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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第12章 魔女との邂逅
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第1話 エスタ、倒れる

 ポートサンセットを出発してからもうすぐ1年。海はもうはるか彼方。そんな内陸の街道を進み続けて、森が多いとある峠道を旅している時だった。

 エスタが立ち止まって不調を訴えたのだ。


「ちょっと気分が悪いや。何日か次の宿場町で休んでいいかな?」


「おい、大丈夫か?」


「うん……」


 次の宿場町はさっき峠の一番上から見えた。あと数時間歩けば到着するだろう。

 さっきまで普通に歩けていたのだから大丈夫……と思ったが、エスタが倒れたのは不調を訴えてからわずか数分後のことだった。


 一番後ろを歩いている私の目の前で、足取りが重かったエスタがとうとう脚をもつれさせて地面に倒れこみ、そして息を弾ませ動けなくなった。


「え?エスタ!?」


「大丈夫か?」


「はあ、はあ……」


 受け答えもできないらしい。事態は急速に悪化しつつあった。エスタを抱えたギルが抱えた瞬間瞠目しながらエスタの額に手を当てる。


「おい、すごい熱じゃないか。よく今まで我慢してたな」


 それを聞き、私もエスタの頬に触れたら、すごい熱さだ。急いで休ませた方がいいし治療も早い方がいいかもしれない。


「宿場町まで急ぎましょう。聖女がいれば治療してもらえるわ」


 転倒時についたエスタの擦り傷に治癒魔術を施しながら、ここは急ぐべきと考えたのだ。

 だって今朝は何ともなく元気だったのだ。ここまで急速に悪化するタチの悪い病気が相手になるのなら急がなければならない。


「じゃああたしが抱えていく。エスタは軽いからな」


「お願い。でもちょっと待って」


 魔術で少しだけ湾曲した形の板状の氷を作り出し、布で包んでエスタの額に巻く。そしてカップを取り出し魔術で氷水を作り出す。


「エスタ、水くらいは飲んで」


「……うん」


 エスタにちびちびと、カップ一杯分の氷水を飲ませた。


「よし、じゃあ行くか。急ごう」


 エスタを抱えたギルを守るように、宿場町まで急いだ。


***


「くそっ、こんなときに!」


 その道半ばというところで魔物の群れと遭遇。相手はこの辺で比較的よく見る小型の猪に似た魔物だ。

 群れでいる上に小回りが利く厄介な相手。


「ギルはそのまま。私とカイルでなんとかするから!」


 おそらく弱った獲物の匂いにつられてきたのだろう。

 本来は積極的に襲ってこないような魔物のはずだが次々と現れる。


「くそっ!」


 森の中に通る一本の街道。両脇の森から飛び出してくる魔物を次々と切り伏せ、なんとか歩みを進めようとするがそれもままならない。


 猪の魔物を振り切ったと思ったら、次はやはりこの大陸の森によくいるウルフギャングと呼ばれる魔物だ。

 集団で狩りをする狼のような魔物が連携を組みながら俊敏に襲い掛かってくる。

 杖に全開で魔力を込め、山ほど生み出した氷の矢を魔物の群れに雨のように浴びせ、すり抜けようとした魔物をなんとか短剣で仕留める。


 私は後ろから追いすがってくる魔物の処理に手一杯だ。


 しかしじわじわと進めなくなり、私は半ば禁じ手としていたアレを使う必要性に迫られた。

 そして、決断した。


「みんな!らちが明かないわ!突破して走り抜けましょう!」


「ああ!だけどエスタが!」


 病人に振動を与えたくないのはわかる。だけどこのままでは振動どころか魔物の攻撃が当たりかねない。


「エスタならきっと持ちこたえてくれるわ。ギルの知っているエスタはそんなに脆弱な人じゃないでしょ?」


「ちっ……くそっ、そうだな」


「レベッカ、露払いを頼む」


「わかった」


 街道の行き先。そちらから群がってきていた魔物全部にもう山火事にでもなんでもなってしまえと火炎を大盤振る舞いしながら、隠れるように私達3人に身体強化魔術をかけた。

 仲間たちにこれが使えるとは一言も言っていない。実際、転生してきてからこの魔術は聞いたことがないからだ。


***


 何とか魔物を振り切って辿り着いた宿場町だったが、突きつけられた現実は甘くなかった。

 

