第三十六話:呉越同舟
前回のあらすじ
ゆーすけの母・樋口元代と久しぶりに会った相良。彼女の傍に控えるゆーすけの雪から、アリッサへ「過去」を問われ、アリッサは大きく動揺する。
「真相は妹に聞いて」と言われ、彼らの向かった先は......
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「お、もうすぐ一回戦も終わりか」
「だね~」
「存外、早く決着するんだな」
......うん。やはり食べやすくて、余計な水分の取られないゼリーは最高の待機食だな。
この待機室について三十分も経っていないが、十個以上食せた。
「そろそろ、俺たちも行くかあ」
「そうしよっか」
「二回戦の相手は、大剣を使う大男だ。勝てると思うが、油断はするなよ」
「おーけー」
大剣か。初期配置が一回戦と同じだったら、あれが使えそうだな。
「ごちそうさまでした。えーっと、ゴミ箱は......」
「あっちにあるぞ」
「サンキュ」
ゼリーのゴミを片して、準備完了。さあて、仕事仕事。
「ねえ、司令官」
「ん?」
どうした美咲。さっきの不安げな目ではないけど。
「せっかくだし、この部屋の人にも挨拶したら。注目してるよ」
「んー?」
チラッと周りを見る。確かに、何人か俺を横目に見てるな。
「俺、顔割れているの?」
「第一試合だったからね。顔と名前が合うんでしょ」
「ふーん」
まあ、立場が逆なら俺も観察してるよね。あんだけ堂々と特集された優勝候補な訳だし。
じゃあ、相応の「挨拶」しないとか。
「んじゃ、少し待ってて」
「オッケー」
「......気を付けろよ」
そして、俺は踵を返す。三歩ほど歩き、あえて足音を鳴らす。
「!?」
「......」
「はあ?」
控室にいるのは、ざっと40人のプレイヤー。二回戦の連中の半数以上だ。なら、十分だな。
「どうも、犬飼疾風です。おっと、自己紹介で既に知られている名前を答えては無意味ですね」
「......」
「?」
「きも」
反応は、さっきとほぼ同じ。まあ、いいか。
「昔取った杵柄とは言え、私は貴方がたを小指で捻る相手と戦ってきました。今回の大会は、途中までウォーミングアップにもならないでしょうね」
「......」
「!!」
「いきりおって」
ふふ。思ったより楽しいね、これ。
「私に勝てる人は、ぜひ二回戦も余裕で勝ち上がってください。ちなみに私は、五秒で片づけます」
『!!!』
ふふふ。流石に驚いてくれたね。まあ、あくまで期待値の通りならだけど。
「では、私はこれから軽く伸びしてきますので。そちらでご覧ください」
ペコリとお辞儀をし、俺は待機室を後にした。
「お待たせ」
「おかえり~」
「......まったく、ハメ外しすぎだぞ」
「ははは」
すまんね、ラルーチェ。俺も遊び盛りなんだ。
「じゃ、有言実行するためにも......」
首元のチョーカーに触れ、俺はあの日の苦痛を思い出す。
「瞬殺するか」
俺は戦士に戻る。既に脳内には、倒れた大男が浮かんでいるよ。
「ああ。それでこそ隊長だ」
すっと近づいてくるラルーチェ。なるほど、やはりラルーチェはこちら側か。
「......無理、しないでね」
一方の美咲は、俺から半歩離れた。......美咲は、既に戦士を終えたか。
まあ、仕方ないよな。あんな惨状を見届けたんだかた。
◇◇◇
「お」
「あ」
......どうしよう。これ。いや、黙っていればすぐに俺の番は来るけどさ。
『では、二回戦を開始する前に新たな特別ゲストのご紹介です。あらゆる戦闘ゲームで最上位に立ち続ける、「虹階級の女王」山名トワさんです!!!』
......あ、ゲスト紹介ですと。これじゃあ、俺の二回戦はまだ先か。
「......あ、あの」
「ええ」
そんな顔をするな、黒沼相良。若干苦戦してたけど、勝ちは勝ちだろ。
「その......聞きたいことがあって」
「ええ、どうぞ」
なんだなんだ、さっきからその目は。まるで五歳児だな。
「貴方は、アリッサの過去を知ってますか?」
「あ、アリッサ?」
拍子抜けした質問だな。てっきり、さっきの戦いの反省点を聞かれるとばかり。
「何か、さっきから頭にこびり付いているんです。忘れちゃいけなかったはずなのに」
「......」
しゅんとなる黒沼相良と、その横で深刻な顔をするアリッサ。キリハは、素知らぬ顔か。
「......」
参ったな。よりにもよって、俺に聞くか。やむを得ず、両隣を見る。
(どうする。ネットで調べろって突き放す?)
