第1話 ポートサンセット
マゼルから船で二日。
ほぼ真っすぐ西に進んだそこにある港町はポートサンセットという。
元々は東から昇る太陽と西に沈む夕陽になぞらえてそれぞれポートサンライズ、ポートサンセットと名付けられた街だった。
古くからの名を留めている片割れに向かっている。
ちなみに、もう一つ、大きな港町を知っている。
それはポートサウス。南側にある大陸の港町だ。
そこは西側の大陸南東部に突き出した半島にあるポートサンセットからほとんど真南に位置している。
私は前世で勇者たちと行動を共にしてポートサウスを出港し、ポートサンセットに到着したのだ。
まもなくその地にもう一度降り立つ。
「お?見えてきたよ」
エスタも興奮気味だ。900年の時を生きている彼だけど、彼ですら東の大陸を出たことがなかったのだ。初めて足を踏み入れる西の大陸に心を躍らせているようだ。
少し前からは波がほとんどなくなり、穏やかな海面を滑るように進む船の中、酔いに倒れていた二人も復活。
出港してすぐしか楽しむことができなかった海の景色を満喫している。羽の付いた魚が船の両脇を並んで空中を泳ぎ、雲一つない空にはいつしか海鳥たちが円を描くように飛び回っている。
海の青と空の青に挟まれてさながらここも水中であるかのような錯覚を覚えるほどだ。
そんな私たちの目に見えてきたのは、背後に山を抱えた港町。
マゼルと比べて港から山の距離が短く平野部分が狭いため街としての規模は小さいが、その分山の向こうにも街があるはずだ。
そんなポートサンセットの景色は、前世でも印象深い光景の一つでもある。
初めて乗った洋上船。
海原の向こう側に見えてきた大きな港町の風景はあの頃と少しは変わっているけど、それでもあの頃の名残を感じるし、立ち並ぶ石造りの建物のいくらかはあの頃と同じものが建っているだろう。
この世界にある大きな港は3つ。ポートサンセットとマゼル、そしてポートサウス。それらは内側と外側に逆向きの強い海流があるらしくそれぞれ近いほうに向かう海流に船を乗せるらしい。
この強い海流があるおかげでこの3つの港がある海は魔物との遭遇確率が劇的に低くなり、安全性の高い航路として存在している
事実、遠目に海に生息するという海獣の魔物化したものが出現したが船乗りたちは意に介さず。後から聞いてみたら海流に乗り風を受けて走れれば簡単に撒けてしまうとのこと。
そんな海の旅ももうすぐ終わりだ。
迫ってくる港に帆を徐々に畳んで徐行に移って慌ただしく接岸の準備が進む。私たちは邪魔にならないように隅っこに。
あの時もそうだった。私たちは初めての船旅と初めて足を踏み入れる陸地に心を躍らせていたものだ。当時の私はまだ仲間になったという感覚は薄かったから感動を分かち合うという意味ではややそっけない態度をとってしまったのが今としては悔やまれる。
***
「よっと!おっさん!世話になったな!」
「ありがとう」
船舷と陸地をつなぐ桟橋からギルが真っ先に降りて、そこにいた船長に礼を言う。
「嬢ちゃん!初日は大変そうだったな!」
「これでも50過ぎてんだぞ!嬢ちゃんって言うな!あと船酔いなんて知らなかったんだから仕方ないだろ」
「がははは!これでもイージーな航海だったからな!また乗ってくれよ!」
「嫌だね!」
そんな別れ際の馬鹿話をして、私達も船長やクルーに対してお礼を言いながら、港町の倉庫街を抜けて街へと入っていく。
「あー!やっぱり陸地は最高だ!なんたって揺れないもんな!」
「ホントそうだな。ひでえ目に遭ったぜ」
カイルとギルが愚痴をこぼしあう。船酔い仲間として絆が深まったらしい。
さて、歩いているとあっち側にあったモス商会の出先機関の看板も目に入ったが、さしあたりもう用事はない。
「まずはどうする?」
「ギルドに向かうか。俺たちはこの土地のことは何も知らないからな。情報収集だ」
「そうね」
基本的な街の区画は変わっていないように見える。港から続く大通りがあってその両脇に街が広がる。ここも交易品が行き交い活気があるのはマゼルと同じだ。
そんな中、とある料理店が目に留まり、自然とみんなに声をかけた」
「ねえ、あの辺でご飯食べない?カイルとギルはあまり食べてないでしょ?お腹すいてない?」
「お、いいな。もう酔う心配もないし食うぜ~」
「新大陸祝いだもんな。がっつり行くぞ」
そんな料理店は前世と佇まいこそ少し変わっているがなんと名前はそのまま。
石造りの店内も設備こそ直されたり新しくなって変わっているもののあの時に来た構造とそのままだったのだ。
おそらく多くの人々に長く愛されているからこそだろう。石造りであるがゆえに長持ちするというのもあるのだろうが、その間火事も出していないだろうし、少しうれしくなる。
店内に入り、空いてる席についてメニューをもらい記載を見る…あった!
この地方で取れる赤い果物のタルトだ。これをぜひもう一度食べたいと思って自分で作れるようにカーターや子供たち相手に頑張って練習したものだ。
「私はこれにするわ」
「お、早いな。じゃああたしは…」
そんなこんなで皆で食べたいものを頼んでおいしく食べている。
そんな皆の姿を見て、私がかつてここに降り立ったときはようやくアレク達皆と打ち解け友として共に歩み始めていた前世のことを懐かしく思ったのだった。