「申し訳ございません。私の力ではこの方の病を退けることはできないようです」 


 次の宿場町に奇跡的に存在していた聖堂とそこにいた聖女。聖女が出来たことはほんの少しエスタの荒い息遣いをマシにしてくれる程度のことでしかない。

 正直一目見ただけでこの聖女は非力だと思っていた。その通りの結果になっただけだが、私達三人の落胆は深刻だった。


「まずいな」


 こんなときほどフェリナがいた前世がいかに楽だったかを痛感することはない。彼女の神聖魔術にかかれば治らない病気なんてなかったのだ。おかげで病とは無縁であった。

 

「おい、お前聖女だろ。なんとかならないのか」


「申し訳ありません」


  聖女は深々と申し訳なさそうに頭を下げる。


「おい!」


「やめて、ギル。この方は悪くないわ。治せない病なんていくらでもあるもの」


「だけどよ!なんでお前は冷静でいられるんだよ!」


 ギルはエスタをかつて失うこととなった恩人と同じように見ているに違いない。自分を助けてくれた人がなす術なく斃れてしまうならば、それは彼女には特に耐え難いことなのだろう。

 

「熱くなったところでどうするのよ」


「ったくレベッカ!お前本当にトシのわりにいつも冷静だよな」


「二人ともやめろ」


「……あの、よろしいでしょうか?」


 私達の口論を前に居心地が悪そうにしていた聖女が口を開いた。


「あ?なんだ?」


「まだいらっしゃるかわからないのですが、腕のいい薬師に心当たりがあります」


「薬師?」


「はい。森の奥からたまにいらっしゃっていた薬師を名乗る方なのですが、その方にかかれば今回のように私共の力が及ばなかった者達もたちまち治癒してしまったのです」


 こんな原因不明の病も治せる薬師なんているのか?本当に?

 同じことを考えたのだろう、カイルが問いただす。


「おいお前、それは嘘じゃないだろうな?」


「本当です。ただその方、2か月に一度くらいの割合でいらっしゃっていたのですがここ何か月かいらっしゃっておりませんでしたのでひょっとしたら移動されてしまっているかも……」


「なら、それに賭けるしかないだろ。エスタの消耗具合は半端じゃない」


 逸るギルをカイルが制する。


「慌てるな。その薬師とやらはどんなやつなんだ?」


「えっと、まだ若く長い黒髪の女性です。多分貴女と同じくらいの年齢に見えました」


 聖女は、その薬師が私と同じくらいだと言った。


「私と同じくらい?」


「はい」


 うーん、私と同い年くらいで薬師……どうよく見たって修行明けの経験が浅い新人さんじゃないか。

 だけどこのままエスタを手をこまねいて何もしないでいるだけで状況がよくなるとは思わない。ただの風邪にしては消耗が激しすぎる。

 そもそも風邪ならこの聖女でもある程度何とか出来てしまうはずだ。それができないなら風邪じゃない別の病なのだから。


「エスタ?おい、エスタ?」


 ずっと手を握っていたギルはエスタの異変を察した。

 手を握れば握り返すといった反応があったエスタからそれが消えた。

 聖女は慌てて治癒の神聖魔術を唱えるが、さっきよりも反応が薄い。


「このままじゃ……!」


 昏睡状態になればもう水も飲めない。こんな異常な高熱の中このまま消耗を続けたら…最悪の結末を迎えかねなかった。


「その薬師とやらに賭けるしかないか」


 カイルの決断に、私もギルも頷くしかなかった。



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