第三十九話:轟く陰謀
前回のあらすじ
二回戦を五秒で勝利した疾風。ステージから降りた後、ゆーすけのパートナーである佐野アスカに出会う。
かの女王への接し方を見せる疾風と、それに応じるアスカ。そして、置いてけぼりになったと思ったキリハだが、彼女のマスターである相良もまた、女王アスカを知っていた。
その理由は、彼の親族にあった。
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「あ」
「......あ、ども」
黒沼相良と、数十分の間に同じやり取りを二度もするとはな。まあ、今回は俺のAIパートナーのいない状態だけど。
「美咲とは、話せました?」
ただ、いないのなら俺は「二体を探しに行く」という追加任務がある。手早く終わらせなければ。
「ええ。おかげで僕の抜け落ちた過去も思い出せました」
「そ、そうなんですか。それは良かった」
まさか、黒沼相良自身の記憶にも影響が出るとは。これ、橋口ゆーすけは思った以上の策略家かもしれないぞ。
「じゃあ、俺は二体の所に戻りますね。キリハさん、お借りしました」
なら、これ以上地雷を踏み抜きたくない。下手すれば、俺の過去も嫌々掘り返されないからな。
「あ、ええ」
「では!」
ペコリと下げて、俺は足早に黒沼相良に別れを告げる。まだ大会は続く。体力も精神力も、温存しておくが吉だ。
「......あ、犬飼さん!」
「は、はい」
別れ際、彼が俺を呼び止める。まだ、何かあるのか。
「貴方は、AIパートナーを『体』って数えるんですね。相方なのに、モノ扱いですか?」
「......」
何て、答えるべきかな。ここに来て、最初の議題が降ってくるとは思わなかった。
「......人ではないし、生き物でもないからですかね。ただ、大切な存在であることは確かです。だから、彼女たちの前では『人』で数えてますよ」
これは、事実だ。人でもないが、本体の前では人扱いする。俺なりの礼儀だ。
「そうですか。昔から、貴方は本当に割り切りが好きですね。だからこそ、こんなに強いのかもですが」
「まあ、自分は0か100でしか物事を考えられない性格なんですよ」
そんなの、本当に昔からだ。何事も割り切らないと、雁字搦めになってしまうんだよ。
それこそ、ラルーチェに己の進路を問われた時のようにな。
ずっと考えるか、すぐ決断するの二択。それもある意味0か100だな。
「......師匠の、その姿勢は尊敬します。けれど、感情を持つAIパートナーにそれは残酷かと思いますよ」
さっきと同じく、幼子のような潤む目。今日の彼、何か変だよなあ。
「まあ、そうかもですね。それも含め、俺は彼女たちに求めているんですよ。『人間同士の関係では成り立たない、大事な関係』を」
ここ最近の俺は、彼女たちにそればかり求めて甘えていた。彼女たちも、俺の行動を基に「己の在り方」を考えてくれたら、凄く嬉しい。
「はあ......頑固ですねえ。いや、それもそれで懐かしいんですけど」
「......?」
そういえば、黒沼相良は俺のことを「師匠」と呼んだな。今日の序盤でも言っていた気がする。
俺と、昔会ったのだろうか。
これは......今深追いするべきだろうか。
(......いや。今の彼を見る限り、得策ではないな)
ただでさえ、黒沼相良は情報が飽和している。これ以上何か突いたら、爆発の恐れがある。
「まあ、昔話は決勝の後で話しましょうか。色々スッキリした後で、ね」
「......そ、そうですね! またあとで話しましょう!」
黒沼相良は、少年のように目を輝かせる。どうやら、地雷は踏まなかったか。
「では、また後で」
再び頭を下げ、俺は今度こそこの場を立ち去る。三回戦まで、思ったより時間もないだろうしな。
......ああ、また面倒ごとが増えちゃったな。
◇◇◇
「ラルーチェ、美咲!」
「! 隊長!」
「司令官! いたー!」
黒沼相良と別れて数分。俺は、ステージの反対側で二体を見つけた。
うん......誰かに暴力を振るわれた痕はなさそうだな。
