第四十五話:相良の未来 前編
前回のあらすじ
準決勝で、ゆーすけ相手に何とか勝利した疾風。
段々と、疲労で本人の言語化能力が失われていく中、ギクシャクした相良陣営を見て「本人たちは、あれでもうまくいきそう」と感じるのだった。
~12月24日・夕方 東京都・西畠ホールディングスビル~
「......」
僕にとって、この準決勝は気持ちの整理を付ける時間だ。
決勝に向けて、どうするべきか。アリッサを、どうするか。そこを、整理しないといけない。
「ハニー! 頑張れー!」
声が、聞こえる。いつもの明るい声ではなく、必死に応援する彼女の声が。
(僕のアリッサは、なぜこの姿になった? 記憶が抜け落ちていたとはいえ、兵士アリッサの残像はあったはずなのに)
ショックで失われた記憶は、そんなに大きかったのか。スキャンの精度は所詮「アリッサが好き」程度の情報だったのか。
(けど、記憶の衝撃ならお姉ちゃんの方が上だよな。実在の人はAIになれないから?)
相手の二刀流スキル「ロスト・ペンタゴン」をかわし、僕は短剣の常套スキル「ダイ・シャ・リン」を発動する。これすれば、大抵の相手は体勢を崩すんだ。
(だとしても、僕も他に好きなキャラいたよね。いた、よね?)
あれ、思い出せない。インバトと形国以外で僕が好きだったゲームやアニメ、あったっけ。
(いない、な。引き籠る前とかに見てたドラマやアニメはあったけど、記憶に残らなかったし)
忘れたわけじゃない。大した感想を持たなかった。
「うらあ!」
「......」
二刀流って隙が多いんだよね。一つ一つが大振りだから、カウンターのポイントだらけだ。
「......」
短刀は、こう言ったカウンターが非常に強い。数あるスキルの中からスタン効果のある「デビル・ナイフ」を叩きこんだ。
「うっ」
相手が慌てだす。じゃあ、片づけよう。
そのまま短剣の最大連撃スキル「サン・レン・ダ」で叩く。
「あ、ああ、あっ」
まだ、体力残っていたか。なら。
僕はそのまま高く飛び、両手で持った短刀で思いっきり刺す。
シンプル故に使い勝手の良い「フライング・ドライブ」。これ、僕のお気に入り。
「あー!」
相手の悲鳴が聞こえる。今度こそ、終わったようだね。
『決まったー! 黒沼相良選手、今までの苦戦ぶりが嘘のような圧勝だあ!』
響く実況。ふう、一段落。
「ありがとうございました」
「ありがとう......ございました」
対戦相手と握手を済ませ、僕はゆっくりとステージを降りる。
「......ハニー! お疲......れ」
「あ......うん」
一瞬、いつものアリッサがいた。けれど、すぐに静まった。やはり、僕への罪悪感が酷いようだ。
「......」
何か、「もう大丈夫」みたいな声をかけるべきだった。けれど、何も言えない。
僕がアリッサに傷つけられたのは事実だし、彼女が兵士時代を否定したことも事実だ。
「あ、お兄ちゃん」
「ん?」
「決勝まで、まだ時間あるよ。どこか行く?」
「あ、うん。後ろのソファーかな」
一方のキリハ。いつもと同じ雰囲気で、いつも以上に心配してくる。
「うん、行こ」
手を引かれ、僕は会場の後ろに下がる。しかし、背中に感覚がない。
「行くぞ、アリッサ。例え僕を裏切った存在でも、今はまだパートナーなんだから」
「え、ええ......」
酷いことを言ってしまった。けど、事実だよね。正直、迷っている。僕は、「この」アリッサと一緒に人生を歩むべきかを。
俺は彼女の手を半ば強引に引っ張って、会場の後ろへと向かう。まだ、モヤモヤする。
◇◇◇
「......あ」
「......」
「こんにちは、相良さん」
想定、するべきだった。ソファースペースには犬飼疾風がいることを。けれど、これは想定外だよね。
「膝枕、ですか?」
「ああ。隊長は私の膝が好きなんだ。疲れた時は、いつもこうしている」
彼に膝を貸し出しているラルーチェからの返答。慣れた態度だ。恥じらいがない。
「だ、大胆ですね」
「お前も、いつもベタベタしているだろう? お相子だ」
「う......」
振り替えると、僕は彼女たちと凄く密に接していたよね。傍から見ると、ここまで目を背けたくなる風景だったんだ。
「まあ、私の隊長がこうなったのは最近だ。色々と悩んでいるうちに、限界を迎えたようでな」
「司令官のこと、悩ませちゃったの」
「......」
ラルーチェに続き、美咲もそう答えた。彼の足を靴下状態で自分の膝に乗せている。
何と言うか、僕らも周りから見たらこうなんだなって思った。
(マスターが色々抱え込んで、それを察したパートナーが体を寄せる。僕らだけって訳じゃないよね)
ある意味、そのように基礎コードが設計されているのだろう。開発者の望みか、ユニークを希望した人々の傾向分析の結果か。
「......なあ、黒沼相良」
「な、なんでしょう?」
