っていた上、魔王軍がもっと遠くにいる間から対魔王軍を意識した備えを急いでいたからこそ、この国境は持ちこたえ続けている。
この大陸の西岸諸国は魔王軍に敗退したという噂すら聞こえてくるというのに、魔王領からそこまで遠く離れていないベルン王国が未だに健在なのはこのおかげだ。
「お二方、体調はもういいのか?」
「ええ、大丈夫です。二日休んだらよくなりました」
「私もよ」
私は一晩寝たら回復していたがフェリナは昨日一日寝込んでいた。だから今も少し顔色はよくない。
戦いの数日後、伯爵の邸宅。
ここもきらびやかとは程遠い武骨な城壁で囲まれ、魔王軍の襲来に備えている。
その奥にあるレオン・ニールセン伯爵専用の応接室。
伯爵家主人とその客人しか使うことを許されていない最も秘密が守られる部屋に、私たち勇者パーティーと主人のレオン、そして援軍を送ってくれていたガルム男爵、ファスラ男爵が顔をそろえている。
「それはよかった。さて、先の戦いは皆おかげで無傷と言っていいほどのわずかな損失で魔王軍の大軍を撃退できた。改めて御礼申し上げる。ただ、我々はもう限界に直面している」
「お金はもらっているしお礼はいいよ。だが限界とはどういうことだい?」
アレクが問い返す。
「武器も、防具も、食料も。あまり残っていないのだ。それに兵士として補充できる適齢期の男の人口もすり減り続けている。もはや先日出た兵たちと、領内に残した最低限度の兵たち。そして説明した理由で魔王軍との前線の反対側に張り付けている1000名ほどの兵士たちで我々の戦力はすべてと言っていいだろう。これ以上となると老人や女、子供を徴兵せざるを得ん」
「それは我々も同じなのです」
ファスラ男爵のところも事情は同じらしい。ガルム男爵も頷いたところを見るともはや共通の危機を迎えていると言っていいだろう。
「皆の援助がなければ、おそらく先の戦いで大損害を受けたのはこちら側だ。大きく前線を後退せざるを得なくなっていただろう。最低でも次の収穫期まで農地を守らなければならんと思っていたが、皆がいなければ全部失っていたに違いない」
我々に対して数で勝る魔王軍との戦いがあったにもかかわらず反対側に張り付けられていた1000人。
3家が動員できる戦力の3分の1もの戦力を魔王軍との戦いとはまるで関係のない反対側に張り付けざるを得なかったのは、背後から攻撃されたからだ。
攻撃してきたのは、ベルン王国軍。王家とその譜代の貴族家が率いる軍勢だ。この瞬間にも、背後に張り付けられた兵士たちが交戦しているかもしれない。
「信じられなかったが、合点がいったよ。攻めてきた魔物の数といいね」
ガルムはこの戦いの直前に何が起きているのかをレオンから明かされた。レオンはそれまで幼馴染でもあり親友でもあるファスラにだけ、王都にいたレオンの妹がもたらしたとんでもない知らせの相談を持ち掛けていたのだ。
レオンの妹はファスラも知己があったためでもある。
「つまりこれは、魔族の侵攻計画の一端だったわけだ」
「ああ、そうだ。アレク殿らのおかげでその出鼻をくじくことができたがな」
実はレオンの妹はすでに連絡が途絶えている。
最後に彼女がしてきた内容がまさに先日の戦いそのものだったのだ。
初手でベルン王国軍が3貴族家の背後を適当な理由をつけて攻撃し、それに応戦するため兵力の多くを割いたところに今度は正面から魔王軍がこちらを上回る戦力で攻撃をかける。
するとレオンらはどうしても後ろに備えを残しておかなければならず、劣勢な戦力で無謀な野戦には挑めないからどこかの街に立て籠らざるを得ない。そこで守る者のいなくなった国土を蹂躙し、ますます膨れ上がった魔族の軍勢をもって街を囲み続け飢え死にに追い込むと同時に、この国で最も勇猛で知られる3貴族家の戦力を宙に浮かせたままにするというもの。
だがたまたま付近を通りかかっていた私たち一行がいた。
報告された魔王軍の侵攻戦力に籠城を準備していた中、私たちがいたため野戦に打って出た。
