第五十一話:疾風の歪み
前回のあらすじ
決勝で負け、天を仰ぐ相良。そこに、現れた大内巳隆と山名トワに「今後に遭遇する試練」の話をされる。そして、「一番大切なもの」を決めるよう言われた。
相良の試練は、これからだ。
~12月24日・夕方 東京都・西畠ホールディングスビル~
「いてっ!」
俺は額を地面にぶつけてしまった。前の買い物の時みたいに、美咲がサポートしてくれるなんて、虫が良すぎたな。
「!? 司令官、大丈夫?」
ワンテンポ遅れて、美咲がやってくる。ここで、ラルーチェも来ないってことは。
「ラルーチェに、何があった?」
俺以上に優先順位の高いことは、俺の人生とかか。さっき、俺のこと言っていたし。
「あ、えーと。直接見れば分かると思う。ほら、掴まって」
「ああ、すまん」
美咲の手で立ち上がり、そのまま前へ。そこには、やはりラルーチェ・ダークネスがいた。
「もう一度聞こうか、偽りの聖女。隊長同士の直接対決に負けたにもかかわらず、まだお前の正義が正しいと言うのか?」
「はい。あんな美しくない戦い方。正義とは言えません」
ラルーチェ・ダークネスと対面しているのは......またルーシーか。恐らく橋口ゆーすけのだな。
「戦いに美しさなど関係ないだろ。それに、民間人を犠牲にしてわざわざ一騎打ちを望むお前のどこが美しいんだ!」
「後世の人々が英雄譚として語る戦いです。それは、軍を率いる者同士の一騎打ち。愛する者と、倒すべき相手を倒す。それこそが、最も美しい戦いです」
互いの正義が、衝突している。何故、今かは知らないけど。
「これ、前に起こりかけた喧嘩が暴発したってこと?」
「う、うん。多分、隊長が橋口ゆーすけに勝ったから向こうが爆発しちゃったんだと思う」
「何、その逆恨み......」
まさか、作品内と逆の立場になるとはな。まあ、あの偽聖女も所詮はヒロイン補正がなければただの痛い女か。けど、この場面じゃなくて良かったじゃないか。
「美咲、止める人いなかったの?」
「橋口ゆーすけが、いつの間にかいなくなってて。こう言うの、マスターくらいしか止められないの」
「じゃあ、俺が止めよう」
そうなれば、人間の俺が止めるしかないな。周囲のざわざわを脳内から除外して俺は小走りする。
「あ、ちょっと待って!」
美咲が止めようとするが、これはリスクを背負ってでも俺が止めないと。
「ラルーチェ、ダークネスを解除してくれ。俺は、誰かに否定されて砕けるような正義感は持ち合わせていないから」
二人の間に入るようにして、俺はこう呼びかける。
「犬飼疾風......飼い犬の躾けはしっかりして貰いたいものですね」
......こいつ。
「それは失敬。私の愛犬は、誇りを持って番をしておりますので。害虫駆除を自主的に行ってしまうのですよ」
「......隊長」
ラルーチェの頭をゆっくり撫でながら、俺はルーシーを睨み返す。
相手の撃退と相方のケア、両方やらないとな。
「が、害虫ですって!? 貴方、何て言葉を......」
「ラルーチェ、あの女は気にしなくていい。優勝者インタビューを受けるからダークネスを解除だ」
「あ、ああ」
さて、次々。ある程度彼女の溜飲も下がったことで、無事に元のラルーチェに戻った。
「では、聖女さん。ごきげんよう。敗者はおとなしく、そこで優勝者インタビューを見ててください」
俺のラルーチェを、あそこまで怒らせたんだ。このくらい、言って良いだろう。
「......」
黙ったか。まあ、彼女も「勝った側が正義」の世界の住人。勝負の定義は、共通か。
「......じゃあな」
ダークネスを解除したラルーチェが冷たい目で偽聖女に別れを告げる。
......最近、ラルーチェもかなり落ち着いた。怒る時は怒るが、すぐ静かになる。
俺の相方として、ある程度適応化されたのかな。良いことだ。
「さてと」
こうして、美咲と合流し、俺はステージへ登ろうとした。
『はっはっは。貴方は本当に、狭い人なのですね。犬飼疾風さん』
「......?」
と思ったが、全体に向けて俺への罵倒が響き、俺は階段を上る足を止めた。
橋口ゆーすけが、マイクを持って俺の前にいる。
「......ふむ」
下手なことは、言わない方が良いな。主催がマイクを握っている、その段階で、俺は一歩引いて対応する一択だ。
『流石に、すぐ怒りませんか。では、なぜ私が急に罵倒したか、理由をお話ししましょう』
周囲の視線が、全てゆーすけに向いている。俺の優勝者インタビューだよな。なぜ、いつのまに盤面の主役が変わってるんだ。
『司令官がラルーチェを助けている間に、動揺した実況のマイクを奪ったんだよ』
(なるほど、な)
