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失われた魔術を求めて  作者: ちむる
第10章 手掛かり 西へ そして渡海
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第5話 西へと吹く風

 それから14日後。ギルの武器が完成した。

 その帰りの道中、街道でいつぞやの魔物に似た巨大な熊のような魔物と遭遇。


「なあ!あいつ、あたしがやっていいよな?」


「ああいいぜ。ただし少しでも手こずったら横槍入れるからな」


 武器を肩に担ぎながら今にも襲い掛かってきそうな魔物を見て数歩カイルの前に出る。


「大丈夫だ。任せとけって。じゃあいくぜ!」


 この手の魔物は圧倒的に力が強いはずだ。動物の熊ですら強力なのに、それが魔物化した相手だ。それにでかい分骨も筋肉も強くて硬く、量が多い。

 ギルはそれに対して猛然と突っ込んで斧を振り上げ魔物の背丈の何倍もの高さを跳躍…次の瞬間魔物は頭から真っ二つに両断されていた。


「よしっ!」


 魔物の血にまみれた武器を鋭く一振りして血を振り落としながら、得意げにするギルの姿がそこにあった。


「うお…すげえな」


 カイルが唖然としたように呟く。

 1対1で切り結んだら先日のようにカイルの方が勝つかもしれないが、この手のでかい相手に対する攻撃力はギルの方が圧倒的だ。


 多分カイルの力ではこの手の魔物を左右に真っ二つにすることは不可能だろう。


「これならこの間の迷宮にいたやつだってぶった切れるぜ。何ならもう一回行くか?」


「遠慮しておくわ。疲れるもの」


「だよな!あはは!」


 上機嫌のギル。本気で戦えるようになった彼女はそれからも先制して魔物や盗賊に踊りかかっていくようになった。

 

 そんな彼女の姿を見ていると、今の私も同じなんだろうなと少し思った。本当なら使えるはずの上級魔術が使えない。初級魔術でもやれることは多いのだけれど、それでも硬い魔物や状況によっては不便がある。

 もし上級魔術が使えるようになったら、私もああいう風になるのだろうか。


***


 1か月後、ついにその街を視界に捉えた。


「何…この街…すごい」


 旅人や行商人が多く行き交う街道の山道を越え、視界が開けたそこには平野一面に街が広がっていた。

 似たような港街は見たことがある。前世で見たポートサンセットだ。

 その街も大きかったがこの街はそれ以上だ。


「マゼルってこの国の中興の祖と言われている350年前の偉大な王様の名前なんだ。ほら、あそこを見て。あれがこの国の居城さ。街にふさわしい威容だと思うよ」


 その街は、山のすそ野のすぐに城壁と城門があり、そこから遥か遠くの海岸線まで見渡す限り街が続いている。

 そして遥か遠方の海岸線にはここからでも見える程の大きさを持つ帆船が多く停泊し、ここからでは聞こえないはずの喧騒と賑わいが聞こえてくるようだ。

 街の中ほどに位置する小山を中心に居城が築かれ、この都市の中心としてふさわしい荘厳な威容を誇っている。


「確か人口200万人規模の街のはずさ。少し盛ってるかもしれないけど100万人以上がこの街に住んでいることは誰も疑ってない。多分、世界最大の都市さ」


「200万!?」


 10万人も住んでいれば大都市と言って差し支えないはずだ。そのくらいの規模の街が最大規模となっている国だって沢山ある。

 それなのにこの街だけで200万人!?

