第四十二話:キリハの回想
前回のあらすじ
疾風は、肉を切らせて骨を切る戦法で何とか準々決勝を勝利。しかし、体も心もすでに限界を迎えていた。
一方の相良。明かされた己とアリッサの過去の処理が上手くいかず最悪の決断が頭をよぎっていた。
~12月24日・夕方 東京都・西畠ホールディングスビル~
「......出番か。行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
「......気を付けてね、ハニー」
疾風さんの試合が終わってしばらく後。お兄ちゃんの試合が始まった。
お兄ちゃんは静かにステージへ上がってく。アリッサに、目線を合わせずに。
「......」
「まあ、私たちもデリカシーなかったかもね。今まで大丈夫だって理由でお兄ちゃんの頭の中を見放題だったし」
「うん......」
「あと、不用意に話しちゃったのも反省だね。お兄ちゃんを傷つけちゃった」
「......うん」
ひたすら、アリッサは俯いている。そう、だよね。ショックだもんね。
けど、もう引き返せない。私たちの見たお兄ちゃんの記憶は、本物なんだから......。
◇◇◇
~五年前 東京都・黒沼宅~
この日、大型台風が東京に接近し、お兄ちゃんの中学校は休校になった。
いや、都内全域が台風を凌ぐべくお休み状態だった。
「参ったなあ。もうすぐ区内巡りでその準備があるのに」
お兄ちゃんは、当時中学一年生。ゆるーいテニス部に属していて、遊び盛りの男の子だった。
「そうね。けど、私はパソコンを持ち帰ってたから家でも仕事ができるのよねえ」
と、これは由里さん。事務職の仕事は、一応家でもできる。
「ふーん。大人って面倒だね」
「そうねえ。守りたい子のためだもの」
由里さんって、多分ずっとこう。ストレートに、お兄ちゃんを愛し続けた。それ以外に、何もなかったから。
「......姉ちゃんって、ほんと良いお姉ちゃんだよ。弟をこんなに大事にしてくれてさ」
お兄ちゃんの方も、愛情をいっぱいに受けて育ってきた。唯一の家族だから。
「でも、僕の親はひどいよな。生まれたばかりの僕を捨てて、二人共どっか行っちゃうんだもん」
けれど、寂しさは消えない。「親がいない」事実は、特に小学生時代は「誰かと違うおうち」が鈍く残り続けた。
「......」
「お姉ちゃんも大変でしょ。子育て放棄した親代わりだなんて。本当は、もっと楽しい生活ができたはずなのに」
姉思いだからこそ来るこの発言。皮肉なことに、これがトリガーとなっちゃったの。
「ねえ、サガちゃん。本当はね」
「ん? どうしたのお姉ちゃん?」
溜まり切った罪悪感。もうごまかせない年頃のお兄ちゃん。気分が落ち込む雨。由里さんが口を開くには、条件が十分過ぎたの。
「本当はね。お母さんはサガちゃんの生まれる前に死んでいるの」
「え? じゃあ、僕はどうやって生まれたのさ? 特殊な医療?」
地獄の門が開かれた。私なら、すぐ逃げ出したいくらいの。
「いいえ......そもそも貴方が生まれる一年以上前に死んでるから」
「......え?」
中学生にもなれば、それが可笑しいことくらい理解できる。
「貴方を産んだのは......私なの」
うつ向いたまま、由里さんは絞り出す様に言った。
「......え、でもお姉ちゃんなんだよね?」
「ええ。サガちゃんのお姉ちゃんだし、お母さんなの」
「じゃあ、お父さんは?」
「私たち両方のお父さんよ」
虚ろな目で質問するお兄ちゃん。震えながら答える由里さん。
情報は、十分話した。けれど、どちらとも受け止めきれていない。
「え、じゃあお父さんってお姉ちゃんと......」
「そうよ」
「はあ!? 実の親子でって、それ、良いのかよ!?」
己の生まれが禁断の関係に起因する。それは、倫理観が育ち始めた十代の子供にとって、耐えがたい真実だった。
「良くないわ。だから、貴方はお父さんの婚外子になってるの。お母さんの養子にもね」
「よ、養子って」
「血は繋がっているから、問題ないわ。あの男が失踪して十年以上たってるし、もう遺産相続も私たち二人が受けている。だから、私たちはちゃんとした姉弟なの」
「......」
呆然としているお兄ちゃん。余りにもショックだと、感情が抜け落ちるのかな。
「サガちゃんのことは、ずっと大切なの。息子としても、弟としてもね」
「......」
「だから、これからも一緒に家族として......」
「納得いくか!」
叫んだ。彼の中で「怒り」がようやく出てきた。
「僕のこと、ずっと騙してたの? 僕のことを何だと思って接してきたの? 僕のこと、嫌な思い出だった? だからずっと、弟なの? ねえ、お母さん?」
「......」
母親。それは、誰もが持っている大切な人。それが自分を避けていた。
ある意味、子供からすれば由里さんの行動は子への裏切りとも言えた。
「少し、一人にさせて。僕は、死ぬべきかもしれないから」
「!? サガ、ちゃん」
止めようとした由里さんの手は、届かない。お兄ちゃんは、台風の風より速く階段を駆け上がる。
「......」
この後、由里さんがどうしたかは、分からない。多分、由里さんも由里さんで整理しきれていないんだと思う。だから、お兄ちゃんは引き籠った。
声を沢山かけて欲しかったから。
けれど......。
◇◇◇
~四年前 東京都・黒沼宅~
「......」
「......」
由里さんは、上っ面の言葉しか投げられなかった。玄関の前で言った言葉は、主にこの二つ。
『サガちゃん! お願いだから、一緒にご飯食べよう!』
『サガちゃん! 私はずっとサガちゃんを愛してるよ!』
お兄ちゃんが欲しかったのは、もっと強い愛だったのに。部屋の扉を壊してまで、入ってきて欲しかったのに。由里さんは、扉の向こうでしか話が出来なかった。
だから、お兄ちゃんはパソコンに依存した。
『親父と姉の子なんだけど、死にたい』
『呪われた子が今後人生を何とかする方法』
『現実を忘れさせる遊びとか教えてくれ』
とにかく、見ず知らずの人に聞き続けた。
最初は絶望的に。徐々に前向きで状況を改善する方に。そして。
『暇だったら、「インフィニティ・バトリオン」やったらどうや? 今話題のゲームでストレス解消できるぞ』
このコメントで、お兄ちゃんは運命に出会った。
「......これは」
ゲームの名前をコピー&ペーストして、ネット検索。そして浮かんできた画像こそ。
『兵士アリッサ実装! 知られざる過去、今明かされる』
の謳い文句と一つの動画。
「......」
何も言わずに、手が動いた。そのプラチナブロンドの髪と傷だらけの体に、魅了されたから。
そして、数十秒後。
「......」
お兄ちゃんは、インフィニティ・バトリオンのアカウントを手に入れていた。
そう、これが始まり。
裏切りへのカウントダウンが、始まった。
詳細に、キリハの中には相良が如何にして引き籠ったかが浮かび上がっていたね。
しかし、まだアリッサの過去が終わっていない。
どのような回想なのか。そして、現実で起きている彼の戦いはどうなるのか。
次回『CODE:Partner』第四十三話『相良の準々決勝』
その愛は、プログラムを超える。