美咲が俺宛に「コンタクト」してきた。どこまで計算しているか分からないが、主導権を奪いやすい素人を実況に置いた可能性はあるってことか。
『彼、犬飼疾風が正義ではない理由。それは、彼の愛するキャラ達共通の「歪み」にあるのです』
「......あ?」
歪み、だと。純粋に戦いを続けた彼女たちに、そんなもの、あるはずがない。
『詳細は省きますが、彼のパートナーは皆、精神的な狂気を抱えています。ある者は、己の命を捨ててまで祖国復興の鍵を渡し』
......リリィのことか。
『ある者は、祖国滅亡のその日まで戦い続け、その記録を未来に残しました』
これは、美咲のこと。これのどこが歪んでいるというのだ。
『傍から見れば、美しき精神でしょう。しかし、それは「自己犠牲」と「自国の正義」が主人公の立場から見て美談なだけ。もっと広い視点で見れば、彼女たちも敵国兵士と同じく「殺戮者」であることに変わりないのですよ』
ほう。言うじゃねえか。確かに、彼女のいる「インフィニティ・バトリオン」でも敵対している「地下帝国」キャラを絶対的な悪役を作らなかった。
「けど、それだからって美咲を殺戮者って言うなよ」
「......司令官、抑えて」
思わず、声に漏れた。それを美咲が止める。そうか、まだ橋口ゆーすけの話は終わっていないな。
『そして、ラルーチェ。彼女は「オメガ・ザ・ヒーローズ」の中である意味最も歪んだキャラと言えるでしょう。助けようとした子供たちを目の前で「味方だったキャラ」に見殺しにされ、彼女は復讐に支配された......』
「......」
まあ、それはそうだな。彼女の闇落ちは、終盤まで主人公の味方だったキャラ以外だとかなり丁寧に描かれていた。ここに、認識の違いはないだろう。
『そして、元々味方だった兵士を躊躇なく殺した。そして、彼女はこう言われた「裏切りの弓兵」と』
「ーーーー」
それも、よく言われているよな。否定はしない。あの作品「オメガ・ザ・ヒーローズ 夢の旅人」で彼女は「敵役」だ。そして、捉え方次第で「悪役」でもある。
『その後の彼女の末路は、誰にも助けを貰えず主人公に倒されること。そう、彼女の夢も理想も、泡となって沈んだんだ』
「」
そう、だな。そうだよな。世間から見れば、そうだよな。
『だからこそ、彼女はゲーム内でも悲しき悪役なんです。そんな彼女をパートナーに選ぶ人が歪んでいないはずがない。どこかしら世界への恨みを貯め込み、やがて爆発させる危険人物なのです』
「......否定しねえよ」
俺は、小さくこう返した。周囲に向かって話し続ける橋口ゆーすけには、聞こえるはずのない声で。
「けど、彼女は物語上でも多くの人を救っているんだぞ」
そして、こうも付け加える。まあ、彼女の誕生日に限定販売されたボイスの内容だから、知らないだろうけど。
『これでお判りいただけたでしょう。彼、犬飼疾風がいかに歪んだ人物か。AIパートナーという存在がいる以上、パートナーが誰かは本人の性格を大きく表します。彼は、危険人物なので......』
「ちょっと待て」
彼が気持ちよさげに俺への罵倒を締めくくろうとしたその時、マイクを誰かが奪った。しかし、その青髪で誰か分かった。
『黙って聞いていれば、さっきの聖女と変わらないな。薄い一般論を引き延ばして大きくしているだけ』
「ら、ラルーチェ」
ダークネスは、ちゃんと解除されている。けれど、彼女の背中が黒ずんだオーラを発している。
「これ、まずいな」
「し、司令官。どうする? このままじゃ、ラルーチェが何か壊しちゃう!」
流石に、美咲も危機感を覚えたようだ。俺に判断を仰ぐ。
「て、撤退しよう。このままじゃ、優勝インタビューどころではなくなる。適当に言葉を残して帰る」
「う、うん。まだ、間に合うよね?」
どうだか。もしかしたら、ダークネスの時よりまずいぞ。けれど、だからって行動しない理由にはならない。
俺たちは同時に歩き出し、ラルーチェを止めにかかる。しかし。
『隊長、少し待ってくれ。大事な話だ......』
「......!?」
その言葉と、冷たいまなざしに、俺の足は止まった。
「ら、ラルーチェ?」
俺の指示を、実質無視し、彼女がマイクを握っている。
何が、起きるんだ。まるで、地獄が広がるかのような感覚。
これは、もう一波乱どころじゃないな。
さてと。本格的にゆーすけが敵意を向けてきたね。
それを疾風は必死に受け流そうとしたけど、ラルーチェがそれを正面から返しちゃった。
これ、今もテレビ中継されているんだよね。
どうなるかなあ。
次回『CODE:Partner』第五十二話『地獄の炎』
その愛は、プログラムを超える。




