第三話:二つの愛、二つの正義
前回のあらすじ
主催者の痛々しい空気感や違和感だらけの他参加者に既に疾風の警戒心はMAXにまで高まっていた。そして、ラルーチェの元居たゲームの世界での因縁の相手が隣の席から喧嘩をしかけるなど、彼の精神が休まることはない。
そして、苦難はこの後も続く。
~12月18日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
『これにて、第一部「講演会」は終了でしゅ! これから、係員の人が立食パーティーの会場に案内しましゅので、指示に従って移動してくだしゃい!』
「......終わったか」
まさか、このモスキート音が天使のラッパに聞こえるとは。思ってる10倍は地獄だったぞ。
「隊長、お疲れ。かなり、気持ち悪いホームビデオだったな」
「司令官、大丈夫? パーティーの前に、自販機で水とか買う?」
解放と共にうなだれる俺。左右の『俺の嫁』が心配そうに声をかける。
「あ、ああ。大丈夫。今は歩きたい気分だから、さっさと立食パーティー会場に行くか」
ゆっくりと立ち上がる。のびをして、深呼吸。
「ふう......」
「お疲れ様です、犬飼さん。面白かったですね」
「ええ、そうです、ね!!?」
横に返事をしたが、結構おかしな台詞だよな。
「凄くアットホームな企業PVでしたね。僕らコンテンツユニークにも理解がある映像でしたし、今後が楽しみですね」
えーと、橋口ゆーすけ少年。それは本音か。
「ま、まあ。確かに主催者さんはコンテンツユニークにも積極的ですね。彼が『コンテンツユニークは商業利益のない二次創作と同じ』としたおかげで、彼女の補佐を受けた生活を送れる訳ですし」
PVの出来は別として、感謝はしないとな。今の生活に少なからず関わっているんだし。
「犬飼疾風、貴方の感想はそれだけなのですか?」
「ん?」
ここで、ゆーすけ少年のパートナーAIが声をかけてくる。
その蒼色の瞳が、俺を冷たく突き刺した。
「彼の紹介ビデオには、マスターの孤独を癒しより良い未来を示した理想が明示されていました。PVに出てきた発言を引用するだけで、ゆーすけと同じく『わかっている』気になるのはやめてもらいます」
「え、ええ......」
「そもそも、貴方は本当にパートナーを愛しているのですか? 講演前も一人で離席していましたし」
「......」
え、えーと。
「し、司令官」
首元がキツくなる俺。思わず、チョーカーに手を伸ばす。
そんなロクデナシの前を、青色が覆う。
「み、美咲?」
「大丈夫だから。私の後ろで深呼吸してて」
「あ、ああ」
まるで、戦場だな。交代で敵に当たっている感覚がする。
「えーと、ルーシーさんでしたっけ? 司令官はあの時、私たちの為にパイプ椅子を取りに行っていたんですよ。アンタも、それは見ているはずですけど?」
「椅子なら、共に取りに行くこともできます。私の司令官は常に『一緒に作業をしよう』と仰り共に同じことをして過ごしていますよ」
「そんなの、人によるでしょ?」
平行線な会話。
「犬飼疾風の言葉からは、彼の真意が見えません。私のゆーすけを避け、異物を見る目もしている。後ろめたい感情があるからなのではないですか?」
こいつ、他者の悪いところを見つけるのは得意だよな。
苦しい。チョーカーが焼けるように熱い。
「おい、夢ヶ原の聖女。流石にそれは言い過ぎだ。私の隊長は、後ろめたさからではなく、私たちの為に動いる。それを理解できないのであれば、お前に隊長を貶す資格はない」
「私は聖女として、一人の人間に対し助言をしているのです。邪魔はしないで頂きたい」
「邪魔はお前だ。人の悪いところを己の憂さ晴らしに利用して、何が聖女だ」
やばい。ラルーチェが入ってきちゃった。金色の瞳に闇が見える。これ、完全に怒ってるよ。
「お前はいつも、一方から見た正義しか語っていなかった。その偏った視点から弱き者を躊躇なく切り捨て、勝利の下に数多の亡骸を量産した」
「ほう、では教えて貰いましょうか。貴方が助けようとした弱き者に世界を救う力があったのかを。貴方が目指そうとする世界は、本当に幸せなのかを」
睨み合う二人。アニメ再現、三秒前。
まずい、ラルーチェのサファイア色な髪が黒ずむ前に手を打たねば。
「ラルーチェ、大丈夫。俺も言葉足らずだったしあっちも悪気はないんだよ」
「そうそう。いちいち気にしてたらラルーチェもハゲちゃうよ!」
俺と美咲が慌ててフォローに入る。これ以上は口喧嘩じゃすまない。
「ルーシー、犬飼さんも僕と同じ気持ちだと思うよ」
「ですが、隊長!」
そして、ゆーすけ少年もフォローに入ってくる。
大理石みたいな髪の通り無機質な男だとは思っていたが、流石に一定以上の善性は持っていたか。
