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CODE:Partner  ~その愛は、プログラムか、それとも本物か──。~  作者: 里見レイ


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第五十二話:地獄の炎

前回のあらすじ


橋口ゆーすけにより、疾風たちの「歪み」が全国に放送される。それも一つの意見かなと戦略的撤退を考える疾風をよそに、ラルーチェは堂々と喧嘩を勝った。

~12月24日・夕方 東京都・西畠ホールディングスビル~


「......っ」


 三歩後退し、俺は階段の下からステージを見上げる。そこには、マイクを奪ったラルーチェと、予備のマイクを渡された橋口ゆーすけが向かい合っていた。


「美咲。これ、どうすれば良い? 俺はもう、冷や汗が止まらない」


 思わず、彼女の手を探る。目線はラルーチェから話せないから、本当に手探りだ。


「......今は、見守るしかないよ。ラルーチェが、司令官の介入を嫌がっているんだから」


 ゆっくりと彼女の手が俺の手を包む。そして、美咲の手も震えている。


(AIであり、歴戦の戦士である美咲も、怖がっている。今のラルーチェは、俺の知ってる彼女じゃないのかもしれない)


「そう、か。じゃあ、見守るか」


 俺は、包まれた手を握り返し、無理やり心を静めた。ある意味、俺のテリトリーを超えてしまった訳だし、一度引き下がろう。


「うん、最悪のタイミングになるまで、部外者でいよう。一緒に」


 そのまま、俺の左腕に美咲の両腕が絡みつく。ある意味、主人公の最終決戦を見守る両親みたいな立ち位置だな。


(ラルーチェ。これも、ある意味親離れなのかな)


 そんな気を持ちながら、俺は彼女を見守った。ほかならぬ、俺の話題であるにも関わらず。

 そう、俺は嫌だったのかもしれない。ゲーム上で愛した彼女が、現実で俺みたいな平凡な男を庇うことを。だって、彼女は自分の夢の対象外の人間に、興味なんて示さなかったから。


◇◇◇


『それで、何の御用かな。夢に溺れた「裏切りの弓兵」さん?』


 橋口ゆーすけが、ラルーチェに正面切って会話を投げる。それも、最も彼女を怒らせる口調で。


『お前の言っていること、全てに反論させて貰う。まず、私も含め隊長の愛した女は皆、歪んでなどいない。立場が変われば狂気かもしれないが、それは歪んだ悪ではなく目線の違いだ』

(......)


 彼女が、俺の奥底の言葉を発した。そうだよ。俺が好きになりやすいは「悪役」ではなく「敵役」。「歪んだ死者」ではなく「信念を貫いた過去の故人」だ。

 そこは、どうせ理解されないと思っていたんだけどな。


『その目線や立場は、大多数派が正しくなることを、貴方はご存じですか? ましてや、貴方たちは主人公でもヒロインでもない。物語の都合上、消えることが定められたキャラなのですよ』


 しかし、ゆーすけも引かない。俺とは逆に、奴は「王道ヒロイン」を好みがちだ。形国のメインヒロイン・佐野アスカ、夢の旅人のメインヒロイン・ルーシー、インバト過去編の実質ヒロイン・鶴賀雪。

 彼女たちの言動を否定する人物は、物語上にはいない。


『それは、各々の世界の主人公が固定されているからだ。今この世界で「主人公は○○だからソイツの意見が全部正しい」って言い切れるか?』


 そうか。ラルーチェは、完全にこの世界の存在なんだな。物語にある主人公補正なんかを受けず、リアルな質感で話をしていいる。


『言えるとも。だって、この世界の人に受け入れられたからこそ彼女たちが存在しているのだから。それが自分勝手な主人公補正だとしたら、彼女たちの世界はとっくに忘れされれているはず』


 ......橋口ゆーすけ、かなり討論に強いな。確かに、主人公補正が身勝手に歩いただけの作品は売れない。一種の不快感をまき散らす悪魔の書として、語り継がれるかもだけど。


『だとしてもだ。お前は、常に「凡庸な大多数」の支持しか考えていない。能力も意志もなく、ただ声が多いだけの愚鈍な大衆など、価値もないものを助けて何になるというのだ?』


