第四十話:揃った八強
前回のあらすじ
黒沼相良にキリハを返した疾風。去り際の問答は、彼らの関係にまだ深い何かがあることを示していた。
そして、今回の「アリッサの過去」の黒幕とも言える樋口元代。彼女もまた、自分の「志」のために彼らを見定めるのだった。
~12月24日・夕方 東京都・西畠ホールディングスビル~
『決着う! 犬飼疾風選手、華麗な足捌きで見事完封。ベスト8一番乗りを決めました!!!』
「ふう......」
手早く挨拶を済ませ、俺は軽く伸びをし、ステージを降りる。
正直、ちょっと疲れた。
「お疲れ、隊長。少し休むか?」
「司令官、これ。待機室から取って来たの」
俺の肩を抱きとめるラルーチェと、甘い飲み物を渡す美咲。流石に、疲れは目に見えていたか。
「ありがとう、二人共。それ飲んだら、少し目も休める」
喉が渇いた。目がショボショボする。指にも疲れが溜まり始めた。
「んっんっはぁ!」
これは、俺の好きなアセロラドリンクだったか。どうにも、俺は観察力も老人クラスに落ちちゃったな。本格的に、休まねば。
「美咲、どこか横になれる場所はある?」
「えーと、会場の後ろにソファーがあるよ」
「じゃあ、そこに行く。ラルーチェ、後ろからでもステージの声は聞こえる?」
「......多分問題ない。あと、画面も見えるはずだ」
そうか。なら、決まりだな。
「ソファースペースに行こう。俺は準々決勝まで休むから、二人は周りを見て情報収集を頼む」
「ああ」
「任せて!」
こうして、俺たちは拠点を移動した。正直、一回戦後ほどの余裕は、時間も体力もメンタルもない。
なるべく早く移動して、ゆっくりと倒れ込む。
「......ぅ」
思い知った。「魅せプレイ」って、こんなに「しんどい」のか。女王の言葉を受けて「試してみよう」とやってみたけれど。
「......っ」
これ、次のバトルまで持つかなあ。情報がまだないけど、魅せプレイどころか瞬殺できるかも怪しい。
次からは、ずっと本気。消耗戦だ。
「......」
不安だ、何もかも。少なくとも橋口ゆーすけと戦う準決勝までは勝ち進まないといけないのに。
(休まないと、休まないと。休ま、ないと)
徐々に、意識が遠のいていく。マイクの声が残響のように響き。人込みの喧騒も波打つ海辺のように沈んでいく。まあ、寝れるならその方が良いな。
その方が、次の戦いも楽になるってもんだ。
◇◇◇
「寝たか」
「そうだね」
ソファーを一台占領した形で、隊長は動かなくなった。
「にしても、隊長があんな無駄な動きをするとはな」
私にとって、彼のあの戦いは「らしくない」の一言に尽きる。少し、不満だ。
「キリハさんから伝えたでしょ。アスカさんに『エンターテイメント』を求められたって」
「ああ、『コンタクト』で聞いた。けど......」
それでも、不満だ。現に、こうして倒れている。本末転倒ではないか。
「大丈夫。これもある意味司令官の『やりたいこと』だから。後悔はしてないよ」
「そう、だろうが」
あの女と同じ世界から来たという女王。彼女に尽くす行為そのものが、隊長たち「プレイヤー」の本望だというのだろう。
「結局、隊長の根底にはあの世界があるってことなのかな」
「かもね。司令官の最初の世界だし」
最初の世界は、特別か。まあ、仕方ないよな。
「だからこそ、今の私たちが司令官の助けになるの。ほら、ベスト8が揃ったから幕間トークだって」
「あ、ああ」
最近、美咲がかなり前向きになった。隊長の必要なものを考え、隣で支えている。
その一方、私はどうだ。隊長と口喧嘩して、どこか消極的になってしまった。
それは、本当に「喧嘩したから」だけなのか。もしかしたら、もっと根本的な性格や価値観が合わないから......
◇◇◇
『いやー、遂に揃いましたねベスト8!』
『ええ。ここからはさらに熱いバトルが期待できますよ』
相変わらず、司会者の長良は「会話の広がらない話の降り方」をする。それを無理やり広げる山名トワは、徐々に時間との調整を学んだ。
『誰が注目ですか?』
『そうですねえ......』
二回戦開始前と同じような質問をする長良。もう少し、幅を持たせろ。
『橋口ゆーすけ選手は今のことろ全ての戦いが30秒以内で決着しています。彼の使うレイピアは元々短期決戦向き。安定感だけで言うなら、一番でしょう』
『へえ......』
『ただ、相手への対応力で言うなら犬飼疾風選手でしょうね。相手の武器や体格に応じてスキルを使い分けてます。それも、瞬時に、的確に』
『ほお』
『まあ、だからこそですかね。犬飼選手がこの準々決勝で敗退しても可笑しくはないんですけどね』
『どういう、ことですか?』
トワが、一気に座布団をひっくり返しにかかった。流石の長良も、これには食らいつく。
『彼が自分の対策として何をしてくるかが「わかりやすい」ということです。自分の戦法を相手が「知っていることを知っている」ことは、ゲーマーの間ととても重要なんです』
『えーと......』
専門的な話が始まった。
『例えば、じゃんけんをするとします。自分がいつもグーを出していると相手が知っていたら、相手は何を出してきますか?』
『それは、グーに勝てるパーですよね』
『その通り。だから、自分は「相手がパーを出す」と予想ができてチョキを出すことで勝てる。相手の「裏の裏」をかくことが出来るんですよ』
『な、なるほど』
目を丸くさせる長良。情報の使い方を、ここで思い知った。
『まあ、それを犬飼疾風が把握した上で動くと、完全ないたちごっこですけどね』
『あ......その場合、どうするんです?』
『ここまで来ると「人それぞれ」の読み合いになります。どんな相手でもこの読みで勝利することが、ゲーマーの鉄則なんですよ』
『す、すごいですね』
『まあ、全部受け売りなんですけどね』
ここに来て、トワが軽く微笑む。
その笑顔は、かつて彼女が最も元気のあった高校生の頃みたいだった。
『へえ。先輩ゲーマーさんですか?』
ここに来て、ながらも深堀を始める。時間を見ても、問題はない。良い質問だ。
『......いいえ』
しかし、この良質問に対しトワは笑顔を失う。
『学生時代、一緒に戦ったことのある人ですよ。もう、会っていない大事な人です』
心の傷、と言うには消化不良。未練と言うには過ぎたこと。そんな、声色だった。
『......』
『まあ、ぶっちゃけ私が「形国」でトリックタイプのウチヤマを使っているのもあの人の影響なんですよね。色々、語れない思い出もいっぱいありますし』
遠い目をする山名トワ。彼女の過去は、あまり深く知られていない。
ただ、一つ分かることがあるとするならば。
獣のような動きをする割に戦略眼が長けている彼女の根本には学生時代のある人物がいるということくらいだ。
山名さんは、本当にお兄ちゃんが大好きだったんだなあ......。おっと、いけない。
いよいよ始まる準々決勝。疾風は、相良は、ゆーすけは、どのように勝ち進んでいくのか見物だね。
次回『CODE:Partner』第四十一話『疾風の準々決勝』
その愛は、プログラムを超える。