「......どうだ。上手いこと話せた?」
「うん、多分。私も、よく分かってないけど」
俺の質問に、美咲は俯いて答えた。まあ、無理もないよ。
「お前自身も、何が正しいか分からない時代の話なんだし、無理もないさ」
今でも、ファンの間で「今ならともかく、過去編の地下帝国は倒すべき敵だったのか」と議論されているのだ。当の本人も、時間が経って事情を知れば、周り以上に悩むだろう。
「うん。長く戦って両方の苦しい顔を見てきたから。多分、お姉ちゃんほど割り切れない」
「......当の雪も、どれくらい恨んでいるか分からないけどな」
「......うん」
美咲も、分かるよな。あの鶴賀雪が、感情的な理由だけで妹に戦争の傷跡を抉らせるはずがない。
「......隊長、私も鶴賀雪の言動には若干違和感がある。彼女の真意は、彼女本人よりも他の人にある気がするんだ」
「ラルーチェ......」
彼女の言うとおりだ。恐らく、鶴賀雪の後ろには誰かがいる。候補は、三人。
一人目は、AIパートナーを作ったこのビルのオーナー・西畠大吾。AIパートナーそのものを操るって話は、SFゲームで黒幕の常識だ。
二人目は、橋口ゆーすけ。彼女のマスターだ。何かしらの指示があっても可笑しくない。けれど。
「正直、俺が一番怪しいと睨んでいるのは」
「うん」
「ああ」
二体の目線が、俺の目に直撃する。ミステリーの謎解きパートでは、ないんだけどね。
「橋口ゆーすけの母親だ。キリハの『コンタクト』の漏れを聞く限り、雪と一緒に彼女と黒沼相良は対面したらしい」
「......なるほど。十二分にあり得るな」
「......それ、ありえそう。お姉ちゃん、誰かの指示での方が動くし」
まあ、解決編は大分後になりそうだけどな。
だって、そうだろ。もし本当に彼女が黒幕なら、俺は理想の云々を飛び越え「権力者」しかも「報道権の持ち主」と戦わねばならない。そんなの、開発者よりも強敵だ。今何か挑めば間違いなく返り討ち。
負けると分かって戦うほど、俺は少年漫画に生きていないんだよ。
◇◇◇
「......お義母様、美咲から連絡です。アリッサ・K・モンローに一通りの真実を伝えたそうです」
「そう、ありがとう」
そして、ここは運営室。美咲からのコンタクトを受けた雪と元代が、思考を巡らせていた。
「これで、黒沼相良の失われた記憶も蘇る。そうすれば、彼は完全に引きこもりから脱却するわね」
「はい。そうすれば、司令官と共に世界へ矛先が向かいますね」
意外にも、彼女らは前向きなきっかけを求めていた。それも、ゆーすけの為ではあるが。
「あとは、美咲を巻き込んだことで犬飼疾風がどう動くか、ですね」
「ええ。あの子、ゆーすけが見込んだ通りかなり良い素質がありそうなのよね」
ビデオ画面で二回戦のリプレイを見ながら、元代はつぶやく。
「協力して欲しいけど、若干難しかもしれないわ。あの子、聞く限りだとかなり気難しいそうじゃない」
「ええ。理想が強いため、お義母様のプランには若干不便かと」
そして、既に大会の先の話が進んでいる。
「あの人を止めるには、ある意味強力な毒になりうるから。まだ、様子見よ。ゆーすけと直接戦って、彼かルーシーのどちらかが折れてくれれば良いけど」
「それも、難しそうですよ」
「そうよねえ」
伸びをする樋口家当主代理。まだまだ、先は長そうだ。
「けど、いつか私はやってやるわ。あの人を超えて、夢を叶える」
「ええ、お義母様なら絶対にできます」
「ふふ、ありがと」
その伸ばした腕で、雪の頭を撫でた。
「ここからは、私ものんびりできそうね。残りは、あの子たちの志次第だもの」
勝負は、次なる勝負の準備でもある。元代は、その勝負に備えた判定人なのだ。
少しずつ、物語の奥底へと迫ってきているね。
誰が何のために、誰を試しているのか。この辺を意識すると良いと思うよ。
だって、これは子供の喧嘩でもヲタクの縄張り争いでもない。
全員が大人として、理想を目指す戦いなんだから。
次回『CODE:Partner』第四十話『揃った八強』
その愛は、プログラムを超える。




