第4話 魔族
前世の時代、魔王が滅びた結果、それまで世界各地に散らばっていた魔族の多くは一斉に姿を消していた。
魔王城の近くに拠点を構えていた魔族についても、前世の私たちは魔王討伐後に姿を消した魔族を追うことはしなかった。
いくつか魔族が消えた迷宮や洞窟、遺跡の類を調査したことはあるがいずれも成果なしだったからだ。
そんな魔族についてはわからないことの方が多い。
国によっては単に頭がいい魔物という扱いをしていることもあり、一方できわめて人類に近い高度な知恵を持つ魔物とは異なる別のものという扱いをしているところもあって幅がある。
ただし、どの解釈を取ったとしても人類に対して敵対的な存在であるという一点においては変わりはない。
前世の経験からしても正直魔族は人間の国を乗っ取れるほど知性に満ちたモノから単に言語が通じるだけで魔物のように暴れているだけのモノまでいたから、一緒くたに定義づけすることは無理だろうなと思う。
そんな魔族が暴れている場所があるという情報を得たのはポートサンセットをでて1か月ほど歩いた街だ。
「まるで野盗だな」
魔族の暴れ方の情報を見たカイルがつぶやいたのはそんな一言だ。
街道で見つけた隊商や旅人を見境なく襲い、殺して奪う。
配下の魔物も使っているようで、規模も無視できない。
そんなわけで、その街のギルドには赤い紙の緊急特別依頼が山ほど貼り出されていた。
本来この街道は大陸を南東から北西へと貫く比較的直線的に進める街道で、この大陸有数の主要街道だ。この道から外れずに進むだけで大陸北西端のサルステット王国に辿り着けるほどの主要街道。
ここがこうなってしまうと物流が非常に滞る。
特にポートサンライズと大陸最大国家のニールセン帝国との間の物流は重要で、それを仲介することを主な生業とするこの周辺の国々にとっては死活問題となっているらしい。
当然軍による討伐も行われたが……
「失敗したのね」
「らしいな。でもなきゃここに依頼なんか出さないだろ」
何せ隊商の護衛依頼すら赤い紙が貼り出されているくらいだ。状況はひっ迫しているのだろう。
「で、どうするんだ?あたしとしてはどっちでもいいんだが」
「ねえエスタ、魔族ってどう思う?」
「…あまり戦いたくないよね。特に魔物を使役しているならその数は膨れ上がる」
「だな。どのみちこんなことする魔族はろくなもんじゃない。俺は襲われない限り戦わなくていいと思うぜ。ただ、危険地帯を抜けるついでに何かしらの護衛をしていくくらいはしてもいいんじゃないのか?ただ道を通っていくのはもったいないだろ?」
カイルは貼りだされている赤い紙の何枚かに視線を送る。
確かにそれは一石二鳥だ。
何事もなくともお金は入るのだから。
事実として、通常と比べたら劇的に襲撃を受ける可能性は高まっているが、だからと言って襲われる確率が5割を超えるかというとそうでもないのだ。これは街道を通過する人や集団が多数に上ることから確率が下がるだけでもあるのだが、危険を顧みずに突っ込むことを考えるぎりぎりの状態と言えるだろう。
「じゃあそうしましょうか。で、護衛をするならどの依頼の護衛をしたい?」
***
「この度はどうぞよろしくお願いいたします」
挨拶をしてきたのはいかにも執事という風体の身なりを整えた白髭の老父。護衛先に選んだのは二つ先の街まで向かいたいという貴族の坊ちゃんとその随員だ。
私達がこの相手を護衛対象に選んだのは馬車を持っていたからだ。
その気になれば馬車を捨てて馬に乗せてやれば加速して逃げられる分楽だ。
そう思っていたのだが…
「病弱の坊ちゃんとかやっちまったな」
「ええ」
聞こえないように陰でそんな話をしていたほど、この依頼者には問題があった。
その貴族の坊ちゃんは病弱だったのだ。日光にもあまり強くないらしく、屋根付きの馬車の横から日差しが入る時間帯の移動は避けたいらしい。
朝日の時間はまだ大丈夫だそうで、夕方からはもう動けない。西日を遮る事が出来る場所を見つけて早々に夜営の準備をしなければならない。
結論として、普通なら5日もあれば駆け抜けられる道を軽く倍は見なければならないということになる。
