第五話:交錯する視線、揺れる心
前回のあらすじ
ユニークパートナー交流会の立食パーティーにて、疾風は周囲から嫌悪の視線を向けられた。そして、挙句の果てには見知らぬマスターから喧嘩を吹っ掛けられる。
やむを得ない事態だと判断した疾風は、ラルーチェに「ダークネス」への変身と相手AIの無力化を指示。圧倒的な力でねじ伏せたラルーチェに、周囲のどよめきは止まらなかった。
そして、疾風自身もルーシーに「正義とは何か」を叩きつけ、会場を後にする。
~12月18日・夜 東京都・犬飼宅~
「......ただいま」
アパートの戸を開ける。ほんの一か月前まで、返事をするものはいなかった。
「ただいま」
「ただいまー!」
そして、今もいない。一緒に言う存在が増えただけ。それでも、凄く嬉しいけど。
「俺、夕飯前にシャワー浴びる。二人共、自己メンテナンスモードに入ってて」
「分かった。じゃあ、槍の手入れをしておこう。次にいつ襲われるか、分からないからな」
「うーん。じゃあ、パソコン借りて良い? 司令官のアカウントで、またオメヒロやりたーい」
「いいぞー。んじゃ、入ってくる」
俺は、二体が自分の行動に入ったのを確認し風呂場へと向かう。
着替え、よし。じゃあ、入るか。
「......あ」
パーカーを脱ごうとしたその前、俺はチョーカーを外しにかかる。そういえば、これ。いつから着けてたっけ。
「ああ、あの時か。半年前、俺のAIの形が決まった日」
二体を迎えるマスターとして、立派な男になると決めたあの日。俺は、覚悟の証にこれを買った。
「一緒に暮らしてる。マスターとして......!?」
シャワーの音で、周囲の景色が消え失せる。その時、世界が自分だけになった気がした。
「今、俺って一人?」
聞こえるは水の音。見えるのは白いタイル。他に、何もない。
これが、先月まで日常だったのに。四年間、これだったのに。
「弱くなったな。あいつらと話してないだけで寂しいなんて」
参ったな、こりゃ。弱い男に守れるものなんて、何もないのに。
俺はそのまま、暫くお湯を浴び続けた。
あいつらの前で、強い男でいない、と......。
「ふう......」
十分に湯を浴び、俺は寝間着に着替える。そして、チョーカーを装着。寝る時に、また外す予定だ。
「......よし! 大丈夫大丈夫。俺は、一人じゃない!」
そうだ。今は二体のパートナーがいるんだ。
弱腰にならず、気合を入れていかないと。
こうして、俺は戸を開けた。
「よーしご飯にするぞー!」
「あ、おかえり司令官!」
「既に、盛りつけてある。早速食べるぞ」
二人が......じゃなかった。二体が俺を迎えてくれる。
忘れそうになるな、彼女たちがAIってことを。
◇◇◇
「ごちそうさまでした」
「美味しかったな」
「ね!」
思ったより、美味しかったな。パーティーの余りだからイマイチかと思ったのに。
やはり、二体と一緒に食べたからか。
「司令官、これからどうするんだ?」
「んー、読書。来週返却期限のやつあってさ」
「大変じゃん。膝枕する?」
「別にいいや。寝てると読みにくいし。二人もまた自己メンテナンス入っていいよ」
俺はバッグから読みかけの歴史小説を取り出す。ここの信長、結構新解釈で好きなんだよな。
「わ、私も本を読もうと思う。司令官の買ってくれた奴、まだ読み切れてないし」
「じゃあ、私は......オメヒロやってるね」
「んー」
結局、それぞれが一人の世界に入ることとなった。
俺としては、これでも良い。話せなかったりするのは嫌だけど、四六時中ベタベタするのも嫌だし。
「あ、やば。コマンドミスった」
「んー? あ、まだリカバリー効くぞ。そのキャラのスキルを使ってだな」
「司令官、この字は何て読むんだ?」
「ああ、これは地名だな。特殊な読み方なんだが......」
静かな、夜のひと時。いいな、これ。生活してるって感じがして。
「あ、隊長。食後の歯磨きはどうした?」
