第四十四話:準決勝 疾風VSゆーすけ
前回のあらすじ
長い長い、相良の記憶。それはアリッサの過去の姿「兵士アリッサ」を愛した少年が公式から裏切られるまでを書いた物語だった。
~12月24日・夕方 東京都・西畠ホールディングスビル~
『さあ、いよいよ準決勝! 犬飼疾風選手対橋口ゆーすけ様だあ!』
実況の音声を聞いて思う。主催者贔屓甚だしいな。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ」
「気を付けてね」
いつもの出かける感じで、俺は二体に見送られる。ただ、手が震えているから心配しているのだろうな。
「......」
正直、無理をしてきた自覚はある。ただ、それでもこの準決勝までは進まなければならなかった。
そう。ラルーチェの為にも。
「犬飼疾風。ようやく雌雄を決する時が来ましたね」
「......そうですね」
俺の前に現れたのは、橋口ゆーすけではなくルーシー・ド・ボルアネ。大会前、俺に「正義の戦争をしよう」みたいなことを言ってきた女だ。
「貴方の正義感は、間違っている。私がパートナー丸ごと、正して差し上げます!」
(戦うのはお前じゃなくて、橋口ゆーすけだろ)
相変わらず、自分しか見えていない発言に呆れかえる。しかし、俺が本当に怒るのは別のことろ。
「パートナー丸ごと、ですか。何か、俺のパートナーとありました?」
しかし、ストレートに言えば俺の立場が悪くなる。向こうから言わせるが吉。
「とぼけたことを! 貴方の隣にいるラルーチェです! 昔は歯牙にもかけない存在でしたが、この世界では別。この平和な世界でダークネスを発動するのなら、それも止めて見せます!」
「......っ」
なんの悪びれもなく、こう言った。そうか、そうなのか。
「そうですか。ならば、私も叩き潰しましょう。その残酷な正義、壊して差し上げます」
心は決まった。原作から不動の「賛否分かれるオメヒロヒロインランキング第一位」のお前を、「最も嫌われるオメヒロヒロインランキング第一位」に格上げしてやるよ。
そう残して、俺はステージへと登る。
「よろしくお願いしますね、犬飼さん」
「ええ、よろしくお願いします」
先程の会話を、恐らく流しているのだろう。橋口ゆーすけは、素知らぬ顔で握手してきた。
「......」
「......」
けれど、目線を交わした時、少しだけ分かった気がする。
ルーシーのことはよく知らないが、彼にも理想がある。その為にも、この戦いは本気だと。
(また、終わった後に倒れそうだな)
手加減を知らないし、それができる相手でもない。勝っても負けても、未来は変わらなそうだ。
『それでは、試合開始!!!』
お気楽に、ゴングが鳴らされた。さて、どう勝つかな。
◇◇◇
「よし!」
ゆーすけのキャラは、少年キャラに黒ずくめの装備。そして、レイピアだ。
主人公キャラとアスカ。両方の要素があると言っていい。
癖が、一切ない。平均的なバトルキャラだな。
「......ふむ」
なら、こちらも普通に攻撃するか。まずは様子見。最低ランクのスキル「スラッシュ」だ。
「お」
ステップでかわすゆーすけ。そのまま反撃の「トリプル・スターライト」が飛んでくる。
「!」
こちらも、後方へのステップでかわす。その時だった。
「いけ!」
レイピアは、連撃に特化している。一度かわされても追撃が容易だ。しかし、しかしだ。
「え、それあり?」
奴は通常では有り得ない追撃をかましてきたのだ。相手の利き手を正確に狙わないと発動できない、超緻密なレイピアの連撃スキル「シャイニング・パース」。
なんで。まさか、俺の動きを読まれたのか。
食らえば、スタン確定。そしたら、連撃を受け続け立て直しは不可能。
「!」
少しでも体をずらしてスタンを無くす。それしかない。
「!?」
しかし、それすらも読まれた。いや。
「修正、した?」
確かに、レイピアの矛先が後からずれた。俺の鼓動が一気に速くなる。
ど、どんな技術だよ。
「......」
「いけ、いけ!」
そこから、受ける追撃。ただ、これなら。
俺はギリギリの角度から「クロスチェーン」を叩きだす。しかし。
「ここ!」
しかし、避けられる。まるで、陰分身をしているかのよう。
ラグか。いや、純粋に速いのか。チート......は考えないでおこう。
「それ!」
かわされついでに、大技「エンジェル・バースデー」を受ける。俺の、いやユリ・ハヤテの体は宙に吹き飛んだ。
「......」
体力は、ギリギリ残った。けれど、もう。
「......犬飼さん、とどめです」
彼のレイピアが、俺の胸元を目掛けて突き刺してくる。
「......油断したな」
レイピア相手でも、綺麗な筋を描けば出せるんだよ。俺はレイピア越しに鎌を振るった。
「ジャッジメント・バーン」
「!?」
大きく逸れる奴の体。今しかない。