計画通りだと舐め切っていたと思われる魔王軍から見ればまさかの展開に戦場の選択に対する主導権を失いこちらが高所を抑えたことから、高度的優位を失った状態からの戦いを余儀なくされた形になったのである。
それでも多少の地形的不利は跳ね返せるだけの戦力差があったはずだが、あとは先日の戦いの経過通り。
敵の迂回集団は全部私が叩き潰した上、常に上空を乱気流やかまいたちで満たして有翼の魔物は寄せ付けなかったし、人間側の戦力は魔族の軍勢と正面衝突したがフェリナの治癒神聖魔術によって半ば不死の軍勢と化し、魔物達を圧倒したのだ。
2000人ほどいた内こちらの死者は100名に満たず。フェリナと私の治癒魔術のおかげで生存者のうち後遺症が残るような負傷者は一人の指の数で数えられる程度。魔物の死骸は概算3000とも報告があり、魔王軍との戦いの歴史上最高と言えるほどの一方的勝利ともなったのだ。
「妹のことは、もう諦めている。だが兵力を温存したまま勝利できた。これで魔族に乗っ取られたベルン王家に挑むことができる」
そう、妹が伝えてきたのは、出仕していた王城で国王や王太子に魔族が化けている様だったのだ。同じく出仕していたトリスタン男爵家の縁者を通じる形でレオンのところに報告を入れた。
そして最後の報告が例の戦いの計画。手紙を書くことすら叶わず、たまたま帰郷の予定があったトリスタン男爵家の縁者に伝え、それが当主ファルスとレオンに伝わったのだ。
それ以後、妹からの連絡はない。
「とはいえ、正直なところ人間同士の殺し合いはしたくない」
レオンにガルムとファルスが頷く。
「ああ、国王がもし魔族と化していてもそこに仕える兵士たちまで丸ごと魔族に乗っ取られたわけではあるまい。彼らは本来魔王軍と戦うべき戦力だ」
「左様。いかに犠牲を少なく、陛下になり替わった魔族を倒すかを考える必要があろう」
この3人の貴族は優秀だ。その上互いに共通の価値観の下での結束を感じるのだ。だから同じ方向性を示せさえすれば間違いは犯さないだろう。
ただし、私としては気になることがあった。
「で、国王は生きてるの?」
「わからない。殺されたと考えているが……」
レオンは力なく首を振る。
事態が事態でもあり仕方のないことなのかもしれないが、妹は国王や王妃らの生死については何も言ってきていない。
だから国王らが生きている場合と殺されている場合の二通りを想定しておく必要があるのだ。
「なあ、一ついいか?」
あまり発言をしていなかったカーターが口を開いた。
「なんだ?」
「こういう場合は最悪の事態を想定しておかなきゃいけないっていうのは、君らならわかっていると思うんだが、最悪の定義とその時の行動はきちんと決めておいた方がいい」
「もちろん陛下が殺されていることは想定して…」
「足りない」
「なに?」
「この場合の国としての最悪は、国王どころか王位継承権者全員が魔族に乗っ取られて殺されている場合だ。その場合やつらを全員倒したとして、その後どうする?誰が国を引き継ぐ?それとも各貴族がばらばらに国を建てるのか?」
「な……!」
3名の貴族は絶句した。自らがやろうとしていることの究極はこの国の簒奪に近い。もちろんその最悪事例であれば王位に就く者が誰もいないのだから簒奪と言えるかどうかわからないが、実力で空位となった王位を奪うということに変わりはない。
「今決める必要はないと思うが、ばらばらになってしまっては倒す意味がない。だから、ここでのリーダー格は伯爵だろう?覚悟を決めておいた方がいい」
どんな覚悟かをカーターは言わなかった。
でもレオンはその内容は十分に理解したらしい。やや戦慄した表情をする彼は、二人の男爵と頷きあった上でこの場の散会を宣言した。
先日の戦いは圧勝の形で終わったが激闘だった。今日明日は兵馬を休ませないといけないし、武具の整備も終わっていない。動き出すのは、それからだった。