「げ」
「全く、好きなこと以外もちゃんとやらなきゃ」
「むむむ......」
生活、だなあ。
家の中だと、人間の俺はやることが多い。
そこをチクチクして尻を叩くのも、パートナーAIの役目か。
『ピンコーン』
「ん?」
そうしたら、俺のスマホに着信が入る。
『速報。俺、パートナーAIをようやく受け取る』
おお、友よ。やっとか。かなり詳細に条件してたし、時間かかったのか。
『おめー。せっかくだし、飯食いながら見せ合わね? 明日、空いてるっしょ?』
え、明日。まあ、俺もどうせ図書館行くしか用事ないけどさあ。
『昼なら良いぞ』
返信よし。昼にすれば、場所はいつものファミレスだ。読書に戻れる。
「ん?」
「どうした、隊長?」
しかし、直後に俺は想定外の文を見る。
「いや、友人がさ明日ご飯に誘ってきてさ」
「そう、行くってきたら?」
あ、違うんだよ美咲。
「その友人が、パートナーAI連れて来ようぜってさ」
「......私たちを」
「連れてく?」
「ああ。友人もこの前AI貰ったんだってよ」
やっと、三人皆マスターになれた。これで、互いにAIを紹介するのは自然な流れ。
「どうする? 君らが嫌なら、そう言うけど」
「......そう、だな」
「うーん」
二体が、互いを見て考える。そういえば、家族どころか友人にも二体の詳細は話してなかったな。
紹介するなら、これが初めてか。
「司令官の友人なら、別にいいぞ」
「向こうのパートナーにも、会ってみたいしね」
「そっか。じゃあ、OKだって返事しとく」
プログラム上、AIパートナーって他のマスターをどう見ているのか。
前々から気にしてたし、確かめる良い機会だな。
『俺も平気だ。ユニーク二体連れて行くぞ』
『あ、そっか。犬飼はユニークなんだっけ? 楽しみだな』
『どんな個性的な機能があるのやら。前々から気になっていたが、未知数過ぎて避けてたんだよなあ』
『お前、どんな機能をカスタマイズに盛り込んだんだよ......』
こうして、俺たちは元の一人作業に戻る。勿論、言われた通り歯磨きもした。
そして、就寝時刻。三人分の布団を並べ、二体が両端に寝っ転がる。
「なあ、隊長」
「どうした?」
「いや、その。明日のことなんだが、ありがとな」
「......どうして?」
「その......隊長のご友人に私らを紹介するって」
なんだ、改まって。暗がりで良く分からないが、照れくさそうに言う事じゃないぞ。
「マスターとして、当然の話だろ?」
「そうでもないよ、司令官」
「美咲まで......」
そんなに、特別なことしたか。俺の方が変な気分だ。
「いいの。それが司令官なんだし」
「今のままでいろよ、隊長」
「......あ、ああ」
「じゃあ、おやすみなさーい」
「おやすみ」
「......おやすみなさい」
こうして、俺たちは眠りについた。
そういえば、AIって寝る時ってどういう状態だ。
パソコンのスリープみたいなものなのかねえ。
◇◇◇
~12月19日・昼 東京都・ファミレス~
「うーーーす」
そして、平日・月曜日。
卒論をほぼ書き上げた俺は図書館に寄り、その足で近所のファミレスへと赴いた。
「お、犬飼!」
「こっちこっち!」
わが友、大熊と獅子川は既にテーブル席。周囲にはAIパートナーが控えている。
「お待たっせ~。ドリンクバー頼んである?」
「あるぞお。ほらオレンジジュース」
「たんと飲め~」
「サンキュー」
四年の仲だ。気軽にこんな話はする。
「あ、二人共後ろにいて。少ししたら、紹介するから」
「ああ」
「うん、分かった」
ラルーチェ・美咲を他のAIたちと同じように控えさせる。そして、本題。
「で、これがこの前来たカスタマイズAIパートナー?」
俺は、獅子川の後ろでタイピングをしているAIを指さす。体全体が金属質で、一目でAIだと分かる。
「あ、うん。これは経済特化のカスタマイズAI。株のデイトレードや、市場情報の整理とかをしてくれるんだよ」