「それに、犬飼さんは二人のパートナーを同時に愛している。きっと、心の広い人なんだよ」
「......」
笑顔だな、この人。この状況で保てるなんて、逆に怖い。
「司令官、もうここ離れよう。絶対私たちの方側が疲れちゃう」
「だな。少し急いで歩くぞ」
美咲と小声で即時決定。俺は一気に舵を切る。
「ははは。橋本さんは本当にお優しい方ですね。それでは、またパーティー会場で! 行くぞ!」
「あ、うん」
「......じゃあな、夢ヶ原の聖女」
半ば強引にゆーすけ少年とそのパートナーに別れを告げ、俺は会場を後にした。
凄く、疲れた。次は……食べることだけに集中しよう。
◇◇◇
「ここか。思ったより、料理も充実しているじゃないか」
俺たちが立食パーティーの会場に着いた時、既に多くの参加者が食事を始めていた。
「二時間ほどの立食パーティー、特に司会の発言とかもなさそうだし自由だな」
と、ラルーチェ。
「じゃあ、早くご飯食べよう! ほら、あっちにマグロのカルパッチョあるし!」
「マジか。行くぞ!」
美咲が俺の好物を発見した。俺の体に元気が吹き込まれる。難しいことは、後でだな。
俺たちがイタリアンエリアに直行していると、同じ髪・同じ服・同じ目をした少女たちとすれ違う。
「.....誰だ、あれ?」
「ああ、恋愛シミュレーションゲーム『聖夜のリリィ』に登場する天ヶ崎リリィだな」
「聞いたこと、あるな」
名前とか知らないけど、このパステルブルーの長い髪と純白ドレスは見覚えあるし。
「司令官の年だと、知らない人も多いんじゃない。流行っていたの、十年以上前だし」
「そうなのか。そんな前だと、君たちも世に出たばっかだもんな」
美咲のゲームも、サービス開始からかなり長い。ある意味、同じ時を生きた存在とも言える。
「そういえば、俺はこの中だと年少組なのか」
「そうなるな。周囲は30代が多いぞ」
「ね。おっさんばっかりだし」
俺らは周囲を再認識した。
先の二人が俺より年下なことが偶然か。
「しかし、何だろうなこの目線」
「さあな......」
「司令官の大食いっぷりにビックリしてんじゃない?」
そういった視線じゃないよな。どちらからと言えば、軽蔑しているタイプだ。
「ラルーチェ、聞き耳に集中してみてくれ。俺たちへの目線の正体が知りたい」
「良いのか? 人の噂など、碌なものがないぞ」
「まあ......知りたいから」
中途半端な不快感は、持ちたくないからな。覚悟は出来ている。
「......これは」
「どうした?」
「いや、その。あれだな。酷い悪口でな」
「......」
少し、覚悟を決めるか。
「聞かせてくれ。場合によっては、俺が今後ユニークAIのマスターとどう関わるか決まる」
「し、司令官」
「安心しろ、美咲。どんな悪口だろうと他人の評価。少しは傷つくだろうが、引きずりはしない」
「そ、そう」
「じゃあ、言うぞ」
ラルーチェが一呼吸を置く。そして、俺の目を見てこう言った。
「お前が、『パートナー二人も侍らす浮気性』だって言われている。それに便乗して『愛が足りない』とか『人生が適当』とか言いたい放題の悪口放題みたいだ」
「あー」
「......そういうのか」
思ったより、あの偽聖女と似た思考してるんだな。なら、対応は一つだ。
「無視で良いぞ。どうせ、今後関わることのない連中だ」
「良いのか? 反論くらいしても文句はないと思うが......」
「言われっぱなしは、嫌じゃない?」
さっきの緊迫した空気の名残か、二体はかなり心配そうだ。少し、安心させないとな。
「まあ、この際だし改めて言っとくけど」
「あ、ああ」
「?」
俺は、二体の手を優しく握る。
「俺は、物語の中で悲劇を遂げる君たちを見て『幸せにできない』と思っている。だから、君たちを愛してはいるけど恋愛感情は持っていない」
「......」
「......」
二体の目線が、逸れる。
「前々から、そんな感じの話は聞いていたが」
「改めて言われると、辛いわね」
「......すまん」
一気に、空気が重くなった。
けれど、無駄に思わせぶりな態度をとる鈍感ラブコメ主人公よりはマシだろう。
「だから、俺は二人が俺の隣で笑ってくれるように精一杯向き合うつもり。それが、俺なりの愛の形だ」
「まあ、そうだな......」
「また、行きたい場所言ってもいーい?」
一段落。しかし。
「おやおやおや、愛しのあの子を泣かせるなんてとんだ屑野郎じゃあないかあ! ねえ!」
「? ......っ!」
後ろを向くと、何とも野暮ったい男が。
鼻に来るツンとした匂い。加齢臭も混ざって入るが、これはもっと不潔なものだ。
「え、アンタ誰?」
「いきなり、隊長に言いがかりをつけるのはやめろ」
生物学的遠隔攻撃に、人間は後れを取る。AIである美咲・ラルーチェが先んじて対応してくれた。
