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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第13章 ニールセン帝国、繰り返されたもの
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第3話 前世の記憶1 平野の会戦

 約700年前。

 ベルン王国(後のニールセン帝国の一部)、ニールセン伯爵領北西部国境付近。


「押し返せぇっ!」


 きらびやかな甲冑を纏い白馬に乗った青年の下知に鍛え上げられた兵団が勢いよく、しかし整然とした嚆矢型の陣形を維持したまま剣や槍等獲物の白刃を煌めかせ、雨のように矢を射かけ崩した魔物の軍勢に突入。

 なだらかな斜面の上側に布陣していた彼らの勢いはすさまじく、その衝撃が魔物の陣を崩してゆく。

 

「ふぅ、ギガントトルネード!!!」


 斜面のさらに高いところにいた私の杖が注ぎ込まれた膨大な魔力に呼応し輝き、迂回を試みていた別の魔物の軍勢は発動した上級風魔術による巨大な竜巻に飲み込まれ、竜巻内で衝突しあい、脆い魔物は遠心力に耐え切れずちぎれ飛び、竜巻から放り出された魔物ははるかな高さから無防備に地面に衝突することを余儀なくされ、いずれにおいても死という結末を迎えていた。

 それらは人魔の軍勢同士が衝突する中央正面に対し背後を取るべく迂回進撃をかけていた魔物の群れで、その部隊の指揮官である魔族共々吹き飛ばされたのだ。


 迂回部隊が出現するたびに同じ光景が繰り返される一方、きらびやかで目立つ青年は両脇に近衛とは異なると一目でわかる異色の甲冑を身につけた騎士二人を引き連れ、目立つがゆえに味方の陣の間をすり抜け次々と青年目掛け押し寄せる魔物達はその二人の騎士と青年の近衛により斬り捨てられてゆく。

 

 青年の下知により突入した軍勢は魔物の激しい抵抗にあい多くが傷つき倒れるがたちまち白い光に包まれ、即死を免れてさえいればその命を長らえ、再び立ち上がり戦うことを許されていた。

 これは大聖女と呼ばれたフェリナの上級治癒神聖魔術がもたらす奇跡ともいえる光景だ。

 個々の力では劣る人間の兵士達が、倒れても何度も立ち上がり力と体格に勝る魔物の軍勢に立ち向かうのだ。

 一体、また一体と魔族の戦士や魔物が倒され徐々に魔物の軍勢は人間の軍勢に半包囲され、ついに包囲されるに至った。

 それを支援するべく別方向から進軍してきていた魔物の軍勢は私の上級魔術の乱射ともいえる波状攻撃で壊滅し、さらに本陣を狙って単独または少数ですり抜けた機動力に優れる少数集団も二人の騎士を擁する青年の近衛を抜くには至らず。

 

 時折魔術が使える魔物がやっかいな面制圧兵器と化している私や、その隣で一心不乱に治癒神聖魔術を連発しているフェリナを狙って魔術を放ってきていたが、私が魔術を相殺しつつ3倍返しで中級魔術を叩きつけて無力化。それを繰り返した結果、もう魔術を使う魔物は敵にいない。


 軍勢が包囲され劣勢に陥る中、それらを率いる魔族の将軍が一発逆転を狙い白馬に乗った総大将である青年の首を取りに来たのは自然な流れといえよう。しかしその刃が青年の首に届くことはなかった。

 空を飛んできた魔族をすんでのところで阻止し斬り合いに持ち込んだアレクの剣技は魔族のそれをも凌駕していたのだ。

 一合、二合と打ち合い追い込まれたのは魔族の方だ。


「くそっ!なぜ人間ごときにこうなるのだ!貴様!何者だ!」


たちまち傷だらけになった魔族が数歩の距離を下がり誰何する。


「勇者アレク」


 これまで多くの人々を救いここまで来たアレクはもはや勇者の佇まいだ。

 その気迫が、魔族を圧する。


「アレク……貴様の名は覚えたぞ。今日のところは致し方なし。だが勇者を名乗る以上こちらに攻め入るつもりだろう。待っていてやるぞ。魔王様のお手を煩わせる前に殺してやる!」