「あー、一家に一台欲しい奴だ」
「へー、そりゃあ良いね。で、名前は?」
なるほど。随分と堅実なAIだな。確か、合計六体いるんだけ。
「いや、名前はないけど。なんで?」
「あ、そうなの? 六体もいるなら名前くらい入れないと。呼ぶ時とかにあれじゃない?」
「普通に『ヘイ、○○』で六体とも反応するから。あ、この○○って役割名ね」
そういう、ものなのか。
「で、他のAIの役割って何?」
大熊が、話を進める。
「えーと。まずこいつが家事全般用。好きなゆで卵の固さまで明確に指定可能」
「細けえよ」
まあ、そう言うな大熊。獅子川の凝り性は今に始まったことではない。
「で、こっちが地域情報収集、これがボディーガード、こいつが剣道、そして最後に雑務全般だね。正直まだまだ頭数が足りないけど、今の貯金じゃこれが限界」
「へえ......いくら追加したの?」
「あ、俺も気になる」
カスタマイズって、制度上何体まで無料配布だったっけな。
「えーと、4体分だから80万円だな」
「マジか!」
獅子川の出した金額に、大熊は大きく驚いた。そっか、こいつは追加料金払ってないのか。
「俺も、ユニーク1体分追加したからな。40万追加で払ったぞ」
「うわ!? ......でもそっかユニークはスタンダードの4倍か」
「でも、払っただけの価値はあると思うぞ」
「まあ、確かに。俺の使うスタンダードって、ぶっちゃけ声の指示で動くってだけだし。機能だけで言えば、パソコンやスマホより少し良いくらいだし」
「あ、そのレベル?」
それなら、三体もいらないだろ。まあ、今後アップデートされるかもだけどさ。
「あ、そうそう。犬飼、詳しく聞かせてくれよ。ユニークってどんな機能あるんだ?」
獅子川の興味の矛先が俺に向く。じゃあ、ターン交代だな。
「あー。機能って言っても、ほぼ人間みたいなもんだよ。能力的には、本当にファンタジーの住人って感じだし」
「ふぁ、ファンタジー?」
「まあ、俺のユニークは既存コンテンツのキャラが投影された『コンテンツユニーク』だからさ。とりあえず、紹介するよ。二人共、こっちに」
「ああ」
「うん」
俺の合図で、二体が隣にやってくる。
「紹介するよ。俺のAIパートナーだ。右が、『オメガ・ザ・ヒーローズ』ってゲームのラルーチェ」
「ラルーチェだ。ご友人、初めまして」
「で、左が『インフィニティ・バトリオン』ってゲームの鶴賀美咲」
「鶴賀美咲です! よろしくね!」
二体が俺の友人にお辞儀をする。
「お、おう。よろしく、獅子川広樹だ」
「......よ、よろしく。大熊一郎、です」
二人が、キョトンとして自己紹介をする。流石に、コンテンツユニークに会うのは初めてだったか。
「なあ、犬飼」
「ん? 何だ獅子川?」
「マジで、アニメキャラなんだな。コスプレとかじゃなく」
「ああ、そうだよ。ほら」
俺はスマホからインフィニティ・バトリオンを開く。そして、美咲のボイスを聞かせた。
「......同じだ」
「だろ?」
それだけ、俺の頭に彼女らの記憶が根付いていたってことだろ。少し、誇らしい。
「え、これってどういう仕組み?」
「え、どういうって?」
「いや、なんてかさ。どうやってアニメキャラ出せるの? ユニークって、深層心理を機械がスキャンして、それを......あれって奴でしょ?」
よい質問だ。その答えを、俺は持ってきているんだぞ。
「まあ、スキャンした時にこんな資料を渡されるんだよ」
俺はバッグから一枚の紙を見せる。そこには「イメージAI」という見出しと、「一致率」という項目が記載されていた。
「スキャンした時に、許可の出ているコンテンツのキャラがイメージに合った時に記されるんだよ。で、一致率はそのキャラの『ステレオタイプ』にどれくらい近いかを示してる」
「......はあ」
「......なるほど、お前は後ろの2キャラの一致率が高かったのか」