「少しだけ、話をしようか。隊長も、デバフのかかったお前とは戦いたくないはずだろうし」
「え、ええ」
ラルーチェが、再び口を開く。右手で、犬飼疾風の髪を撫でながら。
「私たちは、司令官の望みによって生み出されたAIだ。それは、元となった私たちに司令官の思う『私たち』の要素が加わる」
淡々と「自分はAI」と話すラルーチェ。違和感があるのは、僕がAIパートナーを当たり前に認識しているからかな。
「けれどな。本人たちも知らぬ間に『求める人』や『同じ考えの者』、中には『理想の自分』も反映する場合もある。詳細は、私も知らないが」
「え、ええ」
世界の裏話、にしても話がボンヤリしている。これも、パートナーに備え付けられたプログラムなのだろうか。
「可能性の話、なのだが。黒沼相良、お前は『未来の自分』を求めていたのではないのか? あらゆる過去を捨て去り、なかったことにできた自分を」
「......?」
パートナーのスキャンって、そんなに細かくできるのかな。ゆーすけも、そこまでは言っていなかったはずだよね。
「まあ、有体に言えば『深層心理』は本人が自覚してないだけで、求めているキャラを投影してくれるって訳だ。......自分の気持ちが強すぎると、そうとも限らないが」
「な、なるほど」
要するに、僕のアリッサは「意識的に望んだ姿」ではなく「深層心理が求めていた姿」ってことか。
「......過去を捨てた、アリッサか。僕も、過去はショックで忘れちゃうくらいだし......」
憧れた姿、なのか。けど、だからって。それを見て、美咲が反応した。
「自分の好きな人を否定したくないって顔だね。スキャンをしなくてもわかるよ」
のっそりと、彼女がこちらの目を見つめる。そして、その言葉は。
「え、ええ」
僕の気持ちだ。兵士アリッサは、ショックで記憶を失うくらいの大事な存在。記憶に封じ込めるのも一種の深層心理なら、僕はやはり兵士アリッサの方が良いのに。
「......ハニー」
ごめん、アリッサ。それでも、僕の心にいるのは昔の君だから。
「まあ、気持ちの整理はつかないだろうな。だから、最後にこう言っておこう。本当に最高のパートナーって、結構耳の痛いこと言ってくるんだぞ」
「......はあ」
「ただ、絶妙に心の中に入ってくる。それが行き過ぎると、同族嫌悪になるからな」
「......はあ」
実感の籠った声だ。多分、これで理解できない僕はこれ以上いても無駄だな。
「それじゃあ、僕らはこれで。また後でお会いしましょう」
ソファーで休む気もなくなった。少し、歩き回りたい気分。
「......ああ」
「......またね」
二人の、師匠のパートナーは寂しそうにこう言った。話すの、好きなのかな。
いや、それとも。
「ねえ、二人共」
「な、なあに?」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
ステージに戻りながら僕は、小さく二人に声をかける。ソファーの二人にも、聞こえてそうだけど。
「少し、思ったんだ。師匠のパートナーは、さっき話していた『同族嫌悪』を受けてしまったのかな」
「......」
「......」
アリッサも、キリハも、静かに僕の続きを待つ。
「師匠は、凄く意志が強い。それどころか、自我が強いまである。じゃないと、付いていないはずのラルーチェ・ダークネスなんて変身形態、作れっこないもん」
「......ええ」
「そうだね」
「そして、あの二人も強い意志を持って戦って、死んでったキャラ。似た者同士だ」
僕は、ここで一旦区切る。二人の表情は変わらない。
「だから、互いの意志の強さが反発し合って、喧嘩しちゃったかもって思った。それがショックで、師匠は二人に甘えるようになった。何かを、埋め合わせるかのように」
目は見ていない。けど、彼の堕落しきれない雰囲気でそう思ってしまった。
何か、処理しきれないものがあるのかなって。
「......分からない。けど、お師匠さんも戦っているんだと思う。私たち、パートナーの為に」
と、アリッサ。いつもの口調が、少しだけ戻ってきた。
「多分、あの人もメンドクサイ性格なんだろうね。お兄ちゃん以上に。だから、あんな感じだと思う。上手く、言語化できないけど」
と、キリハ。いつも通りだが、少し寂しげだ。
「そう、か。実際に剣を交えれば、何か分かるかな」
僕の答えの出し方が、これしか思いつかなかった。なら、それでおしまい。
決勝戦、楽しみにしてるよ。師匠。
何か、言葉が難しい時間だったね。疾風がラルーチェ・美咲に思うことも、相良がアリッサ・兵士アリッサに思うことも、一言じゃ表現できない。
重ねてきたもの、現状、未来。全部が雁字搦めなんだ。
それを、決勝で紐解ければいいね。
その前に、橋口ゆーすけだけど。
次回『CODE:Partner』第四十六話『相良の未来 後編』
その愛は、プログラムを超える。