 ......ラルーチェ、かなり攻めた言葉だ。彼女の言う凡庸な大多数の中に「子供たち」は入っていないのだろう。


『......大多数の笑顔が、必要なんだ。僕の正義は、より多くの人に笑顔になって欲しいだけなんだよ。君みたいな歪んだ人も、救えるようにね』


 奴が笑顔を見せた。なるほど、政治家の息子は伊達ではないな。


『薄い笑顔はやめるのだな。結局、お前は他者に優しくしてチヤホヤされたいだけだろ?』


 ラルーチェは、逆に冷たく睨みつけた。戦士に、甘い演説は通用しない。


『......なるほど、ね。ルーシーが今苦しんでいるのも分かる訳だ』


 おや。ゆーすけが一息ついた。これは、ラルーチェに軍配が上がったかな。


『では、最後にこう言って終わりにしようか』

「!?」

「......」


 俺も、美咲も。何かしらの直感が働いた。何か、ここから地獄が始まる予感がする。

 そして、一歩前に進んだ橋口ゆーすけはこう言った。


『世の中、勝利するのは一人の天才ではなく百万人の凡人だ。君のマスターは、少なくとも天才側の人間ではあるけど、百万の軍勢を束ねる僕らには絶対に勝てない』

『な、何だと!?』


 ラルーチェの怒りが、さっきより増えた。これは、物語の中を再現されようとしている。


『だから、民衆を率いる聖女たるルーシーがヒロインで、孤独に理想を追い求めた君が悪役なんだよ。正義って、結局賛同者ゲームだからさ』

『な!!!?』


 まずい。ラルーチェの怒りが天井を迎えようとしている。

 俺は、知らぬ間に走り出していた。


『君たちが歪んでいる理由は、中途半端な能力と高すぎる夢を持っているから。何もやる気がなければ、こうして世界を敵に回さなくて済んだのにさ』

『......』


 勝ち誇った橋口ゆーすけの顔。うつ向くラルーチェ。テレビ越しだと、彼女の戦意は喪失しているように見えるだろう。しかし。


「ラルーチェ、怒りを収めろ! 今ここで爆発させると、烏合の衆に集団リンチされる!」

「今は引くこうよラルーチェ! これからの時代、私たちの仲間を増やす手段はあるんだし!」


 俺と美咲は、テレビに音声が拾われても構わない声で叫んだ。それが、俺たちの敗北宣言だとしても。

 け、けれど。


「っ!?」

「きゃ!!」


 手を伸ばした俺たちは、見知らぬ風で弾かれる。

 これは、もしかして。な、なら。


「ラルーチェ、ダークネス停止! 帰るぞ、これは命令だ!!!」


 倒れた体を無理やり起こし、こう叫んだ。

 しかし、しかしだ。


「し、司令官。あれ」

「......!」


 遅かった。


「......橋口、ゆーすけ。私はお前を絶対に許さない」


 既に、彼女は足元にマイクが落ちている。


「......あ、あれ?」


 ゆーすけの目が、完全に怯えている。近所で見た、滑り台を降りれない子供みたいだ。


「な、何だあの色?」


 俺の目に映ったラルーチェは、ダークネスになっていない。

 だが、彼女の姿は変化している。背中から赤く黒い炎を吹き出し、全身から血が流れるようなオーラをまとっている。


「なに、あれ?」


 同じ、俺のAIパートナーである美咲も、分からない反応。つまり、ラルーチェの完全オリジナル。


「新形態・ヘルフレイム、起動。目標、橋口ゆーすけ及び奴の同調勢力の駆逐。目標時間、無制限」


 ロボットのようなコマンドを呟き。彼女は服の中から大きな鎌を取り出した。


「見ていてくれ、隊長。お前の正義を、奴らの血を持って証明して見せるから」


 そう言うと、ラルーチェ・ヘルフレイムは走り出した。

 地獄の門を、蹴破って。

正義って、難しいよね。誰かの正義の対義語が、別の誰かの正義って言われるような世界なんだからさ。

そして、この正義の衝突は本人たち以外の部分で勝敗が決まる。

残酷なまでにね。


次回『CODE:Partner』第五十三話『修羅の桜』


その愛は、プログラムを超える。

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