第三十五話:母君
前回のあらすじ
美咲から「このままじゃ壊れる」と言われる疾風。アリッサの異変。ゆーすけからの招待状。
物語は、どんどん根源の渦の底へと堕ちていく。
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「......はあ」
ビルの奥の関係者控室の、更に奥。僕は、「運営室」の前にいる。ドアノブを握る手が、重い。
「気が乗らないの、お兄ちゃん?」
と、キリハ。まあ、正直怖いからね。ゆーすけが。
「あいつの目、見たことなかった。僕も手の上で転がすあの感じ、正直怖くて......」
ほんの数日前まで、あいつは昔と同じでくの坊だった。なのに、今は眉一つ動かさず人を殺せそうで。
「......けど、進まないと。この血塗られた手と、ちゃんと向き合わなきゃ」
これは、アリッサ。しれっと、俺の手の上からドアノブを握っている。
「そうだけど、少しだけ考えさせてよ。今回に関しては嫌な予感がするんだ」
「けど! 私も知りたいんだもん! 何が、こんなにモヤモヤするのかさ!」
「アリッサ! お兄ちゃんに無理強いしちゃダメ!」
「してない!」
「考えさせてくれ!」
な、何故だろう。急に僕らが「高校生」になった気がする。いや、物事は重大なんだけどさ。騒ぎ方が高校生だなって思って。
「......いや、僕はまだ高校生だよね?」
就職活動云々をやってて忘れてたけど。僕、まだ高校二年生なんだよなあ。
そう、己の「今」に少しだけ浸っていたその時だった。
「......あら、思ったより早かったですね」
ドアノブが、動いた。そして、顔を出してきたのは鶴賀雪。彼女も、ゆーすけのパートナーだ。
「あ」
「あ......」
「あー」
やらかした。決断をする前に、結論が出てしまった。
「司令官から、話は聞いています。どうぞ」
そして、もう逃げられない。スムーズ過ぎる。
「え、ええ」
「あ、ごめんねハニー」
「ははは......」
僕らはみんな、苦笑い。正直、こうなることは誰も望んでなかったよね。
けど。
「お邪魔します」
もう、戻れない。覚悟を決めよう。試合前、何を言われるのか分からないけど。
「っ!?」
光が強い。直射日光が上手いこと窓から入り込んでいるんだ。
「あら、お久しぶりね相良君」
そして、変わらぬ声。これは、見えなくてもいるんだな。
「お、お久しぶりです。おば......お母さん。五年ぶりくらいですかね?」
「前みたいに、『おばさん』で良いわよ。とりあえず、中に入って」
「は、はい」
言われるがままに部屋の中に入り、キリハがドアを閉める。
「それで、用事ってのは何ですか?」
僕は、もう本題に入った。多分、そんなに時間ないし。
「ああ、それならこの子からよ。何でも、アリッサさんに聞きたいことがあるそうよ」
「雪が?」
キョトンとするアリッサ。この二人、何か関わりあったっけ。
「ええ、アリッサ。正直に答えてね」
先ほどまで秘書そのものだった雪が、一気に「戦士」の目つきになる。音を立てずにアリッサに近づき、下から彼女を見た。
「!? あ、ちょっと待」
「......」
「っ」
僕は、咄嗟にアリッサを助けようとした。けれど、雪の一瞥で止まってしまった。
この目、さっきも見た。......そうだ、師匠の目だ。
アリッサの言う「多くの人を殺してきた」って、これだよね。
「......」
「では、質問するわ」
僕は目線を逸らし、雪が話を続けた。
「貴方、私と殺し合いをした記憶ある?」
「!!」
「!?」
「......」
「......直球ね。嫌いじゃないわよ」
空気が、静まり返った。まるで、何かに空間そのものを切り裂かれたみたいに。
「殺し合い? 私が地下帝国の隊長だった時、貴方は既にいなかったはずでしょ?」
そう。アリッサは「インフィニティ・バトリオン」本編のキャラだが、雪は過去編キャラ。ストーリー上では、絡みがないはずだ。
「そう。じゃあ、覚えてないのね。姿が違うからしょうがないけど」
雪の目がより鋭くなる。もし彼女の言うことが本当なら、アリッサは過去に相当な数の過去キャラを殺しているのかもしれない。
「え、ええ。私は、私よ」
「......なら、私から言えるのは一つかしら」
そう言うと、鶴翼の天女はアリッサの胸ぐらを掴んだ。
「え!?」
