第三十七話:葬られた過去
前回のあらすじ
二回戦直前、疾風は待合室の面々に堂々と宣戦布告を行った。
その後出会った相良一行。ここで、彼らに「アリッサのことを教えて」と頼まれた美咲。
美咲は、疾風を遠ざけ、姉からの想いを伝えにかかった。
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「......」
「......美咲、落ち着いて話せ。ゆっくりでいいから」
「うん......」
師匠がさっと立ち去って早数分。鶴賀美咲は、考え込んでいた。そんなに、話せないのかと僕は思う。
少なくとも「話す」と決めた人の時間には見えない。
「......あのさ。覚えてないんだよね。過去のこと?」
そして、話し始めた。質問形式で。
「え、ええ。貴方と会ったのは、イベントの時よ」
そして、僕のアリッサもたどたどしい。彼女のメンタルが、時間と共に蝕まれていくのが手に取れる。
「そっか。じゃあ、これは『別の貴方』の記憶として聞いてね。私たちパートナーAIは、結構部分的な記憶を持たないことも多いし」
静かな目をしている。全てを終えた、悟っている目。
「あのね。アリッサは昔、私たちを殺したの」
「!?」
「......」
「え???」
そう、なのか。彼女は確かに元地下帝国だけど「腰抜けガンマン」と呼ばれるくらい人殺しはしないキャラとして通っていたはずだ。だから、物語序盤で味方になった。
「多分、ゲーム上は『別キャラ』になるわ。けど、私の知る『アリッサ・K・モンロー』は髪を束ねて血走った目で私の仲間を殺す女だったの」
「......」
束ねた髪。血走った目。ミサンガは、昔も付けてたって言ってたよね。
それ、もしかして。
「あ、あのさ!」
僕は、割って入った。何か、何か思い出せそうなんだ。
「もしかして、その子は地下帝国のことを『地底の国』って呼んでた?」
確信を得るには、こんな変なことしか聞けない。
『私は、誇り高き「地底の国」の兵士なんだ! 太陽の光など、いらない!』
この言葉しか、覚えてないから。けど、けど。
「......うん。私が生きていた頃の途中までは『地底の国』だったからね。その中でもアリッサは私の死ぬ直前まで『地底の国』呼びにこだわっていたよ。『帝国じゃない、私たちの暮らす国なんだ』って」
「!?」
その言葉で、何かの鍵が外れた。俺の愛した女性。擦り切れになって銃を取り、涙を押し殺して惨殺し続けた女性。己の故郷を守る為に戦い、捨てられた女性。
「君は、地底の国の『氷の炎獣』なのかい?」
僕は、ようやく、この言葉を思い出した。俺が、一番使っていたキャラの二つ名を。
「......っ!? ハニー、その名前って」
「ああ、君のかつての名前だよ。ねえ『兵士アリッサ』?」
なるほど。僕の中にいた「思い出の少女」がスキャンの時にエラーした理由。それは、既に「アリッサ・K・モンロー」が僕のパートナーにいたからだ。
「......」
「......」
互いに、言葉が続かない。何て言うのかな。嬉しいのに、嬉しくないんだよ。
僕は、トラウマも一緒に思い出したから。
アリッサは、血塗られた過去を処理しきれないから。
まあ、そうだよね。君はAI。ない記憶は、思い出せないよ......。
◇◇◇
「......マスターの方は、気が付いたようだな」
「うん」
「で、こっからどうするんだ? ただ過去を解き明かすのが姉の指示ではないだろ?」
「うん......」
硬直する二人を見て、私は美咲の確認をする。彼女の目的は何なのか。ただ相手の過去を掘り起こす為だったら、口喧嘩の強い隊長をここに残していたはずだしな。
「敵に塩を送るって訳でもないよな。奴らのモヤモヤを晴らすタイミングなら、他にもあった」
「うん」
「それに、元の提案はお前の姉。マスター同士が近しいなら、なおのことだ」
「......うん」
ふむ。いまいち姉妹の間柄は分からないが、何となくわかることはあるな。
「......ラルーチェ?」
「ああ、今から言うことはサラっと流して欲しいのだが」
「うん」
隊長のやり取りの失敗は、繰り返さない。前提をしっかり話して、私は核心に迫った。
「あの姉は、お前を経由するととこでアリッサに精神的ダメージを与えたいのではないのか?」
「!?」
「復讐ってレベルではないだろう。ただ、彼女がマスターの作戦を利用したと思えそうなんだよな」
「......」
まあ、詳しくは分からないがな。ただ、正直黒沼陣営のAIは色々脇が甘い。
奴らの「コンタクト」には情報保護がされておらず、情報が私たちにも聞こえるんだ。
それを踏まえると「アリッサの失われた過去」と「黒沼相良のスキャンのエラー」、更には「橋口ゆーすけからの提案」などは全て「鶴賀雪の気持ち」で解決できる。
「そう。彼女の言葉だけで、『ただの疑問』が『争いの火種』にもなる。現に、アリッサは己の知らない己に硬直して、相良は過去に苦しめられている」
「......うん」
「この大会の真っ最中まで真実を先延ばしにしたのは、鶴賀雪の微かな復讐心があったのではないか?」
同じ立場なら、私だってそうする。己の手をほぼ汚さず対象の精神を乱せるのだから。
「......うん。その復讐心は、多分あるよ」
美咲が、姉の悪意を認めた。まあ、そこで下手に庇う性格でもないよな。
「けどね。多分お姉ちゃんの目的はもう一つある。予想だけど」
ほう。
「聞かせて貰おう」
「......試しているんだと思う。みんなを」
そう言うと、美咲は五歩ほど前に出てアリッサの真正面に立った。
「貴方にその記憶はないと思う。だって、AIだから」
「!?」
私たちが、それを直接言うのか。
「だからこそ、言わせて『あれだけのことを、しておいて、よくもまあ堂々とこっちにいられるよね』」
「!!!」
おいおい。完全に「裏切り者め」と「敵め」の両立だな。本来のプレイヤーなら嬉しいキャラなのに、本人たちの因縁が終わらないとこうなるのか。
「......私は、ただ、守りたかった。のだと思う。あの時も、裏切った時も、今も」
俯いて、アリッサは話し出す。正直、「かつてお前の先祖が俺たちの先祖を殺したんだ」くらいに実感の湧かない話だよな。
「けど......ごめんなさい。貴方たちのこと、何も分かっていなかったわ」
謝る、のか。お前自身は、何も知らないのに。
「アリッサ......」
そして、黒沼相良がそっと彼女に近づく。肩を抱き、静かに支えた。
「ありがとうございました。おかげで、モヤモヤは晴れましたよ。それ以上の真実に、耐えられないですけど......」
冷や汗全開で、相良はこう言う。まあ、そうだよな。大会中にこんな人生レベルの言葉を、ほぼ他人のAIから聞くことになるとは思うまい。
「ちょっと、休んできますね。では」
ペコリと頭を下げ、相良はアリッサを連れて人込みへと消える。こちらの返事を待つ余裕は、なかったようだな。
「......任務、完了」
美咲も、返事をする余裕はなかった。
「これ、誰が得したんだ?」
全てを眺めていた私は、そう問うしかできなかった。
正直、雪は消化しきれていないんだろうね。
戦争の恨みは、引きずってはいけないけど忘れてはいけない。
相手がその記憶を保持していなければ、なおのこと。あらゆる部分で、厄介だ。
けれど、美咲は全部言った。あとは、受け取った相良とアリッサ次第かな。
次回『CODE:Partner』第三十八話『流れた二回戦』
その愛は、プログラムを超える。




