第三十八話:流れた二回戦
前回のあらすじ
淡々と美咲の口から語られた「過去キャラとしてのアリッサ」に、相良もアリッサも困惑が大きかった。淡々と真実を片手に話す美咲の冷たさは、姉の指示のようで、本人も心苦しい。
誰が得をしたのか、疑問に思うラルーチェだった。
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「宜しくお願い致します」
「よろしくお願いします」
互いに一礼、握手。その後、着席。ふう。
『用意は良いですか? では、二回戦開始!』
山名トワとやらの挨拶が終わり、俺は意外と早く出番が来た。
同行したキリハは、一回戦の二体と同じ要領で待機中。まあ、許可なく離れはしないだろう。
「......」
「......」
てことで、二回戦開始。ラルーチェの情報通り、相手は大剣を持った大男だ。
淡々と、大掛かりに、そしてゆっくりと近づいてくる。
「ふむ」
昔と変わってないな。移動速度が全キャラ最低、攻撃威力が全キャラ最高の尖り切ったこのカスタマイズは、今でも需要があるのだと思った。
「......」
対戦相手は、無言で迫ってきている。試合が始まって二秒。ずっと静かだ。
ただ真っすぐ、こちらに向かってきている。
「ふむ」
俺の手は、ずっとチャージボタンを押している。あと、三秒。
「......」
相手が、大剣を振り下ろすモーションに入った。一切の無駄がなく、大剣の基本にして究極を放つつもりなのだろう。
「......ふむ」
定石に忠実だな。恐らく、それなりにプレイしたのだろう。
だからこそ。
「......」
俺は、五秒で仕留められたわけだが。
「え?」
対戦相手が、ようやく声をあげた。まあ、そうだよな。完全に自分の勝ちパターンだったのに、一瞬でKOされたんだから。
「......」
スキルのチャージが完了。素早くしゃがみスキルを発動した。
角度を確認。振り上げた俺の鎌が、振り下ろされた相手の大剣をかすめながら火を纏う。そのまま一回転しながら首筋を狙い一撃。
大男のような体力・防御力自慢のキャラでも一撃で仕留める鎖鎌のスキル「ジャッジメント・バーン」が上手く決まったな。
『け、決着う! 犬飼疾風選手、わずか五秒でノックアウト。一回戦の最短勝利記録を大幅に上回りました!!!』
司会がまた、驚きの声を上げている。まあ、何も知らない人からすればね。
「これ、小学生の頃はよく使ってたな。情報戦とかなかった頃だし」
あの頃と同じなら、準々決勝辺りまではこれで勝てそう。いや、キャラにもよるか。
「ありがとうございました」
「ありがとう、ございました」
握手をし、一礼。俺は、コンビニ帰りの感覚でステージを降りた。
「あ、お疲れ様です」
「ええ」
待っていたのは、キリハ。ぎこちなく、マスターの知り合いを迎える。まあ、気まずいよな。
「どうします? お兄ちゃんのとこに戻ります?」
「どう、しましょうか」
正直、美咲の話がいつまで続くか分からない。下手に戻って火中の栗は拾いたくないのが本音だ。
「少し、ステージ周辺で時間を潰しましょう。このままでは、早めに帰り過ぎることになります」
「ええ、そうしましょうか」
......マスター以外でも、提案は素直に受け入れるんだな。まあ、よく知らないが。
けど、どこを歩くかねえ。
そう思っていると、誰もが良く知るキャラがよく知らない人間を率いているのを見かけた。
「あれは......」
「アスカさんですね。しかも、ゆーすけさんの」
「へえ......」
完全に、仕事中って感じだな。となると、周りにいるのは橋口ゆーすけの関係者か。
「挨拶します?」
「やめときましょう。忙しそうですし」
ただでさえ、向こうの方が人数が多い。不利な敵地に突っ込む理由はないのだから。
「あ、けど。こっちに向かってきますよ」
「......偶然を装って、逃げましょう。今話しても、碌なことになりませんし」
「え、何故です?」
そこ聞くか、普通。見れば分かるだろ。
「俺たちの組み合わせを見て怪しまれるでしょうが!」
「あ......」