「あ、ちょっと」
流石に、僕もキリハも足が動く。二人でアリッサの下に駆け寄り、雪から引き離した。
「......あら。随分と想われてるじゃない。嫌われものだったのに」
「......」
雪は、僕らの知らないアリッサを知っている。ただ、それが真実かは分からない。
そもそも、僕は過去編そんなに知らないからなあ。
「聞きたいのは、それだけ?」
アリッサが、僕らの手を握って返事を始める。
「正直、私にその記憶はないの。ごめんなさい。けど、何か思うことがあるならハッキリ言って。変に毒を吐かれるのは、嫌なの」
そう、だよな。チクチク言われるのは性に合わない。ここまで来たら、ハッキリさせたいよ。
「それは......私から言う事じゃないわね。妹から聞いてみてくれないかしら?」
「妹?」
「そう。鶴賀美咲から聞いてみて。これは、あの子と話を付けるべきよ」
なるほど。どっちかと言えば、因縁があるのは美咲の方か。で、美咲は何処で会えるかな。
「美咲に会いたければ、大会会場に戻って。そこで、貴方のお師匠様と一緒にいるはずよ」
「あ」
そっか。犬飼疾風か。確か、彼のパートナーに鶴賀美咲がいた。
「そうするわ。これ以上いても、迷惑でしょうし」
僕らの手を持ったまま、アリッサは一歩下がる。確かに、これ以上いると危険だ。
「それが賢明だわ。無駄に突っ込んでも、犬死にするだけだもの」
少しだけ、雪の眼力が弱まる。その過去編で、似たような失敗でもしたのかな。
「そう......じゃあ、またね」
アリッサは速足でドアへと向かう。
「あ......また来ます、おばさん。ゆーすけによろしく!」
それにつられ、僕も慌ててご挨拶。
「ええ。また遊びに来なさい」
おばさんも、挨拶を返す。昔以上に冷たい感じがするのは、僕も大人になったからなのかな。
「アリッサ、もう引っ張らないで! 歩きにくい!」
「あ、ごめん」
僕らの手をほどき、アリッサは運営室を後にした。
「......」
さっきまで僕を握っていた彼女の手。凄く、汗をかいていた。怖かったんだね。ごめんよ。
◇◇◇
「さて、こっからどうなるかしらね?」
相良たちが立ち去った後、ゆーすけの母・樋口元代は秘書にこう尋ねた。
「失われていたデータの復旧は、彼女の中で進められるかと。加えて、相良自身も封じられた記憶が呼び覚ますと思います」
「そうよね。そうでなきゃ、ここまで貴方の傷跡をえぐった意味がない」
「いえ、もう過去の話ですから」
雪のストーリーは、息子からゲームのシナリオで聞いている。彼女自身のデータと一致していることも、確認済みだ。
「けど、そんな『ゲームの話』がここまで人のしがらみに関わるなんて、想像以上だわ」
「そうなのですか、お義母様?」
キョトンとする嫁に、元代は優しく微笑む。
「それはそうよ。貴方は今こうして現実にいるけど、それはここの貴方の話。データを持ってても、ゲームでの貴方と完全に同じじゃないじゃない」
「え、ええ......」
雪は思った。既にゲームで退場してる自分がこうして新しいストーリーを刻んでいる。これこそが、自分が「鶴賀雪」であり「鶴賀雪」でない証拠だと。
「それなのに、あのアリッサはそれがごちゃ混ぜになってる。相良君もね。まるで、現実でもゲームの世界にいるかのようだったわ」
「ああ、なるほど」
「だからこそ、期待してるの。これから彼らがどんな風に英雄譚を綴って、どんな風に壊れるのか」
「壊れる、ですか」
この疑問に、元代は悪魔みたいに笑った。
「そうよ。あの人も、元々は人々を助けようとした英雄だった。けど、理想と現実がゴチャゴチャになって、今ではその幻想を肯定する安い女ばかりといるんだもの」
「あ......」
義父の話は、散々聞いた。なるほど、相良に夫と同じ匂いを感じているのか。
「それは......楽しみかもしれませんね」
「でしょ? ゆっくり見ましょ」
「はい」
一人と一体は、そのまま息をついた。自分たちの仕事は、概ね終わり。あとは、取材だけである。
英雄色を好むとは言うけど、普通は女の敵だよねえ。
それを受け入れる女性は、ある意味狂っているのかも。
僕はそう思ったよ。
疾風と相良は、どうするんだろ。そこもある意味、楽しみだね。
次回『CODE:Partner』第三十六話『呉越同舟』
その愛は、プログラムを超える。




