Prologue
果てしない空の白より、無数の氷が落ちていた。
行き交う人はみな毛皮やロングコートに身を包み、氷点下に吐く息は煙のようだ。
鎮座する漆黒の金属塊より、抜けるような汽笛が放たれた。
天より降り注ぐ雪に負けじとその車輪の隙間に据え付けられた排管からは、灰白の蒸気が噴き出している。
「早く!発車しちゃうよ!」
「ま、待ってよ~!」
呆れるような表情で仁王立ちする少女のもとへ、食い意地を塊にしたような赤髪の少女が、露店売りされていた揚げ菓子を咥えながら駆け寄ってくる。
鳴り響くベルを聞いて慌てた様子の少女たちは、肩に積る雪粒を払いのける余裕もないまま列車に飛び乗った。
漆黒の機関車はその煙突より吐き出す蒸気を黒煙混じりのそれに変え、もう一度勇ましく汽笛を鳴らしたかと思えば、貨車を牽引する心地よい衝撃とともにその巨体を前へ押し出した。
「もう!時間には余裕を持ってって言ったでしょ!」
「ごめんって!えへへ、間に合って良かったね!」
「それはこっちのセリフ」
「んん美味い!食べる?はいこれ!プレッツェル!」
「話を!……食べる」
「そう言うと思ったよ!」
赤髪の少女に調子を狂わされながらも結局丸め込まれて菓子パンを口にした金髪の少女は、自分の分を早くも食べ終えて既に所有権を放棄した菓子に対して羨望の眼差しを注ぐ少女を視界に捉えて思わず吹き出した。
「なんか、思い出すね」
「ん?何を?」
すっかりと巡航速度へ引き上げられた列車の心地よい節奏を感じ取りながら金髪の少女――ツェツィーリア・アイベンシュッツはおもむろに口を開いた。
「ほら、トトと一緒に初めて列車に乗った時も、こんなふうにギリギリで、私が怒って」
「あの時もお詫びのプレッツェルだったね!」
トトと愛称で呼ばれた赤髪の少女――トラットリア・サルーテは、元気いっぱいに答えた。
「なんだか、長かったようで、短かった気もするな」
「まだまだこれからだよ、ツェツィ!中央駅で乗り換えたら、いよいよ大陸横断列車!」
感傷に浸るツェツィーリアに、トラットリアは目を見開いて笑いかける。
「一緒に行こう!東の島国へ!」
これは、それぞれの夢のため、東の国を目指す少女たちの物語。
そんな彼女達のほんの一部の日常を切り取った、思い出の記録である。