まぬけか。ともかく、問答する暇があったらここを離れないと。
俺が真後ろを確認し速攻で退却を始めようとした瞬間。
「すみません、犬飼疾風さん!」
声を、かけられてしまった。俺が真摯に向き合うべき、女王様に......。
参ったねえ、こりゃ。
◇◇◇
俺は、恐る恐る彼女の方を見る。タブレット端末を抱え革靴を履く彼女は、この世界でも佐野アスカが威厳のある女王の素質があることを表している。
「ごきげんよう、アスカ女王。大会、楽しませて貰ってますよ」
膝を立て、俺は静かに一礼する。大衆の場だろうが、俺にとって彼女は女王なんだ。
「ごきげんよう、犬飼疾風さん。それは何よりです。ところで、お連れのこの子は......」
早速、本題か。まあ、その為に声をかけたのだろうからな。
「ええ、黒沼相良のパートナーの個体です。諸事情があり、彼が私のパートナーと話をしておりまして。代わりに、彼女が私の護衛について貰っています」
嘘は、良くない。俺は、ほぼ正直に話すことにした。まあ、核心部はぼやかすが。
「......そう。キリハ、この人の戦いっぷりはどう?」
真意ではなく、俺への純粋な感想を振るアスカ。俺が言うことを、疑っていないんだな。
「凄く、理性的です。常に最適解を探して、実行していて」
「そう。流石ね」
そう言って、彼女はゆっくり歩んでくる。
「......」
俺は知っている。この雰囲気を出す彼女は俺たちの望んだ「女王」を演じる時だと。
「大会、今後も程よく勝ち進んでください。多少の苦戦を見せるのも、一つのエンターテイメントですよ......」
「......御意」
ったく、そのモードで言われちゃ従わざるを得ないじゃねえか。
「ふふ、ごめんなさいね。けど、三回戦からは楽勝って訳にはいかないかもよ?」
「......ですね」
「引き留めてごめんなさい。じゃあ、また」
「ははっ」
俺が顔をあげた時は、既に彼女は従えたスタッフの背中に隠れていた。
ふふ。こんな感じの個体がこの世界中にいるとしたら、身が持たないな。
「あの......犬飼さん」
「あ......はい?」
そういえば、すっかり彼女を置き去りだったな。原作の初期キャラとは言え、流石にこの態度は違和感があったかな。
「......犬飼さんって、本当に私たちの世界が好きなんですね。『女王アスカ』なんて初代限定のトゥルーエンドじゃないですか」
「あ......」
この個体は、知っているんだな。黒沼相良の年齢を考えると、ゲームは知っていてもストーリーは知らないと思っていたのに。
「あ、お兄ちゃんは初代のストーリー知ってますよ。お兄ちゃんの大叔母さんが、初代キャラの担当声優してますので」
「......は?」
今、俺の頭は情報処理に詰まった。
えーと、相良が初代の「女王アスカ」を知っているのは分かった。あと、多分だがシレっと俺の思考を読み取ったのも分かった。
で、問題はこの先。
「大叔母さんが、声優さんなんですか?」
この言葉が、何より大きい。そして、形のない王国の声優は今や皆人気声優だ。誰だ。誰なんだ。
けど......。
(本人どころか、本人の親族のパートナーAIに聞くのは、気が引けるな。プライバシーだろうし)
「え、ええ。けど、名前は聞かないんですね」
「俺の考えを読んでいれば、分かるでしょう。何となく、悪いと思ったんですよ」
「そ、そうですか......」
キリハも、これ以上は何も言わなかった。深追いするべきでは、ないのだと。
「さて、そろそろ戻りましょう。話、終わってるかもですし」
「え、ええ」
気分を、変えたくなった。だから、渦中に戻る。
まあ、世の中そんなもんだよ。どこで因果が巡るか分からない。
けど、その因果を今取るかは、自分で決められる。
彼の親族の件は、また今度にしよう。
本当、疾風には可愛げがないね。もっと驚いたり暴れたりしても良いのに。
あ、勿論「他人の前で」だよ。キリハが目の前にいるし、疾風は全然崩れなかったね。
ラルーチェが隣にいれば、もっと内側の焦りを外に出したのかもだけど。
次回『CODE:Partner』第三十九話『轟く陰謀』
その愛は、プログラムを超える。




