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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第12章 魔女との邂逅
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第5話 真夜中の対談2

「ところで、貴女は上級魔術は使えているの?」


 一通り話し終わってから、前世で上級魔術を撃ち合った相手にそんな問いを投げかける。回答はなんともおかしな謎かけだった。


「結論から言うと、使えなくなった。でも使えなくなった”原理”は把握しているつもりよ」


「原理?」


「ええ。さっきのことと直結するから教えてあげないけどね」


「秘密主義ね」


「だって簡単に教えちゃつまらないでしょう?それに、気づいてる?貴女はその気になればもう一度時を飛び越えてこの謎を探求できる。転生術は実質不死の魔術なのよ?本来死ぬはずの者が、来世を得られる。だから本来は禁忌に属する魔術なのよ」


 やはり転生術は何度も使えるのか!でも禁忌って?


「禁忌に属して、何か不都合があるの?それに誰にとっての禁忌なの?」


「今回くらいなら大丈夫でしょうけど、天の理に反する。だから多分、もう一度か二度やったら感づいた神が貴女を魂ごと排除にかかるはずよ」


神?


「つまりね、神はあるべき人の魂の総量を把握してる。それに齟齬が出るのはあり得ないの」


「……」


「神は同時に魂の動きも把握できる。常日頃から数えたり調べているわけじゃないけど、あるときに数えて、齟齬があれば原因を調べる。もしそこで消えるはずの貴女の魂がこの世に戻ってると知ったら?当然殺しにかかるわ。本来あるべき天の理の姿に戻すために」


 そこに浮かんだ違和感。咎めるような口調。咎められているのは私ではない。それは本来聖女のものではないはず。


「ずいぶん詳しいのね。フェリナって覚えてるわよね?彼女が貴女のことを聖女だと断じていたわ。神の祝福を受けた貴女ならどんな力を使っていても納得はする。なのに神が嫌いみたいな言い方をしているのはなぜ?」


 魔女は目を細めた。


「あんなカス共、さっさと滅びてしまえばいい。それだけよ。私がそう思ってる以上に関係がないあなたが知る必要はない」


 初めて魔女から零れ出た怒りの感情。神に対する怒りなど聖女が持つはずがないものなのに。


「ただ、生まれる前か生まれたての赤子に転生するのが普通なのに死にかけの少女に転生するなんて事例があるのね。初めて聞いたわ。その理由はわかる?」


 その怒りの感情は瞬時に消え失せ、さっきまでと変わらぬ空気を纏った魔女に戻った。


「わかるわけないじゃない」


「そうよね。あーあ、残念。引き換えに何か教える気になったのに」


「最初から教える気なんてないでしょ」


「当たり前じゃない。さっきも言ったけど50年くらいしたら教えてあげるわ」


「結局そうなるのね」


 そこまで言って、魔女に関して一つ思い出したことがある。


「そういえば貴女、吟遊詩人が唄う勇者の物語は流石に耳に入ってるわよね?」


「ええ。もちろんよ」


「なんで私が貴女に乗っ取られてるのよ。私もカーターも貴女との出会いについてはひとっことも書いてないのよ?」


 そう、前世でカーターとまとめたあの冒険譚には魔女との出会いについては一切書いていないのである。単に行方不明事件があり、その原因となった精神にも害を為せる魔物を討伐したと、短く記載してあるだけだ。

 しかしほぼ前世のあのやり取りに近い形で吟遊詩人の飯の種と化していたのだから、フェリナが余計なことをしていなければこの女が関与したことは明白だったのだ。


「あー、あれ……あははははは!!」


 魔女は突如笑い出す。笑いに少しの高貴さを感じるところに少々イラっとしてしまった。


「え、何?」


「いいわ、これくらいなら教えてあげる。あれね、私の存在があの当時広まりかけてたから、私を殺すために貴女の席を乗っ取っちゃった!」


「はい?」


「貴女達と出会った少し後の頃にね、うっかり小さな子供が森で迷っているのを助けちゃったの。もちろん睡眠魔術で意識は飛ばしたつもりだったのよ?そしたらその子、100万人に一人くらいいる睡眠魔術に対する耐性持ちの子でさあ、私のことしっかり覚えちゃってたのよね。それをその後成長した子供が物語調で周囲に広めちゃったからさあ大変。私を探そうと冒険者たちがあの辺の森に大挙繰り出してきちゃったの。面倒くさいったらありゃしないわ」