「なんだあ? 俺がたった一週間風呂に入ってないからって臭いって言いたいのかあ!? 男は外見じゃなくて中身だろお!」
男はぶ厚い指で胸元の名札を引っ張った。その下には、三つの名前が並んでいる……。
そして、隣には三体のAIパートナー。
「ふふふ。康夫様の機嫌を損ねましたね。大丈夫、すぐに康夫様の魅力を私がお教えいたしますから♡」
「死刑よ! 死刑死刑! ヤスオをバカにしていいのはアタシだけなのよ!」
「対象を敵と認識。処刑します」
そいつらが、俺の前へと迫ってくる。理不尽だ。
「そんなことは、一言も言っていない。ただ、お前には私の隊長への敵意がある」
「おめおめと、大事な人を傷つけさせないわよ」
二体が、俺の前に滑り込む。ああ、AIの恋愛感情プログラムって本当に凄いな。
良くも悪くもマスターに忠実。それぞれ、マスターの言葉が絶対。
「......そう。プログラムだから、俺を愛してくれている」
「何だなんだあ? さっきからブツブツブツブツ。言いたいことがあるならハッキリ言えっよお!」
この男、酔ってるのか。ダボダボしたコンビニ用の服装に、ひときわ目立つ歪んだペンダント。
行動の全てが、歪に見える。
「隊長は、よく考える頭の良い人間だからな。お前みたいなチンパンジーとは違うんだよ」
「そうそう、司令官は優しくて丁寧な人なの。すぐ悪口を言うアンタとは違う!」
二体とも、それは過大評価だ。本当の俺は、頭が良くもないし優しくもない。
「なあああにいいおおおおお!? 正義はいつも、俺なんだよああああ!」
「康夫様が猿と同じです、か? うふふふふふふふふふふふふ......」
「惨めねえ! 正しいのはいっつもヤスオ。幼稚園児でも分かるわよ!」
「......対象、最優先殺戮対象に認定。ご主人、命令を」
あ、これはまずい。この手の連中は、自分の気に食わないことが起こると暴力を振るうタイプだ。
「司令官、少し下がろう」
「ああ」
美咲に腕を軽く引かれ、俺は連中から離れる。
「ショーコ、白雪、このクールぶり野郎を懲らしめてやれ!!!」
「はい、康夫様! 必ずこの生意気な坊やを、貴方様の前で土下座させて見せます」
「.....対象、殲滅行動開始」
薙刀と、黒ずんだ雪の塊が、俺の方へ向かってくる。思ったより、早く手を出してきたか。
「ラルーチェ」
「ああ」
「ダークネス、起動。目標、藤原ショーコと白雪の無力化。周囲の被害は最小限」
「了解した。ダークネス、起動」
「え、ちょっと。ここで使っちゃうの!?」
心配するな、美咲。
「大丈夫。男には、勝負に挑まなきゃいけない時がある。それが、今だ」
「けど、そしたら司令官の敵が増えちゃうよ」
「......それでもだ。ここで示しておかないと、今後も同じことが繰り返される。俺たちが何者かを、はっきりと理解させる必要がある」
「......そ、そうだよ、ね。舐められて何回も喧嘩吹っ掛けられたら、困るもんね」
俺は、奴を睨む。その虚ろで満ちた狂気の目、ぶっ壊してやるよ。
もう二度と、俺の前に立てないようにな。
「ラルーチェ、見せつけてやれ。俺たちに無用なケンカを売ったらどうなるかを!」
「了解! 連中に三手で絶望を見せてやる!」
ラルーチェの背後からどす黒いオーラが滲み出る。そして、そのオーラが彼女の全身を覆った時。
背中に背負っていた槍も、黒く輝いて彼女の手に収まっている。
「おやおや、まあまあ.....」
「!? ......行動、一時停止。対象、再分析開始」
迫りくる二体のパートナーAIの動きを止めた。
「流石に、力の差は分かっているようだな。この甘やかし専用パートナー共め」
ラルーチェ・ダークネス。
メディアミックスアニメ「オメガ・ザ・ヒーローズ 夢の旅人」で登場した、彼女の闇堕ちの姿。
「ああ、美しいよ。俺のラルーチェ......」
「司令官、苦しそうなのに嬉しそう」
俺の歪んだ笑みこそ、彼女がアニメでどのような末路を辿ったのかの象徴。
そうだ、それでこそ君だ。
俺の心を打ちぬいた、絶望の乙女。
「見せてあげな。君の全てを」
「ああ、思い知らせてやる! 私の、怒りを! 世界の理不尽への抗議を!!!」
闇が、不条理の歪みを震え上がらせた。
常識で塗り固められた歯車から見れば、疾風はあまりにも奇抜な人間に見える。
一方、狂い切った人間からは変な所で常識に縛られた人間に見える。中間にいるからこそ、どちらにも属すことができないんだ。
そして、彼の本当の異常性はここ。ゲームやアニメ上とは言え、普通は闇堕ちした敵キャラを「美しい」と言うだろうか。
そこを完全に理解出来たら、君は英雄だね。
次回『CODE:Partner』第四話『闇をも抱えた正義』
その愛は、プログラムを超える。