第三十二話:最終スキャン
前回のあらすじ
「スキャン装置の傍にいるパートナーAIは、スキャンしている人の思考の影響を受ける」
この言葉と共にその事実を目の当たりにした疾風は、ゆーすけに自分のパートナーを一時的に預けることにした。
この際、ゆーすけと共にいた相良から「......勝負だよ、師匠。決勝でね」と言われる。
この言葉の意味に、疾風はまだ気が付いていない。
~12月24日・昼 東京都・西畠ホールディングスビル~
「次の方、どうぞ」
「はい」
あれから待つこと、三十分。後ろにある長蛇の列を従え、遂に俺の番がやってきた。
ドーム型の入り口をくぐり、靴を脱いで一段上る。
「ここに寝てください。すぐに、キャラメイクが始まりますよ」
「......はい」
ここら辺は、検査の時と同じか。しかし、キャラ「メイク」となると、時間も足りないし操作も必要なイメージだが。
『これから、キャラメイクを始めます。一番好きな「形のない王国」のキャラは誰ですか?』
と、質問が流れてきた。前も、何回かあったっけ。
「リリィ」
俺は、小さく答える。前と同じなら思い描くだけでも良いけど、念のため。
『プレイするキャラの性別はどちらにしますか?』
「男」
俺は、俺自身の分身をゲームに作るタイプ。ネカマはしない。
『武器は、何にしますか?』
「鎖鎌」
ここだけ、少し大きく答えた。譲れない。
『では、これからイメージをしてください』
なるほど。ここからは深層心理のスキャンがメインなのか。
『貴方は今、戦場にいます。隣には、大好きなあのキャラ。共に目の前にいる大勢の敵をなぎ倒し、前へと進まなければなりません』
おっと。随分と細かいシチュエーションだ。けれど、誰もが想像しそうな場面だな。
『この時の貴方の髪・身長・体格・表情。あらゆる状態を想像してください。貴方は何と言って、敵と戦いますか?』
もはや、妄想の域だな。けど、そうだな。
髪色は、やはり青だよな。長いと邪魔だから、今の俺と同じくらいの長さ。体格とかも......俺と同じくらいでいいよな。表情は、まあ自然体で。
「絶対に、守って見せる。この世界も、君自身も。今度こそ、今度こそ......」
何かに釣られるかのように、俺はこの言葉を口にした。
『最終スキャン。貴方の全てを、教えてください』
キ―――――ン。
頭が、痛い。スキャンでこんなの、初めてだ。
『貴方の初恋は? 貴方の愛した人は? 貴方の最も苦しかった恋は?』
そして、何で全部恋愛関係の質問なんだよ。俺、今まで恋人いなかったから何も答えられないぞ。
『貴方にとって、理想の女性は?』
うわ、突っ込んできたな。理想、か。俺と釣り合うかは別として、強いて言うなら。
「常に理想を持っていて、俺の夢を笑わない人かな」
自分の理想、俺の理想。どっちも大事にできる人と、俺は幸せになりたい。
「まあ、そんな娘いないけど」
俺は、敢えてこう呟いた。だから、俺はこじらせてAIパートナーに頼り切っているのだから。
『......スキャン、終了です。お疲れ様でした』
そして、終了の音声だ。随分、長く感じたな。
けど、しっかり答えたんだ。間違いなく、出てくるはずだ。
俺の理想とする、俺の姿が。
◇◇◇
「足元に気を付けてくださいね」
「ええ」
スタッフさんの声で俺は元の世界へと戻る。ほんの少しの暗闇だったが、光が眩しい。
「......で、メモによると」
ポケットから行き先の書かれた紙を取り出す。ああ、ステージの更に向こう側か。
「行く、か」
まあ、色々不安はあるが。会いに行かなきゃそれ以上の不安が残る。
「えーと、とりあえずステージに行って。その後に、右のドアから......」
「右に行くと相手が言えば、自分は左に向かう。それが為すべき物の使命でしょ?」
「......?」
何か、聞き覚えのある口調が聞き覚えのない声で聞こえたぞ。
「けどさあマリー。いつもみたいに流れに身を任せて良いじゃないか?」
「その『いつも』がダメだと気が付いたの。この戦い、覚悟がないと負ける。ね、隊長?」
あのパートナーAIは、オメヒロのお姫様キャラだよな。なんで、あんな話をしている。
ゲーム屈指の頭お花畑娘が、なぜ。
「人って、もっと強い意志と夢を持って進むよ! 司令官も、今日は勝つつもりでお願いね!」
「え、ええ......」