「結局のことろ、お前の動きは速いだけなんだよな」
相手が速く動くのなら、俺は大軍相手に動くと思えばいい。当たれば、俺の勝ちだ。
「ダッシュバースト」
「あ、れ」
当たったか。影が消えればこっちのもの。一気に持ってく。
「キャスティング・ストライク」
「!!!」
ふん。スタンが入ったな。
「ブラック・ライトニング」
「......」
「終わり、だな」
『あ......ゆーすけ様が負けてしまった! 犬飼疾風選手、桁外れの神風をものともせず勝利!』
実況の贔屓声。てか、速い認識あったんだな。
「......」
「......」
疲れた顔で立ち上がる俺たち。何だろう、スッキリしない。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
握手して、退場。正直、ゆーすけ本人には正義を感じないからな。因縁は、なしだ。
「......お疲れ、隊長」
「おかえり、司令部」
「ああ」
さっきの試合よりは、疲れはない。ただ、何だろうな。このモヤモヤ。
「ラルーチェ、話すの面倒くさい。スキャンして」
「あ、ああ」
昨日、俺は喋るのも面倒だったからな。これで色々察して貰っていた。
「......ルーシーか。試合に勝ったところであの女が素直に『参りました』なんて言うはずないしな」
「......だよな」
「まあ、もう少し休め」
「ああ。美咲、ソファーは?」
仕方ない。休もう。俺は、後方を見た。
「うん、空いてるよ。決勝まで休もう」
「おう」
休もう。決勝の相手はどうせ分かっている。
して、どうするかなあ。ここで優勝すれば、色々とメディア的に有利だろうけど。
肝心の「何をしたいか」がいまいち固まっていない。
(負けないことばっかり考えて、肝心の理想がぼやけてきてるな。どうしよう)
俺は、ソファーに向かいながらぼんやりと考えるのだった。
勝った後に、ようやく向き合えるようになったから。
そう、テレビ中継されているとはいえ、これは非公式の大会だ。
勝ったところで得られる実績は何もない。
(勝った後を、繋げないと。俺が理想とする「AIパートナーと共存する世界」に必要なものは何だ?)
考えよう。未来も見据えて。それが、決勝で力になるはずだ。
「......あ」
ふと、その時。視界に相良一行が入る。
あからさまに乱れた心境の相良に、落ち込んでいるアリッサ。そして、何かを抑え込んでいるキリハ。
(随分と、ギクシャクしているな。けれど、何故だろう。俺には良い未来になりそうに見える)
ゲームのストーリーで言うなら「魂の双子」だろうか。相良とアリッサは「同じ」気がした。
「なあ、二人共」
「ん?」
「どうしたの、司令官」
「ちょっと、俺の考えをスキャンしてくれないか? 上手く、言語化できなくて」
よく分からない。一種の勘だ。ただ、思ったよりも暗く見えないんだ。
「わかった」
「ちょっと待って~」
二体が、俺にスキャンをかける。以心伝心以上に、俺の自己分析が捗るのは、良いことだ。
「!?」
「!!」
良いことばかりでは、ないらしい。二体の表情が、地獄を前にした少女になっている。
「どうした?」
「え、あ、いや」
「な、何でもないよ」
何でもなく、はないな。けれど、俺には話せない内容か。
「そうか。また話せたら、教えてくれ」
俺は、そう言うしかなかった。相手はAIだから無理やり聞くこともできただろうけど。
(それは、相方相手にしたくない)
俺の理想を、舐めないで貰おう。好奇心や不安感程度で、崩す態度はない。
「また、ソファーに行こう。決勝は、どうせ黒沼相良だろうしな」
「ああ」
「間違いないね」
予想を確定した未来として話す俺たち。まあ、ここまで来れば順当なデータに基づいているけれどな。
「......ラルーチェ」
「ああ」
ソファーは、またがら空き。俺は、ラルーチェを先に座らせ、彼女の膝に頭を乗せる。
「......ふう」
俺は、再び安寧の時に入った。未だにやってこないルーシーや、テレビから嫌な注目をされるリスク。優勝してリリィのパートナーAIを手に入れたとして、その後の展望。
何もかも、不明瞭だ。だからこそ、この時間がありがたい。
「......司令官足上げたら? 私の膝も、空いているよ」
と、これは美咲の声。彼女の膝に、足を乗せるよう言っている。
「ああ。頼む」
俺は、素直に甘えることにした。暗闇越しに靴を脱ぎゆっくり伸ばす。すると、彼女の膝に着地した。
「......」
俺は、今何が必要なんだろう。モヤモヤは、止まらなかった。
いやはや。あの状況から逆転するとは驚いたよ。
大軍意識の戦い方、こんな風にも活かせるんだね。
さてと、疾風は次のステップに進もうとしてるけど。相良はどうかな。
次回『CODE:Partner』第四十五話『相良の未来 前編』
その愛は、プログラムを超える。