「でも受けちゃったからね、仕方ないね」
「お金はよかったもんなあ」
馬車の前後を挟むようにして私たちは進んでいく。
馬車の余剰スペースに私達の食料や荷物を詰めた分身軽にはなったが、のろのろと進む事に変わりはない。
前をカイルと私、後ろをギルとエスタ。
前後どちらから来られても前衛を作れるようにして護衛する。
ちなみに護衛しているのは坊ちゃんと執事と、御者とメイドの4人だ。貴族の坊ちゃんの移動としては最小構成だろう。どうしてこんな危険な時に移動したがるのかわからないが、客の素性を詮索することもない。
すれ違った旅人や商人からこの先の情報を互いに提供し合っている。今のところ懸念されている魔族の情報はなく、3日ほどが経過。
「案外何事もなく終わるかもね」
「だな」
そんな話を隣を歩いていたカイルとしてから数十分後。
「……なんだか嫌な感じがするな」
「というと?」
「見られてる」
「誰に?」
カイルは周囲の森や起伏に目を配る。
「………魔族だろうな」
主要街道らしく整備されていて両脇に森があるもののその森までの距離は結構ある。
少なくとも昼間なら魔物が勢いよく森から飛び出してきても全く気づかないで無策に襲われることはないくらいに。
「襲ってくると思う?」
「来るだろ。両脇に魔物の気配がむんむんしてるぜ」
「ねえ前の二人とも、森がおかしいよ」
後列にいるエスタからも警告が来た。これは本物だ。
「わかってる」
杖に魔力を込めていつでも魔術を放てる態勢に。
「先に襲われるのも癪ね」
「ただ規模感が分からないんだよな。両脇にいるのはわかるんだが…」
「なあ!どうすんだ?このまま待ちか?」
ギルはしかけたくてうずうずしているに違いない。
私だって戦闘が避けられないとするならば、先に仕掛けられてあちらに主導権を握られるよりは……ねえ?
「ねえカイル」
「なんだ?」
「仕掛けていいかしら?」
ポンポンと杖を叩く。
そんな私にニヤリとしたカイルは
「ああいいぜ。でも客への説明は必要だな」
そう言えばそうだ。私たちは護衛だ。
「じゃあ僕がやるよ」
とエスタが馬車が動いたまま扉の足元にある足場に飛び乗って窓をたたき、窓が開いたところから二言三言中の雇い主と言葉を交わして、私達に頷きで合図した。
全員にそれがいきわたったのを確認したエスタは飛び降りて元の場所に戻り、それを確認した私は地面に杖を向けた。
全開に魔力を込めて、目標は進行方向右側の森一帯。左右両方は無理だから右に集中。
少々距離がある。だからやっぱりきついがいつぞやとは違い私には杖がある。
森の中に何が潜んでいるのかわからないが、構わない。
「いくわよ……アースランサー!」
右側の森の広い範囲で私の胸元ほどの高さのある石槍が地面から無数に大量に”生えた”はずだ。同時に、魔物の悲鳴が右側の森から響き渡る。
異変を察知した逆側から魔物の群れが飛び出してきた。二足歩行の人型の魔物から豹や熊のようなものまで雑多な十数体。
「ああもう!もう少しゆっくりしてなさいよ!」
魔力の行く先を逆側に。
急ぎ私達と向かってくる魔物との間に石槍でできた逆茂木と塹壕を形成。
しかし俊敏性に優れた四足で活動する魔物達はそれらの急ごしらえの防策ができる間もなく突破し距離を詰めてくる。
数体はエスタの放った矢により落伍するがとびかかってきたがカイルとギルが迎撃。
遠くから跳躍してくる魔物はやりやすいそうだ。
何故なら跳んだ時点で来る場所が特定できるから。
そこをめがけて剣やハルバードを振る。もちろん爪や牙が来る場所は回避しながら。
二人にとって厄介なのは細かいステップを踏みながら襲ってくる魔物の方だ。ステップごとに次の位置が変わるから当然だろう。それでも二人は巧みな武器捌きで魔物を切り捨てていくが如何せん数が多い。
私とエスタも魔術や弓矢で塹壕や逆茂木を超えてきた魔物を倒していくが、右の森から石槍の魔の手を逃れてきた魔物も続々と現れたことでぐずぐずしている暇はないと悟った。