流石、獅子川。よく理解している。
「そういうこと。特に『外見』『ステータス』の一致率は99%。これなら、声や仕草にほぼ違和感がないAIになるって訳」
「この『特殊』が一致率350%ってのは?」
「よく分かってないんだとよ。ここが高いと、普通のキャラに追加して特殊な能力や性格が入るって説明はあったけど」
詳しくは、今でも分かってない。けど、何となく「ラルーチェ・ダークネス」への変身とかが当てはまるとは分かってる。
説明は、しなくていいな。ややこしいだけだし。
「......これ、アニメキャラ以外も『一致率』って出るの?」
「さあ? 既存データがあればいけんじゃない? 芸能人とか」
昨日のパーティーでは、いなかったと思うけど。実在の人物って、その辺どうなってんのかな。
「俺、今度スキャンだけでもしようかな。めっちゃ気になるし」
「良いんじゃね? 獅子川のカスタマイズ見る限り、痒いとことに手が届くAI欲しそうだし」
「それなんだよなあ! ユニークって、自律型ってことでしょ。欲しくなったわ」
ま、そうなるよなあ。俺も、本来は「自分専用の秘書官兼家政婦」も期待してたし。
なぜか、ゲームキャラが目立っただけで。
「あ、あのさ。凄く根本的なこと聞いていい?」
「どした、大熊?」
さっきから黙っていたが、何かあるのかな。
「ゲームのキャラって、実際いてどうなの?」
「ど、どう?」
抽象的だな、おい。
「なんて言うかさ、違和感凄くないの? アニメのキャラが家にいるんでしょ。しかも、勝手にしゃべってさ。大変じゃない?」
「んー、考えたことないなあ」
違和感、か。確かに、元居た次元か違う訳だし。そもそも、存在そのものがフィクションだしな。
「まあ、別にって感じかな。ユニークって、オリジナルだろうが元ネタがあろうが結局は作り物ってことに変わりないし。モチーフがあるかないかって話だろ」
「!?」
「......」
おや、少し背中から気配がしたような。
『司令官、楽しそうだな……。なんか、置いてけぼりにされたみたい』
『私は、隊長の隣にいればそれで良い。でも……』
え。何、今の。気のせい、だよね。
「まあ、それはそう。しかし、元ネタがあると余計な感情があって大変そうだとは思ったぞ」
「まー、ペットと似た感覚なのかもな。犬飼がどう扱っているかは分からんけど」
どう扱っているか、か。
「ペットは、一番近いかもな。結構かわいいし」
「あー、セラピーみたいな?」
「うーん。それ目当てって訳でもないんだが」
えーと、何て説明しようかな。
「まあ、何て言うかさ。愛着は結構あるよ。他でもない、好きなゲームのキャラなんだし」
「ともかく、ユニークの可能性を見れて良かったわ。もう少しバイト増やして、一体買うよ」
「そうしろそうしろ~」
獅子川のユニーク、見てみたいな。何となくだが、眼鏡かけた秘書っぽいAIが出てきそう。
「俺は......いいや。色々面倒そうだし」
「ま、お前はそうだよなあ」
大熊は、めんどくさがりだからな。知ってた。
「あ、そういや聞いてくれよ。この前教授がさ......」
と、ここでAI談義も終了。普段の雑談へと切り替わる。
「あー、そりゃ嫌だねえ。それなら前、研究室の先輩が言ってたんだけど......」
「と言うか、それなら別部の話なんだけど......」
こうして、あっという間に日が暮れる。パートナーAIなど、この場にいないかのように。
俺も、正直忘れていたよ。今まで、こいつらとの日常にAIパートナーは存在しなかったから。
真っ当な友人が、疾風にもいたんだね。そして、疾風を外側から見てどう思うのか。
そして、疾風の周りをどう見るのか。
楽しみであるけど、かなり怖い気もするね。だって、友人の言葉って遠慮がないでしょ。疾風が余計に悩む原因になりそうじゃん。
次回『CODE:Partner』第六話『友から見た関係性』
その愛は、プログラムを超える。