 捨て台詞を吐いた魔族は、黒い羽根を羽ばたかせて戦場から離脱していった。私は空を飛べるのは便利だなと思考の片隅で羨ましがりながら杖を向けて追撃の魔術を放とうとしたが、近寄ってきていたカーターにそれを制される。


「カーター?今倒さなくていいの?」


 私を制していた手を下ろしながら、カーターは戦場を見渡す。


「ああ。待っていてくれるらしいじゃないか。ならあっちからはしばらく攻めてこないだろう。今はそれで十分だ。それ以上にこの国でやることがある。まだ戦いは終わっていない。魔物の掃討が先だ」


 なるほど、確かにそうだ。

 私たちは今、”レオン・ニールセン”というこの国の伯爵に雇われている。きらびやかな甲冑を纏い戦を指揮する青年の名だ。

 依頼の内容はこうだ。


 ー魔族に乗っ取られたベルン王国を奪還するのに協力してほしい


 私たちは今、この国を救うために戦っている。

 

 カーターに言われて私は方針転換。未だに戦いを続けている魔物に対して攻撃魔術の射撃を続ける。

 味方の軍勢がいるところに強力な魔術は厳禁だ。味方撃ちのおそれがある。

 だから回り込もうとする知恵の回るやつを最優先に、次に味方との距離があるやつ、そして逃げ出したやつを1体ずつ順々に圧縮した中級魔術で仕留めていった。


 味方はレオン・ニールセン伯爵の直属に加えて遠い親戚で友邦であるガルム・ファムス男爵、レオンの友人でもあるファスラ・トリスタン男爵から派遣された軍勢も加えた2000といったところ。

 ベルン王国北西方面を守る主要3貴族家そろい踏みと言ってもいいだろう。

 彼らがこの方面で魔王軍と戦いつづけてきた正面戦力だ。

 

 それにしても…


 私は撃てる目標がなくなってきたため、あらためて戦場全体を見渡している。

 戦場に散らばる死体はほとんどが魔物や魔族のものだ。人間の兵士の死体は魔物の死体の数と比べたら些細なもの。

 ただし人間の死体は多くが首を刎ねられたり、胴体が抉られる形で食われていたりと即死した無残なものばかり。

 ただそれでも、倍以上の数を擁し、しかも個々の力においても優れる個体を多く持つ魔物の軍勢相手に1対10以上にも見える損失比率で勝利をほぼ手中に収め、掃討戦に移っているのだ。完勝と言っていい。これ以上を望むのは贅沢がすぎるだろう。


「フェリナったら、本当に反則ね」


 そうひとり言が漏れたのは自然なことだ。


 魔族の率いる魔物の軍勢相手に規則も何もないのだが、それでもフェリナの圧倒的な力。神に愛されたといわれるその力は明らかに戦いの結果に直接的かつ劇的な影響があったのだ。

 私とて人間の軍勢1000人分の働きはしたと思う。私一人が葬り去った魔物の数だって500はくだらず1000に迫るだろう。

 とはいえ、面制圧的な私の上級魔術は敵味方が混在する戦場で万能というわけではない。面制圧ができないならさっきみたいに初級や中級魔術で一体一体狙撃するように倒していかなければならないのだ。

 それと比べたら致命傷を負ったくらいじゃ死なせてもらえないフェリナの神聖治癒魔術は恐ろしいほど味方の死を防いだ。当初は少なからず恐怖心が見られた軍勢も、即死以外なら生きて帰れると知ってからは戦場特有の高揚感も相まって大胆な攻撃を見せるようになり、人間が本来するはずがないそんな戦い方に、逆に魔物の軍勢から明らかな動揺が見られたほどだ。