 視界に広がる街の姿は、200万人という数字の真実性を補強するのに十分で、それだけでも来てよかったと思えたのだった。


***


 街の中心部にたどり着くのも丸一日がかりで、翌日に宿を取った後の自由時間。

 私は一人でモス商会の門を叩いたが、なにもわからなかった。

 雑金属一つの流通元なんかわかるわけがないという。


「言われてみればもっともね」


 一山いくらで売られているような金属片がわかるはずがないのだ。いくつもの仕入れ元から来ているものや拾い物の混ざりもの。

ならば視点を変えないといけないか。


 確かこれ、普通にお金として使えたはずよね。


「なら、両替商で聞いてみるわ。両替商はどこ?」


 モス商会は大規模な商会だからすぐ隣の区画に両替商があった。

 両替商も多くの人でにぎわっていたが、壁に貼ってあるレート表には知ってる通貨は書いていない。


 それでも聞いてみた


「ねえ、このコインがどこのものか調べているんだけど、わかるかしら?」


 受付担当の若い男性はアレクの描かれたコインを見て怪訝な顔をしながら首を傾げる。


「わかりませんね…ちょっと上司に聞いてみますね」


「お願い」


「あ、すみません。調査費用として…」


 名前を聞かれたのと、お昼代に相当するくらいの金額を取られたが構わない。

 待ち合いの椅子に座って先ほどの若い男性が他の客相手に両替の仕事をしているのを眺めながら待つこと20分ほど。


「レベッカさん、いらっしゃいますか?…ああ、そちら様ですか。どうぞ」


 脇の小部屋から呼ばれ、入ったところにいたのは眼鏡をかけて白髪白髭の老齢男性。


「どうも、当両替商の次長をしておりますマークと申します」


「レベッカです。すみませんお手数をお掛けしまして」


「いえいえ、なんのなんの」


 促されて応接セットの椅子に腰かける。


「それでですね、このコインなんですが600年ほど前まで西の大陸で広く流通していた銅貨でして、魔王討伐を記念して作られた硬貨です。古い資料によれば発行は700年ほど前に存在していたアーベルンという国です」


 よく知ってる…アーベルン。魔王が居城を構えていて、魔族に隷属を余儀なくされていた国。私達が魔族から解放して、その後居を据えた国でもある。だからこそ彼が言っている情報の正しさを誰よりも知っている。


「状態はあまりよくないですが、今でも勇者が魔王を倒した物語は世間で根強い人気がございますのでコレクター品としてお値段が付きます。ところで、東からいらした旅人さんでいらっしゃいますよね?」


「ええ」


「そこで、もし対岸に渡られるご予定でしたら、ポートサンセット以西でも使えるルーダ金貨で買取致しますが、いかがでしょうか?」


 え?


「……今なんて?」


「はい、このコインをルーダ金貨で…」


「その前」


「……?ポートサンセット以西でも使えるルーダ金貨…」


「待って!」


「はい?」


 西の大陸…ポートサンセット…つまりここは…!


「ひょっとして、ここってポートサンライズ?」


 数秒の空白


「ええ、まあ。350年ほど前までこの街はそう呼ばれておりましたが」


「西の海の向こうにある港街が、ポートサンセット?」


「はい。そうですよ?」


 そんな当たり前のことを聞くなと言わんばかりの顔をされたが、そんなことはどうでもいい!


 繋がった!私が知っている場所と!もう目の前だ!

 もうこうなれば居ても立っても居られない。

 スタッと立ち上がった。マークさんは突然立ち上がった私に驚いた様子。


「おじさん!ありがとう!でもごめんなさい。このコインは売れないわ。大切なものなの。でも御礼にチップは弾んでおくわね」


 金貨を逆に渡した。驚いた顔をされたが私は今それなりにお金は持っているし、気分もいい。大奮発だ。


「あ、え、こんなに?これはどうも!」


マークさんに別れを告げ、両替商を飛び出した。


 港に走る。

 ポートサンライズとポートサンセットは相互にほぼ真西と真東の関係にあったはずだ。

つまり、ここは海峡。この海の正面。対岸は目に見えないがずっと向こうに私が歩いた大陸がある。


 海辺に出た。船のいない桟橋…あった!

 その先頭まで出て、水平線の先を見据えた。


「あの向こうに、私のいた場所が……!」


 背後の山から吹いてきた乾いた風が、対岸の方向に向け吹き抜けていく。思いを乗せて運んでいるように。

 私が、私になった気がした。


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