「だからその当時ちょうど貴女達が作った本が出回り始めたときだったから、写本師の一部を洗脳してね、偽の認識と記憶を植え付けてああ変えちゃった。「貴方達が探している魔女はとっくに遠くに行ってますよー」って。その後有名な吟遊詩人の集団いくつかに魔女がカールと添い遂げて死んだっていうお話をねじ込んではいおしまい。おかげでその10年後には私は世間的には死んだことにできたから助かったわ~今の快適な薬師ライフもそのおかげなの!」


 クスクスクスと笑い続ける魔女を前に私は唖然とした。

 同時に、ふつふつと怒りがこみあげてくる。


「せっかく書いたものを滅茶苦茶に……また私と殺し合いをしたいわけ?」


「熱くならないでよ。別にいいじゃないそれくらい」


「それくらい?あの魔王を倒した記録が?」


「ええ。当時としてはいざ知らず、今に至っては”それくらい”程度の話よ」


「えっ?」


 思いがけず突きつけられたものに、すうっと、心の中で何かが引いていく。


「貴女にとってせいぜい50年とか60年前の最近のことでも今はざっと700年後よ?勇者の物語はもう歴史の中のお伽噺。このままいけば魔王の実在性すら疑われるまで数百年もないでしょうね。魔王というのは圧制を敷いた人による恐怖政治国家を象徴する言葉だったのではないか……なんておかしな学説が歴史学者から出てくるのも時間の問題なのよ」


「……」


「今に影響がない過去の話なんて、その程度よ。私はいくらでも見てきたわ。偉大なる名君が、強大な国が、あるいは技術が。失われて忘れ去られていく光景を。全世界を統一した国家が存在したことすらあったのに、もはや誰も知らない。貴女達だって例外じゃない。ただの歴史の一ページとなり、そしてそのページもやがて失われていくのよ」


 風が静かに吹き抜けていった。自分のしたことへの心の重さを取り払っていくように。


「儚いのね。人のしたことって」


 いつか見た井戸の底にあった太古の昔の街。古代文字を用いた生活の仕掛け。便利であったはずのその技術が、もうない。技術どころか、文字すら誰も読める者がいない。


「ええ。それでも貴女達の功績は形を変えて長く残るかもね。歴史ではなく童話として」


「貴女が真っ先に形を変えちゃったでしょ」


「あらそうだったわね。うふふ」


***


 たくさんの時間話をした。

 流石にもう眠いと寝床に戻ったジュリナを見送り再び一人になった月夜の下。


 話していたレベッカへの転生がどうしてそうなったのかについて合点がいった。ジュリナとフェリナがやったというその行為。とするならばその強度次第ではオリジナルとは異なる加工された転生術の下でこうなったのには説明が付く。


 よくよく考えれば純粋な転生術がこの世の中にどんな形であれ残されているはずがないのだ。あれは元々神の尖兵がその戦力を未来永劫維持するためのもの。寿命、または戦いに倒れる中発動して未来の無垢な赤子に転生し、赤子を神の尖兵に作り変える術だ。

 それをあいつらがアレンジして使っているのをむやみに残してしまったからこうなったのだ。


 だから神話の時代で見てきたことに遡れば、全てレベッカ達の転生については説明がついた。


「あー、楽しい!」


 思いっきり伸びをした。

 そこまで思考を巡らせて、久しぶりに知的好奇心が刺激されたのだ。彼らを招き入れて本当に良かった!心からそう思えたほどに。

 同時に、ひょっとしたら千年とか千五百年とか、それくらい先に私がやりたいことができるかもしれない。そんなほのかな希望ができた。ジュリナはおそらく、いや、間違いなくまた転生術を使うだろう。そうなれば後はそこまで一直線だ。


 なに、千年やそこら。今まで生きてきた時間からすればあっと言う間だ。楽しみだ。例えそれが叶わなくても、そんな希望を持てるだけでも今までになかったことなのだから。


「さて、私も寝ようかしらね」


 数分前にレベッカが戻っていった玄関に、私もと足を進めたのだった。柄にもなく多少興奮している。寝られるだろうか。



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