 つまるところ、この戦場でより多く魔物を殺したのは人間の軍勢だ。


 そんなことを考えていたら勝どきの声が上がる。ついに戦場に残った最後のオークが十数の槍を一度に浴びて倒されたのだ。戦いに勝利し、一方で壊滅的ともいえる大損害を受けた魔族の軍勢はさっき魔族が待っていると啖呵を切ったことも相まってしばらく攻めてはこないはずだ。

 

 私たちのこの戦場での目的は、しばらく魔族が攻めてこない環境を作り出し軍を王都に返して戦う十分な時間を稼ぐことにあったのだ。目的は達した。


「お疲れ、フェリナ」


アレクが近づくと、それに気づいてふらふらとアレクのところに馬を寄せてきたフェリナ。


「ええ……少し疲れたわ」


「いい、休め」


 か細い声をしぼりだしたような顔面蒼白のフェリナは力なくアレクに抱えられ、そのまま崩れるように体を預けて目を閉じた。空馬となったフェリナの乗馬はそのまま走り去る。

 アレクはフェリナを静かに抱きしめた後、こちらを一瞥。カーターと合図を交わしたら片手で器用に馬を操り、街の方角へと走り去った。


「ああなるのも久しぶりだな」


 遠ざかる後ろ姿を見ながらカーターが昔を思い出すように言った。


「私は初めて見たわ。やっぱりあれだけ上位の神聖魔術を使うと消耗が激しいのね」


「そうみたいだな。ジュリナが加わって負担も減ったみたいだが、さすがに何百人を同時に回復し続けるのはきつかったみたいだな」


 きついどころじゃないだろう。傷を治すくらいなら私にだってできるからわかる。

 味方2000人全員が同時に戦っているわけではないにしても、注意を払わなければならない兵士は同時に常時数百人。その中から秒単位で生み出される致命傷を含めた重傷者達を戦えるレベルに即時治療することの魔力消費を思うとぞっとする。

 私の治癒魔術とは異なり、神聖魔術での治癒は普通あそこまで瞬時の回復はしないのだ。それを無理やり即時回復の領域まで高めていた。

 だから魔力そのものだけじゃない。精神の消耗も恐ろしいことになったはずだ。混乱した血みどろの戦場を”遠視の神聖魔術を使いながら”注視し、傷を負った兵士を見逃さないことも当然必要になる。その上治療の順序を即時に決定しなければならないのだ。

 今までの彼女を見ていて思うのだ。多分彼女は、戦争が嫌いだと。人が傷つくのは見たくもないだろう。嫌なものを注視し、直視し、そして人々を再び戦わせ、傷つける。それがどれだけフェリナの負担になってしまったのだろうか。


「じゃあ私が生き残ったけが人を治療しにいくわ。手伝ってくれない?」


「ああ、もちろんだ」


 だから後始末は私の仕事だ。

 カーターと引き上げてくる味方の軍勢に馬を進める。肩を貸されて歩いていたり、担がれている者も大勢いる。

 これは、私も骨が折れそうだった。そのけが人の物量に思わずしかめっ面をしてしまったかもしれない。

 カーターや元気な兵士が治癒魔術が必要な負傷者を至急治療が必要な重傷の順に並べて、私はそれを順番に治療していく。

 その数ざっと800名。生き残った兵士のほぼ半数が治癒魔術が必要なほどの負傷をしていたのだ。フェリナが手を抜いていたわけじゃない。無理をして、身を削った最善の結果でこうだったのだ。

 本来癒し手となるべき聖女や魔術師は動員できる限り別の方面に投入されていて一人もここにいない。すべて私がやらねばならない。パッと見た限りでも内100人ほどは短時間の間に治療しないと命に関わる。急がないと。

 要治療者全員を治すのに数時間と膨大な体力と精神力、そして魔力を要してしまい、さすがの私も魔力切れ寸前となり疲労の極みを優に通り越した。


 全員の治療を終え引き上げる頃には馬に乗る体力も気力もなく、さっきのフェリナと同じようにカーターにすべてを委ねたところで、意識は飛んでいた。


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