第9章 エピローグ 番外編 この子の力は
明日出立する吟遊詩人集団暁の風。
その内仲良くなったミスティと星を見ながら話をしている。
彼女は14歳。もうすぐ15になる。歳も近いせいか、ミスティも私には話しやすそうだ。もうほとんど友達のつもりでいる。前世も含めてフェリナを除けばこうして楽しく話ができる人なんていなかったと思う。
話していたのはもちろん魔術のこと。
前世で師匠がやってくれたことがある。それを試してみたいと思ったのだ。
「ミスティは水属性しか使えないのよね」
「はい。水と、水を氷にはできるんですけど」
「他の属性は?」
「使えません。使い方もわからないんです。水属性しか教わったことがなくて」
なるほど。でも2系統なら可能性は高いはずだ。それを探ってみよう。
「じゃあちょっと試してみたいことがあるの。それでやってみて、一つ一つ可能性を探ってみましょう。一度できてしまえばあとは教えた通り同じやり方で上達できるわ」
それは、師匠が魔術を勉強し始めた幼い私にしたこと。相手に新たに魔術を覚えさせる近道だ。これは多分師匠のオリジナルだと思う。
私が若くして早々に5系統全部使えるようになったことの理由でもある。
正直皆これをやればいいのだ。悪戦苦闘しながら自分に向いている属性を数年がかりで探すなんて面倒なことをする必要はない。
「じゃあ、水魔術を行使する目的じゃなくて、ただ単に魔力を両手に意識させてみて?」
「え……?どういうことですか?」
「わからない?」
「はい」
「じゃあ、いつも通りに水の球を出してみて」
促されたミスティは、両手を前に出し、両掌の前の空中に握りこぶしくらいの大きさの水球を作って見せた。
「今、水を意識して魔力を集めたでしょう?そこには何もない。水の代わりに無を意識してみて」
「水の代わりに……」
ミスティは水球を消して、目をつぶりながら集中している。
その両手を、手に取った。
「へっ?」
「いいの、そのまま続けて」
確かに両手に集められているミスティの魔力。そこに私の方から、属性を意識した魔力を載せてみる。まずは水から。
「どう?今の感覚」
「……不思議です。いつも内側からくる感覚が外から来てます」
今は私の水属性の魔力がミスティの無属性の魔力と混じりあっているだろう。そしてそれはいつも彼女が魔術を行使しているときに駆け巡っている魔力と同じものだ。
「そう。その調子よ。今は水属性の魔力を流しているわ。今から別の属性の魔力を流すから、しっくりくるものを教えて?」
「はい」
まずは火、次いで雷、風、そして土ときたときだった。目を瞑って意識を集中していたミスティの目が見開いた。
「レベッカさん!今の!」
「そう、じゃあもう一度」
土属性の魔力を、もう一度。今度は少し強めに。
「すごい。これ……何の魔力ですか?」
「土属性よ。貴女は土属性にも適性があるわ」
「本当ですか!?」
「ええ、じゃあ慣れないかもしれないけど、今の感覚を自分でやってみて。さっき水球を作ったように、今度は土の塊を作るの」
すっと手を離す。
ミスティは先程の未知の土属性の感触に驚きつつも、本当にできるのかと言う一抹の疑問を湛えた表情をしながらもう一度目を瞑る。
その掌の先に魔力が集まって……
小さな土の塊が、そこに現れた。その気配を感じたのだろう。ミスティは目をゆっくりと開くと、瞠目した。
「うそ!できた!?」
「おめでとう。ミスティはたった今から2系統使いよ」
「信じられない……」
集中が切れたのだろうか、コロンと床に落ちた土の塊を手に取ったミスティは目を見開きながら緩んだ口元を隠さず私に抱き着いてきた。
「レベッカさん!大好き!」
「ああもうこら!」
倒れないようにするのが大変じゃないか。
胸元にあった顔がこちらに向けられ、ミスティは続けた。
「レベッカさん、私、砂漠でレベッカさんが作ったものに憧れてたんです!あれって土属性の魔術で作ったものですよね?私もあれ、作りたいんです!」
それは賊との戦いの際に作った陣地のことだろう。
石槍でできた逆茂木や穴を作る魔術を応用した塹壕、そして硬質の土の壁を足元に地面と平行に作って無理やり高さを確保したやつだ。
「あれは相当難しいわよ。いっぺんにやろうとしないで、一つ一つできるようになってから組み合わせや同時作成を試すようにしてね?」
「はい!」
嬉しそうな顔をしたミスティは、再度両手を前に出して意識を集中。
今度は先程よりも早く土塊を作り出す事が出来た。
うん。何年も使いませんでしたなんてことがない限りは、この子は土魔術の感触を忘れないだろう。
これから訓練していけば、私ほどではないにしてもある程度自由度のある土魔術が使えるようになっていくに違いない。
「ふぬぬぬぬぬぬ……」
今度は両手で1個ずつ。2個の土塊が同時に作り出された。
やっぱりこの子は才能がある。魔術師がそれほど強くなくなってしまっているこの時代の中では、彼女はきっと優秀な魔術師として生きていけるに違いない。
そう思いながら、高揚したように土魔術を試し続ける彼女の今後に想いを馳せたのだった。




