第3話 神々の闘争、もう一つの意味
ポートサンセットとその周囲には10日間ほど滞在し、私たちは北西に向かうサルステットへの最短ルートの街道を選択しポートサンセットを出発した。
ここから先はポートサンセットから遠ざかれば遠ざかるほど魔物や賊が増えるという。
ポートサンセットに陸揚げされた別大陸の品を狙う賊は多いらしいし、知恵の回る魔物も多い。前の大陸にいたときはマゼルに向かう方向だったからそういった賊は気にならなかったが、今回は気にしたほうがいいだろう。
そんなわけで、二つ目の宿場町にいた隊商から次の大きな街までの護衛を依頼され、私たちはそれを快諾。
隊商とともに歩くことにした。
「ほー、東の大陸から来られたのですか」
「ああ、ここまで来たらいっそ遠くまで行こうって話になってな、サルステットを目指している」
「そんな遠くまで!いやいや、道中危険な場所もあると聞いております。お気を付けくださいな」
「ああ、そうするよ」
こうして隊商と歩いていると、レベッカの記憶はもちろん、今となっては苦い記憶ともなっているがユーリィムらと共にしていたことを思い出す。
冒険者としてはこうして移動のついでに隊商の護衛をして歩くのは重要な収入源となっているから何も珍しいことではないが、やはり特別な感情というのがわいてくるものだ。
割とのんびりした気質の商人たちとこれまでの旅の話をしながら森の中の街道を進んでいたら、エスタが唐突に叫んだ。
「右方向!魔物!複数!」
反応したカイルとギルが隊商の右側面に。商人たちも慣れたもので盾にできるものを構えたり物陰に隠れる。私とエスタはそれぞれ二人の穴をふさぐように少し後ろに。
次の瞬間森から出てきたのはオークの群れ。オークは鈍重だがその振るう石斧や棒切れはまともに食らえば骨折じゃすまないような威力を誇る。
縦長の隊商を側面攻撃から守るのは守り一辺倒では不可能だ。
カイルもギルもそれを知っているから先に切り込む。
私は土魔術で商人たちの周りに拒馬のような防御柵を大量に構築しながら二人の間を抜けてきたオークの胸元に氷槍を叩き込む。
視界の端ではエスタが次々とオークの首を正確に射抜いているしカイルはオークの懐に潜り込んで次々と切り捨てている上、ギルは相手の獲物ごとオークを一刀両断し続けている。
数体を倒して一息付けた私はそんな光景を見て「ああ、大丈夫だな」とそう思ったのだった。
***
「いやー、助かりました。最近この辺で襲撃される隊商や旅人が多くて怖かったんです。…いやしかしこんなに集団で襲ってこられるなんて初めてですよ」
その集団は二十を超える数のオークからなる相手だった。
真正面から来てくれるならともかく、縦長の隊列になった隊商の横から来られたら無傷じゃすまない場合が多いだろう。
「それにしてもお強いですな。東の大陸の冒険者は皆こうなのですか?」
「いや、あっちの大陸の連中も大差ないと思うぞ。俺たちが変なんじゃないか?」
「そうだね。きっと変だよ僕たち」
「そうなのか?でも一番変なのはレベッカだよな!」
「え!?なんで?」
「だってそんなに魔術使える人間見たことないもん」
「もう何言ってるのよ。これくらい誰だって…」
「使えないぞ」
「えっ」
「ホントレベッカは謙虚だよなあ。それだけ魔術ができるなんてきっと世界広しといえどもレベッカだけだよ」
「えーっと?」
仲間三人全員一致の意見だ。え、本当に?
***
その夜。
「なあ、一ついいか?」
宿場町で宿を取った寝る前の時間。宿のフロント前にある広間でこの先の相場が書かれた紙を見ていたらカイルから声をかけられた。もう宿主も寝静まっていてここには私しかいない。
「どうしたの?」
「新しい土地に来たから一度はっきり言っておこうと思ってさ」
「何を?」
「レベッカ、お前さ、どこでその魔術を覚えた?」
何を言い出すんだ今更。
「前に言った気がするけど、私にはシモンっていう師匠がいて……」
「そういうことじゃない」
カイルは待てをするように手を出し、私の言葉を途中で遮った。
「じゃあ何?」
「師匠がいて何を聞いた結果こうなっているのか知らないけどな、今の時代、昔の童話や歴史の話と違って、一人が使える魔術の系統は2系統が限界なんだ。お前は全部使える。おかしいんだよ」
……え?
思考が停止した。2系統が限界?どういうこと?
「知らなかったって顔をしてるな。お前、魔族か何かじゃないよな?」
「何言ってるの?」
どういうことなの?なんだか、少し怖い。
「言い直そうか。人間ができる属性魔術の系統は普通は2系統が限界なんだ。エスタとも話して確認したが神々の闘争以降、歴史上3系統使えた人間も数名ほどだ。名前も調べればわかるくらいはっきりしてるらしい。でもエスタが言うにはレベッカはまるでそれより前の昔の人間みたいなんだ」
絶句した。神々の闘争という歴史上の事件は私にとっては中上級魔術が使えなくなることだけを意味していたが、もっと大きな別の意味があったのだ。前世の当時は当たり前にいた3系統や4系統使いの魔術師たちがもういない?
……確かに、見たことがない。じゃあその事件以降は魔術の強さだけじゃなくてできることそれ自体も減ってしまったっていうの?
「でもそれならエスタが3系統使えるのはどうなの?」
エスタは直接攻撃には不向きな初級風魔術を上手に使うほか、一応水魔術もそれなりに使えて、火打石を持つ必要がない程度に火魔術を使う事が出来る。
旅の荷物減らしに頑張って覚えたそうだ。その意味で彼の魔術は攻撃というよりも日常生活用の魔術だ。
「エルフのエスタは神々の闘争よりも前から生きてるからな。だから聞いている。魔族じゃないよな?それとも耳をうまい具合に切り取ったエルフじゃないよな?」
「絶対違うわ。口先だけじゃ何の証明にもならないけど、私は魔族なんかじゃないし、私の父親も妹も見たでしょう?エルフでもないわ」
数瞬の間が空いた。
カイルは目を閉じて一つため息をつきながら、目を開いて言った。
「……ならいい。ただ、俺たち以外がいる場所では一度に使うのは2系統までにしておけ。目に見えにくい風魔術はいいがばれないようにこっそり使えよ」
「ええ、わかったわ」
「話はそんだけだ。じゃあな」
カイルは部屋に帰っていった。
最初の宿場町の人たちやユーリィムの一行もそうだった。私の魔術をすごいと言っていた本当の意味はそういうことだったのだと、ようやく知ることができた。今更だけど、とんでもないことをしていたらしい。
「神々の闘争…いったい何が起きたの?」
私の知らないその事件は、思っていたよりも途方もないものだったことを知った。
同時に一つの疑問が沸く。
「それなら私は何で使えるの?」
転生してきたから、結論はわかる。
でもなぜ転生してきた私が使えて今を生きている人たちは使えないのか。エスタは初級魔術限定でしかも得手不得手もありながら火も水も、風も使える3系統使いだ。彼はその事件の前、もっと言うなら魔王がいた当時から生きていたわけだから使えるのだという。
つまりそれを境に人間が使える魔術の系統が減ったということだ。
この分岐条件は、多分神々の闘争前に生を受けていたか否かで間違いないだろう。
もし私の転生術使用が原因だったらどうしよう。今日知ったことは、改めて自己の振る舞いに関して一抹の恐怖を覚えさせるには十分だった。




