第2話 それは軍事国家
お肉を振舞った街の人たちはすっかり私たちに心を許してくれたようだ。張りつめた糸のような緊張感があった街が少しだけ緩んでくれたように思う。
もちろん全員分の肉なんてないが、肉を煮込んだスープだけでも多くの人の心を温めてくれるのだ。それは多くの人々に振舞われた。
「ま、肉を食べないと人間イライラするもんな」
というのはギルの言いようだけど、その通りだと思う。男手がなくなり危険な魔物狩りもできなくなったことから肉類の供給が著しく滞ってしまっていたらしい。
私たちが持ち込んだものも量としては些細なものにすぎないけれど、これだけの量でも喜んでくれるのだからどれだけ不足していたんだろうか。
「ありがとうございました。わざわざお肉を提供してくださるとは。お礼に宿代は割引するよう伝えておきます」
「ええ、ありがとう」
山からとってきたもので少しは豪華な食事をとっていた私たちに老兵が礼を言いに来た。なんとこの人、今この小さな町の責任者でもあるとのこと。
それならこの国が抱える現状を聞いてもいいかもしれない。戻って迂回するのも構わないといえば構わないが、せっかくならばまっすぐ進みたいからだ。
「ねえおじいさん、ニールセンと戦争をしているって話だけどこの分だとあまり戦況はよくないのかしら。今どうなっているの?」
老兵はため息をつきながら一度視線を下ろして、少し遠くを見るような仕草をしたかと思うと、今置かれている現状を語り始めた。
「そうじゃな。戦況はよくない。あれは3年ほど前のことじゃった」
老人が語った戦乱は、3年前のニールセン帝国からマール王国に突きつけられた理不尽極まるといえる要求書に端を発する。
5か条からなるそれの記載は要約するとこうだ。
1 第一王女を帝国皇帝の側室に
2 第二王女を帝国公爵の側室に
3 帝国第二王子がマール王国全権宰相となること
4 マール国王の退位と末っ子の第三王子(当時3歳)への譲位と帝国国内での隠居
5 マール王国第一、第二王子を帝国大学への留学
要するに国王一家を全部人質に出した挙句、王位は言葉もまともにしゃべれない幼児に移し国政を帝国から送り込まれた宰相に仕切らせろ、そういうことだ。
戦わずに滅びて吸収されろと言われているに等しい。こんなもの飲めるわけがない。
だから2年ほど前、交渉の引き延ばしも限界に来たマール王国は武器を取った。当然だ。
理不尽な要求に対し勇ましく武器を取った。それ自体はいい。
断交を突き付けたマール王国に対し帝国軍の一方面軍が侵攻をかけた。
ある程度の地の利があるマールも当初はなんとか優勢に戦いを進めたらしい。
しかし国力は10対1とも15対1とも言われているほど力の差がある。帝国の援軍が続々と到着し、当初相手にしていた方面軍と同じ規模を持つ帝国軍が3つも4つも出現。
たちまち守勢に回ったマール王国軍は戦線の維持すらままならないという状況で徐々に国土を蝕まれ、今や国土の3割を失い、2割が戦場と化してまともに農地などとして使える国土は当初の半分を切った状況。
その過程で戦える年齢の男子はほとんどが動員され、土地も減ったことから食料生産も先細りとなり、この国は疲弊の極みにあるという。
帝国軍側が無理をしてまで攻めてきていないことから彼我の戦力差の割には国土を侵されていないが、それは逆に帝国軍が損失を抑制しながら堅実に侵攻をかけていることを意味していて何の慰めにもならない。彼らがその気になればこれまで取られた以上の領土を数日にして奪われるだろう。
そのような状況からマール王国軍は当初は士気も高かったが、今や逃亡兵も目立ち始めたために徴兵逃れをしたり逃亡したりした者をとらえて軍に復帰させるのがワシの仕事になってしまった。
そう老兵は話を締めくくった。
「ひっでえ話だな」
カイルの率直な感想。私もそう思う。
「これは極端な例かもしれないけど結構あることさ。国力に大きく勝る国が軍事力を背景にして国力が劣る国に理不尽な要求を突きつけるっていうのは。だけど露骨だね。まるで戦争をしたがっていたみたいじゃないか」
「どういうことだ?」
「聞けばマールは帝国と比べたらあれかもしれないが国としてはそれなりだ。だからこうやって戦おうと思えば戦える力があった。だからおよそ飲めない要求を突き付けて暴発するのを待ってたんだろうね。戦いたくないけど攻撃されたから戦いますって」
「手を出さざるを得ない状況に追い込んでいたのね」
「そう。でも帝国がそういう要求をしてくる前段階があったんじゃないのかい?いくら何でも前触れもなくそんな要求突き付けてくるなんて考えにくいんだけど」
老兵は少し考えるようにして、思い当たる節があったらしい。
「代替わりがあったんじゃ」
「代替わり?マール王国の?」
「いや、帝国の皇帝が5年前に崩御しての、即位した新皇帝がそれまでの帝国のやりようを一変させてしもうた。それまではマールも立場も国力も弱いながらも帝国とはうまく付き合っておったんじゃが」
「で、皇帝は誰に変わったの?」
「皇太子の……ヘスカルと言ったかな」
「ヘスカルねえ。そいつは元から問題があったのか?」
「そんなことはなかったはずじゃがのう、ヘスカルが帝位につくこと自体は誰も文句を言っておらんかったが…」
「突如人が変わった、そんな感じか?」
「そうらしいのう。こちらよりも先に帝国北側の小国にも軍事侵攻をかけておって、そこは滅亡してしまったというし。あそこは帝国皇室と仲が悪かった事情もあるからそれが原因じゃろうとは思っとったが、ウチの国王夫妻は帝国貴族とも親交があったほどじゃし……」
「マールだけじゃないのね」
「そうじゃ……のう、お主らは依頼を受けて金を稼ぐ冒険者じゃろ?」
「ああ、そうだ」
「なら、儂はウィルヘルムと言う名なんじゃが、頼まれてほしいことがある」
あまりいい依頼ではない気もするが、話は聞いてみようと言うことになった。
地図を引っ張り出してきた老人は帝国とマールを結ぶいくつかの街道を指して説明を始める。
「帝国軍は今街道のある5方面から攻めてきておる。そのうちの一つ、最も西から来ている集団を率いておるのがレオンという男での、3代前の皇帝の弟の家系なんじゃが彼は良識派として知られておってのう。彼なら話が……」
「レオン……」
その名を聞いたとき、私の意識は老人の言葉ではなく前世の記憶へと向いていた。
次回からしばらく前世編となります。前世のお話は今まで幕間と称して割とまとめて投稿していましたが、今章では通常通りの投稿となります。




