第1話 暗い町
ポートサンセットから1年と6か月。ニールセン帝国の手前に当たる隣国マールに到着した。マールの小さな宿場町をいくつか超えて、とある村にたどり着いたのだが……
「なんだか……暗いわね」
天気のことじゃない。マゼルやポートサンセットのような開かれた明るい街をつい最近見てきた私たちには、この国の空気のおかしさが肌で感じ取れたのだ。
子供たちこそ遊ぶ声が聞こえてくるが、大人たちの様子がどうにもおかしい。
そして気づく。男たちがいないと。
「老人子供と、女しかいないな」
初めて気づいたのはカイルだった。言われてみると働き盛りの男の姿がほとんどない。
ようやく一人見つけたその人は片腕がなかった。
「戦争でもしてるのかな」
「戦争?」
エスタがそんな予感を漏らす。
「うん。戦争が続いている国はね、大体こんな感じで戦える年齢の男たちが引き抜かれて老人と女たちで家を守らないといけなくなるんだよ。腕をなくした人がいるのだって、戦いに不適格になったから戻された…そういうところだと思う」
実際に戦争してるかはわからないけどねとエスタは付け加えたが、街を見れば見るほどそれが正しい予想であるように思えた。
「ちょっと君たち」
「はい?」
不意に背後から街を警備しているであろう老いた兵士に声をかけられた。
「どこの者だ。どこから来た。目的は?」
みんな一度目を見合わせてカイルが前に出た。
「俺たちは海の向こう、マゼルからポートサンセットに渡ってきて、サルステットを目指して旅をしている者だ。だから質問に答えるなら、別の大陸から来た旅人だ。ここはその通過点。目的はサルステットに行くことだ。……これでいいか?」
「なんと!海の向こうから!これは失礼致した。徴兵を逃れている男がいるのではと思いましてな。ただ生憎、ここからサルステットに伸びる街道はところどころ戦場になっております。戦争が終わるまで待つか、戻って迂回されたほうがよろしいですぞ」
「徴兵逃れってことは、戦況よくないんだ」
「儂の口からは何とも申し上げかねる。ただ、ニールセンを向こうに回しては……重ねて申しますが、皆さま、サルステットを目指すなら引き返して別の道を進んだほうが無難ですぞ。それでは」
そう言い残し、老兵は詰所のようなところに帰っていった。
「負けてるんだろうね、この国。勝っているなら多少徴兵が厳しくてもそれなりの明るさがあるもんさ」
エスタはこれまでそういう国をいくつも見てきたのだろう。
「ニールセンが敵みたいことを言ってたわね」
「たしか大陸最大の国だったか。そんなところと戦争をして大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないからこうなっているのさ。ただ、小国には小国としての振舞い方っていうものがある。国力に差がありすぎるなら多少の屈辱を甘受して戦いを避けるのが普通なのさ。だけど戦いになってしまったってことはよほど何かがあったのか、それともニールセンの方が戦いたがっていたかのどちらかだろうね」
「ふーん、そうなのか」
ギルとしてはその辺はどうでもよかったらしい。でもエスタは続けて、どうでもよくないことを告げたのだ。
「しかしこの分だと……」
「どうしたの?まだ何かあるの?」
「いや、多分食料も不足してるだろうから宿のご飯はあまり期待できないかも」
「えっ!?」
旅人の楽しみの多くはご飯だ。マトモな街や村で食べられるものは小さな宿場町の食べ物よりは豪華なものが期待できるのに。
ご飯に期待が出来ないという事実に、ギルもそうだしカイルも渋い顔をしながら頭を抱えることとなった。
***
エスタが予想した通り、宿が出してくれた食事は固いパンと乾いた果物少々。それだけだった。その割にお値段もする。
「いやー、聞いてはいたけど肉はないか。酒がないのはまだいいが肉がないのはきつい」
乾いた果物をちびちびと齧りながらカイルがぼやく。
「そんな贅沢言っちゃ駄目さ。ここは戦地なんだから」
「明日山に潜って食べられる魔物狩りでもするか。携行の干し肉は自力で調達しなきゃダメそうだ」
干し肉を自分で作ると日数もかかるし味にムラもできやすいから専門店で買ったほうが結果として安上がりになりがちなのだが、こうなってしまえば是非もない。自力で調達するしかない。
「そうしましょうか。明日は山で獣や食べられる魔物狩りね」
「異議なし」
そんな話をした翌日、山に潜った私たちは食べられそうな魔物を探した結果、中型鳥類の魔物の群れを発見。
鳥類の魔物は基本的に美味しく食べられる。現状を考えるとこいつらを逃す手はない。
声もなく視線を皆に送って合図し、狩りの開始だ。
まとめてエレクトリックで動きを鈍らせた後間髪入れず私の魔術、エスタの弓矢やカイルとギルの吶喊で群れの半数近い数に当たる数十羽をたちまち捕獲。
すぐに現場で毛と肉を分類して必要以上の分を確保した。
その上猪が魔物と化したブラックボアと呼ばれている魔物が襲い掛かってきてくれたから喜んで狩らせていただいた。
猪としてはかなり大柄なこいつは鶏の魔物なんかと比べたら食べられる部位の量が違う。
しかしここは人里までそこまで離れていない。こんな距離まで魔物が平然と歩いているのだから本当にこの国はぎりぎりなのかもしれない。
「じゃあギル、頼むぞ」
「あいよ、任せといて」
そういいながらギルが背負った物は自分たちでは到底食べきれない余剰分の魔物の肉と毛皮だ。
この国には絶対的に肉と毛皮が不足しているだろう。冒険者としてはここで稼がない手はない。私たちはそこそこ強いと思っているし、実際こうしてちょっとした魔物が相手なら苦も無く狩る事が出来る。
だからこそ普通の人たちが到底できないこういった手段でお金を稼ぐことができるのだ。
重さではなく、バランスの問題からギルがこれ以上は持てないとギブアップするほどの量を用意して、いつの間にか日が暮れ始めた森を後にした。