マスターすらも動揺するキャラの変わりよう。そうだよなあ。あの「頭ドドンドドーン」なんてあだ名の付くインバトキャラが「意志」っていう言葉使っているのだもの。
で、この言葉回し。どこで聞いたんだっけ。
『私は、夢がある。それを叶えるために戦っているんだ。「何となくの正義」で罪のない者たちを見殺しにするお前を、私は許さない!』
『強い意志を持てば、どんなに強い相手でも勝てる気がするの。例え、どんなにボロボロでもね』
「......あ」
俺の、パートナーたちの言葉だ。昔から聞いてきた、彼女らの生き様。一瞬、忘れてた。
『読み取った思考が、一時的に電波として外に漏れ出る』
そういう、ことか。これは、俺の思考が他のパートナーAIにうつった結果だ。
結構、申し訳ないね。俺の理想の女性なんて、ほぼいない。
「まあ、多分すぐ治るだろ。でなきゃ、大クレームだし」
俺は自分を納得させるように、こう呟いた。そして、気持ち速足でスキャンの列を立ち去る。
これ、嫌だよな。自分のパートナーの性格が豹変するってさ。
「ったく、パートナー連れてこなくても地獄だな。ここは」
こう文句を言うしか、今の俺にはできなかった。
◇◇◇
「......ただいま、でいいのか?」
「ああ、おかえり隊長」
「おかえりなさーい」
何個かのチェックポイントを抜けて、俺は「ゲスト控室」に到着した。
入ってすぐ、中でくつろいでいた「俺の」パートナーたちが出迎える。
「無事でよかった。スキャンが終わったから、会場に戻ろう」
「ああ」
「いいよ~」
二体の手を引き、俺は素早くドアへと戻る。あ、挨拶忘れてたな。
「橋口ゆーすけさん。俺のパートナーを一時預かり、ありがとうございました。トーナメントでお会いできること、楽しみにしておりますね」
まるで、休み時間に寝ている子のように影がなかった。けれど、意識すればいると気が付く。
そんな距離感の彼に、一応お礼を言った。
「ええ。お役に立てて良かったです。また後程、お会いしましょうね」
飲んでいるのは、コーヒーかな。完全にくつろいでいるよこの子。自室かな。
「犬飼疾風」
「......」
そして、彼の隣に佇んでいた女が寄ってくる。言うまでもない、彼のAIパートナーにして、ラルーチェの天敵、ルーシーだ。
「私は、貴方の正義を決して認めません。しかし、こうして話をしても分かってくれないのは、もう分かっています」
「......ええ、分かり合えないでしょうね」
お前の正義は詭弁だと、言ったところで無駄だろうしな。
「だから、一つの方法として今回の戦いを利用します。貴方の正義と私の正義。と言っても、私のゆーすけが戦う訳ですが。それで白黒つけたいです」
代理戦争、かな。自分で戦おうとしない当たり、傲慢さが見え隠れするのだがねえ。
「その件について、貴方の隊長は何と? 彼は、無益な争いは好まないとお見受けしますけど」
「それは......」
そう言いながら、偽聖女は後ろを向く。
「ええ、構いませんよ。あくまでゲームの戦いですし、それがルーシーの望みですので」
クッキーを摘まみつつ、ゆーすけは答える。なるほど、彼女の願いならか。
「そう、ですか」
また一つ、この戦いで賭けるものが増えてしまった。いや、ここまで来ると何が乗っても同じか。
「では、トーナメントでお会いしましょう」
「ええ、楽しみにしてますね」
ゆーすけと再び挨拶をし、俺は今度こそ出口へと向かう。
が、その時。
「!」
視線が、俺の視線に刺さった。AIパートナーの電波みたいなものでは、ない。
「......」
ゆっくり、ゆっくりと振り向くと、そこに奴が座っていた。
「......」
黒沼相良。お前は、何故その目を俺に向ける。
「......」
憎しみは、感じない。けれど、明らかに良い視線でもない。
闘争心、被虐心、一つの嫉妬。その全てが含まれている気がする。
(まあ、画面越しに戦えば分かるだろ。多分、形国関連だろうし)
こう思い、俺は視線を受け流す。そして、そのまま控室の外へと出た。
さてと。もうすぐトーナメント表が発表されるかなあ。
疾風の考えは、いつも変わっていない。けど、それが周囲に悪影響を与えたことは少なからず申し訳なさそうだったね。
まあ、それで平凡な考えに改めるはずないけど。さてと、間もなく開戦。ようやくだね。
次回『CODE:Partner』第三十三話『一回戦』
その愛は、プログラムを超える。