そして、念じた。これは、俺一人で決めてはいけない。
『隊長が決めろ。私の役目は奴らの逆恨みを叩き潰すことだ』
だよなあ。ラルーチェ、最近「自分の意見」が減ったよなあ。
で、肝心の美咲は。
『......ごめん。お姉ちゃんから「真実を伝えてあげて」って言われてるの。ゆっくりだけど、話させて』
(分かった)
『あと、出来れば司令官には席を外して欲しい。そこのキリハさんにも』
ほう。お姉ちゃんって言うと、橋口ゆーすけのとこの鶴賀雪かな。
(......いいよ。ラルーチェは?)
『念のため、美咲の傍にいる。隊長、何かあったら助けを言うんだぞ』
......ほう。今回限りは俺より美咲か。まあ、仕方ないけど。
(了解。じゃあ、そう話すわ)
『ああ』
『お願い』
決定。俺は、落ち着いて前を向く。
「いいですよ。美咲から話します。私とキリハさんは、席を外せればですが」
あくまで、こちらも淡々と。綱渡りだと、悟らせちゃダメだ。
「......どうする?」
「私は、それでいいわよ」
「私も」
黒沼陣営。三秒で閣議決定か。
「では、少しステージ周りをまわってます。呼ばれたら、ステージで二回戦やりますけど」
「ええ」
「では」
「はい......行ってくるね、お兄ちゃん」
「ああ......」
俺とキリハは、一歩ずつ前に出て、横道にそれる。
「ラルーチェ、美咲を頼むぞ」
「ああ、分かっている」
「司令官、ごめんね」
「気にするな」
こうして、異色な組み合わせでつかの間の徘徊をすることとなった。
さてはて、どうするかな。
◇◇◇
『では、続きまして本大会の注目選手についてお聞きします!』
初心者司会者・長良香織は、台本に沿って次の議題にようやく進む。既に、二回戦を始めなきゃいけない時間だが、本題が終わっていない。
『やはり、一回戦でも安定した強さを見せていた犬飼疾風さんが強そうですよね?』
『そうですね。実際凄く強かったです。洗練された鎖鎌の動きと、それを支える確かなステップ。これは、是非プロ候補として育てたいくらいです。多分「形のない王国」以外でも通用しますよ』
一方、彼女の気持ちを知ってか知らずか。山名トワはしっかりコメントをする。しっかり過ぎて、時間が押しているとも知らずに。
『そうなんですねえ』
ただ、遅延の原因そのものは長良の間の悪さではある。この返事は、答えた方も困るだろう。
『けど、彼の動きは少し心配なんですよ』
『そうなんですか?』
『ええ。何と言うか「大勢の敵」を相手にする足捌きなんですよ。通常なら問題ないんですけど、一対一の場合はいづれ弱点になりそうで』
『へ、へえ......』
長良、抽象的かつ専門的なコメントに呆然。正直、細かな動きの違いは一切分かっていない。
『多分、準々決勝辺りで苦戦が見られると思います。それでも、勝ちそうですけど』
『......とのことです! では、早速犬飼疾風選手の二回戦に参りましょう』
ここぞとばかりにトークタイムは終了。いよいよ、二回戦が始まる。
表よりも裏が大いに盛り上がる、二回戦が。
火花、散り始めたね。それも、海底から。
多分、ここで生まれた火種は大きく大きくなって、海辺で大火事を起こすと思うんだ。
多くの人を、巻き込んで。
次回『CODE:Partner』第三十七話『葬られた過去』
その愛は、プログラムを超える。