ここでは土魔術を使っていたけどもう限界だ。一瞬悩んだが水魔術を解禁して数十の氷の矢を形成して次々と右側から押し寄せた魔物にぶつけていく。
十体程度の魔物が押し寄せてきていたがそれらは全て私の魔術の餌食となった。
整備された主要街道はやはりありがたい。魔物がまとめて飛び出してきても対処できる。
一方左側から来ていた魔物の群れも他の3人により討伐されていた。そして…
「お、あれが親玉の魔族かな」
ギルが感心したように呟いた視線の先には魔物化した馬に跨り刃を構えすさまじい形相をしているモノがそこにいた。数体のゴブリンを従えて前進してくる。
人型に近いがその刃は腕から生える異形であり決して人ではないことがわかる。
それは私の放つ氷槍をものともせず突っ込んできてカイルが馬をよけようとして態勢を崩したところに飛び掛かり切り裂こうとするがカイルはそれを何とか受け止め、組み伏せられそうになったところを足で蹴り飛ばし、距離を取り対峙。
私たちは突っ込んできた馬の魔物がその図体を生かして突っ込んでくるのに対処しながらゴブリンの相手を強いられていた。魔物の突入で対応が遅れたためだ。
このでかい魔物には魔術が効かない。おそらく大男5人分はあるだろう質量が加速して突っ込んでくるのだ。怪力のギルも何とか抑えようとして…弾き飛ばされた。
「うわぁ!!」
「ギル!」
ああもう!知らない!どうにでもなれ!
魔術を使うなら2系統、そう決めていた禁を早速破った。
氷が効かない、つまりおそらく水弾も効かない。そして石槍が刺さった形跡もあるのにピンピンしているということは土系統も多分ダメ。あるいは石槍のような物理攻撃に近い魔術に対する基礎的な耐久があるはずだ。
ならもう残るは火しかない。
「ファイヤーボール!」
ギルを跳ね飛ばして通り過ぎ、戻ってこようとした魔物が止まった瞬間に開き直った私が撃ちまくった火弾が次々と突き刺さった。
「ゴァアアアアア!!!!」
効果てきめん。
氷槍なら何発受けてもものともしていなかった魔物は最初の一発を視認した瞬間から避けようとしたが、突進した勢いをまさに殺しきった瞬間の魔物に回避する手段はなかったようだ。
突き刺さった火弾は一発目から想像以上の効果を見せ体中の毛皮が炎上し重低音の悲鳴を上げる。
二発、三発と命中するたびにその炎は勢いを増し、十秒持たずに魔物は倒れた。
そして背後ではカイルがいつの間にか異形の魔族を切り捨てていて、数体のゴブリンはエスタが仕留めて勝負あり。
もう動く魔物もいない。
「ってててて」
「大丈夫かい?」
その辺でひっくり返っていたギルが頭を抑えながら起き上がった。エスタが介抱に向かう。
「ああ、なんとか」
「まって、治癒魔術を…」
ギルに駆け寄って治癒魔術をかける。
いくつかのあざが薄くなる。
「悪い、助かった」
「いいわよ。私が使う魔術を間違えたせいなんだから」
魔物に関しては、火と水は両極に位置する属性だから片方に耐性があればもう片方には耐性がないのが普通だ。
対立する両極どちらにも耐性があるなんてことはないと言っていい。もしあるとするならば全魔術に対する耐性があるということになるが、そんな魔物もまずいない。
特別な環境下にいる魔物でなければありえないだろう。そして大抵そんな魔物は身体的な強さを持たないから物理攻撃には脆弱だったりするのだ。
エスタに手を借りながら起き上がったギルは大丈夫そうだ。
しかしまあ……
周囲を見渡すと魔物の死屍累々。こんなのに襲われちゃたまらないだろう。私だって一人きりで襲われたら物量に押しつぶされるかもしれない。
「いや、すごいですね」
馬車の扉が開く音がして、貴族の坊ちゃんが下りてきた。
「日光は大丈夫なのですか?」
「ええ、短時間なら」
メイドが日傘を差して坊ちゃんのところが陰になった。
「……皆様に依頼して正解でした。そして、これが魔族ですか」
カイルの足元に転がるそれを一瞥。
「ああ。どうだ、怖いだろ」
「いや、まあ、そうですね。半端に人に近い形をしている分そう感じます。さて、皆さんありがとうございました。これで無事に目的地まで旅が出来そうです。報酬は弾ませていただきますね」




